第45話 珠希のフェロモン
午後の授業が取りやめになってしまう程に工藤珠希のフェロモン判定会がにぎわっていたのだが、人が増えて熱気に満ちているのと反比例して工藤珠希のテンションは下がっていっていた。
ここに並んでいる人たち全員に匂いを嗅がれるというのも意味不明なのだ。
工藤珠希は誰かに頼んだわけでもないのにこんなことになってしまって後悔しかしていないのだが、過去に戻ったとしてもこの状況を回避することは出来なさそうだとあきらめの境地に至っていた。
栗宮院うまなはさりげなく何度も列に並びなおしているのに誰も注意しないのは栗宮院うまななら仕方ないかと言う気持ちが全員の中に共有されているからなのかもしれない。他にも何度か並びなおしている生徒はいるのだが、さすがに三回目になると注意はされていたようだ。
工藤珠希の匂いを嗅いだサキュバス達はみんなうっとりとした目でとても満足そうに教室を出ていっていて、その後の行動は誰も見ないようにしているようだ。
もう一方のレジスタンス側の生徒たちはフェロモンに反応しているのではなく、工藤珠希から出ている甘い良い匂いを嗅いで嬉しそうにテンションをあげて帰っていっていた。
黙って座っているだけで動くことが出来ないのは思っていたよりも辛く厳しい時間になってしまっていた。早く終わってほしいという気持ちしか工藤珠希の中には存在しなくなっていたのだが、そんな思いとは裏腹に待機列はどんどん長くなっていた。
三十分も経つと知っている人はほとんどいなくなっていて、時々やって来る栗宮院うまなの存在だけが楽しみになってきていた。普段からよく一緒に行動している人であっても、これだけ多くの知らない人たちと触れ合っていると日常が特別なものに感じてしまっていた。
当初はただの嫌がらせなのではないかと思っていた栗宮院うまな。列に並びなおすという栗宮院うまなの行動も見方によっては、工藤珠希が知らない人に匂いを嗅がれるというストレスを軽減させるためにやっているのではないかと言う話も出てきていた。
おそらく、そこまで深く考えてはいないので栗宮院うまなの行動は自分が満足するまで繰り返しているだけなのに、工藤珠希からしてみると急に現れる見知った人物の存在は想像以上に大きいと思われる。ただし、その事を栗宮院うまなに伝えるのだけはやめた方がいいと工藤珠希は知っていた。
このまま何もなく平穏無事に終わることが出来ればよかったのだけれど、何人かが叫んでいるようにも聞こえていた。
騒ぎの中心にいるのはクリームパイの弟のクリーキーと並んでいる人を整列させていた生徒会の人だった。
「この列に君は並べないんだ。みんなと一緒に同じことをしたいという気持ちはわかるけど、君はこの列にならんじゃいけないんだよ」
「それって、宇宙人差別じゃないですか。俺が宇宙人だからって差別的なことをするのは良くないと思います」
「いや、そういう理由じゃなくてだね。君はこの列が何のために並んでいるのかわかっているのかな?」
「もちろんわかってますよ。珠希ちゃんのフェロモンを浴びて健康になろうってやつですよね?」
「全然違いますね。フェロモンを浴びて健康になれるんだとしたら、珠希ちゃんのクラスに病欠と言う言葉が存在しないことになると思う」
「今回がまさにそれを試すチャンスになっているのさ」
「そのチャンスを今この場で確かめる必要は無いと思うんだけど」
お互いに自分の意見を譲らない二人は話し合いで解決するのは難しいとわかっていた。
どちらも自分が正しいと思っているので相手に諦めさせようとしているのだ。
「君が何を言おうと俺はこの列を離れるつもりはない。俺もみんなと同じように幸せな気持ちになってやるんだ」
「そうしたい君の気持ちはわかるけど、さすがに男子がこの列に並ぶのはまずいだろ。珠希ちゃんだって男子に匂いを嗅がれるのはイヤなんじゃないかな」
「確かに男子に匂いを嗅がれるのは嫌かもしれない。でも、それは相手が俺じゃなくて他の男子だったらという話になるんじゃないかな。珠希ちゃんは俺に優しくしてくれていてるし、どんな時でも俺に笑顔を見せてくれているからな。それを考えると、俺がこの列に並んでも問題なんて無いという証明になる」
ぼんやりとその光景を見ていた工藤珠希は退屈な時間を楽しいものに変えてくれて笑顔になっていた。
それを見たクリーキーは今までよりも自分が惚れられているという思いを強くするのであった。
「珠希ちゃんは俺がこうして並んでいるのが嬉しいと思っているんだ。なぜなら、俺に向かって笑顔を見せてくれているからな」
「笑顔を見せてくれているって、珠希ちゃんはみんなに笑顔を見せてるけど」
「俺に見せる笑顔と君に見せる笑顔は意味が違うんだよ。そんな事もわからないなんてかわいそうな人だ」
「珠希ちゃんが見せる笑顔はみんな同じものだよ。君にだけ特別な笑顔を見せているなんてただの妄想でしかない。そもそも、珠希ちゃんは君のことなんて何とも思っていないってことを理解した方がいいんじゃないかな。クリームパイちゃんも君のその妄想癖に困っているみたいなんだが」
困っている生徒会の人を助けるために会長である栗鳥院柘榴がクリーキーに向かっている。
クリーキーは何か言おうと思っていたようだが、栗鳥院柘榴の隣にいたクリームパイが先制攻撃を仕掛けていた。
「あんたはいつもそうやって思い込みが激しすぎるんだよ。珠希ちゃんがあんたの事なんて特別だと思う理由がないでしょ。それに、この列には男は並ぶなって言われてるのがわからないのか?」
「でも、俺は珠希ちゃんにとって特別な」
「そんなわけ生徒会のないだろ。お前の事なんて何とも思ってないよ。その証拠に、珠希ちゃんは今までお前に話しかけたりしてないだろ。お前が特別だと思ってるならもっと自分から話しかけに来てるはずなんだよ」




