第３０話 うまな死す
眩しい光がおさまると、そこに現れたのは小学生としか思えないような小さな女の子だった。
体に合っていない大きな服を着ているからなのか、裾も袖も長く手足が完全に隠れて見えないのにも関わらず、顔の作りが完全に子供にしか見えないのでその言葉に違和感しかなかった。
「貴様らのような野蛮な者にもわかるように優しく教えてやろう。貴様らの行動に何の意味もない。我に貴様らの攻撃は届かぬのだ。貴様らは資源を無駄にしているに過ぎないのだ」
栗宮院うまなが持っていた槍を再び投げつけたのだが、少女に届く前に槍は見えない壁に刺さっているかのように止まってしまった。
それを見た他のサキュバス達は戸惑いつつも持っている武器を一斉に投げつけているのだが、どの武器も少女に届くことはなかった。
「どういうことなの？」
戸惑っているのは栗宮院うまなだけではなく学校にいる全員がその異様な光景に戸惑いを隠せていなかった。
何をしても無駄なのかもしれないと感じてはいるのだが、それでも攻撃をやめようとしないものは一定数存在していた。少女に向かって様々なものが向かって行っているのだが、そのどれもが少女に届くことはなく空中にとどまっていたのである。
工藤珠希は何が起こっているのかわからないまま見守っていたところ、ゆっくりと一つ一つの教室を確認している少女と目が合ってしまった。少女は空中を滑るように工藤珠希の方へと近付いていった。
それに気が付いた栗宮院うまなは頭が考えるよりも早く体が反応して少女に向かって飛びかかっていた。今まで見たことが無いような動きであり、その動きはまるで自分よりも強い獲物に抵抗をしようとしている獣のように見えていた。
「貴様に用はない」
少女は飛びかかってきていた栗宮院うまなの動きを完全に見切っていたようで、体を少しだけ動かして栗宮院うまなの攻撃をかわすと同時に首を右手で掴むとそのまま力を入れて握り潰してしまった。
栗宮院うまなの頭が通常ではありえない角度で下を向いているのを見た生徒から悲鳴が上がっているけれど、それは一か所二か所ではなく学校中のいたるところから聞こえていたのである。
工藤珠希はすぐ目の前でそれを見ていたのだけれど、あまりにも現実離れしていたという事もあって理解出来ずに見ているだけであった。もしかしたら、目の前で起きたことをちゃんと理解しているのかもしれないが、考えることを完全に放棄したのか黙って立ち尽くしているだけであった。
完全に動きを止めた状態の工藤珠希の目の前まで少女はやって来ると、手に持っていた栗宮院うまなを乱暴に投げ捨てて工藤珠希の手が届く位置まで近付いていた。
「お前がこいつらを惑わせる元凶だな。確かに近くで見るとこいつらがおかしくなってしまうのも理解出来るな。それがわかっただけでもここまでやってきた価値があるというものだ。お前さえいなくなればこいつらも元に戻ると思うのだが、この世界を捨てて私のもとへ来ないか？」
床に倒れている栗宮院うまなから目を離すことが出来ずにいる工藤珠希には少女の言葉は届いていなかった。
届いていたとしても、そのような提案を受け入れる事は無いと思うのだ。
少女は反応を示さない工藤珠希の顔にそっと手を当てて顔の輪郭のなぞるように優しく動かしていた。
顔を触れられたことで自分の目の前に栗宮院うまなを殺した少女がいるという事に気が付いた工藤珠希は逃げようとしたものの、体は硬直してその場から離れることも出来なくなっていた。
栗宮院うまなを簡単に殺してしまう程危険な少女に顔を触られている。その事実だけでも失神してしまいそうではあるのだ。
戦う力を一切持っていない工藤珠希が栗宮院うまなのために少女に抵抗することも出来ず少女のやっていることを黙って受け入れる事しか出来ない。もちろん、少女についていくなんてことは出来ないのだが、工藤珠希の様子を確かめることが出来た少女はそのまま工藤珠希の頬にキスをしてから去っていった。
少女が光っている物体の中へと消えていったのを確認してからだとしか思えないタイミングで教室にドクターポンピーノと救護班がやってきた。
栗宮院うまなの姿を見て顔を背ける者もいたのだが、ドクターポンピーノはそんな状態でも出来ることはあるからと担架に乗せた栗宮院うまなの首が動かないようにしっかりと固定していた。それを確認したドクターポンピーノは救護班に処置室まで運ぶように指示をしてから工藤珠希の隣に移動してきた。
「あんな状態でも私ならうまなちゃんをちゃんと元の状態にしてあげられるからね。珠希ちゃんは何かされてないかな？」
その言葉を聞いてから初めて自分があの少女に何かをされたのかもしれないと思った工藤珠希は自分の顔を触って何かされていないか確かめていた。
特に何もないと思っていたのだが、その頬に少女からキスをされていたことを指摘された工藤珠希は何故か涙を流していた。
それを見た栗鳥院柘榴と鈴木愛華は工藤珠希にゆっくりと近付いていき、優しく包み込むように抱きしめていた。
それを見ていた他の生徒たちも工藤珠希を守るかのように包み込んでいたのであった。
