イケメン2
ドン!!
ぶつかった相手の顔はとんでもなく美形であったとさ。
(いやいやいや!そういう冗談言ってる場合じゃない!いや、言ってないけど。思ってるだけだけど!)
「大丈夫ですか?」
ほらぁ。顔も良ければ声も良い。テンとはまた別のベクトルの声だ。優しさを持ちながらも重低音で、こう、身体に響く。
(耳が妊娠するってやつ?)
死ぬ前に好きだったアニメの声優さんで、推していた人がいたのを思い出す。
(悪役なんだけど影背負ってて、私がなんとしてあげなきゃ!って思わせる系ラスボスだったなぁ)
よくよく見ると本当に整っている。
濡れたように光る背中までの黒髪。アジア系を思わせるスッとした顔。瞳は金色。それを隠すかのようなサングラス。身長はテンよりも互い。チャイナ服を改造したかのようなジャケット。スラリと伸びる脚。ガタイは良い。
これはなかなか、モテる雰囲気醸し出してない?
「あ、あの?大丈夫ですか?私の顔に何か?」
イケメンが困ったような顔している。それもまた様になってるなぁって思ってしまう。私こんなにミーハーだったかな?
「はい!大丈夫であります!」
テンパリながらも応えるが、どうも言葉選びを間違えたらしい。イケメンは目を点にしたあと、くしゃりと笑った。
「あはは。面白いね君。」
「すす、すいません。本当に大丈夫なんで!」
「ほら、立って。手を」
サラリと出される右手。
―――あぁ、慣れてるなぁ
「ありがと……」
男の人に、そんなふうに扱われたことないから。
ちょっとぶっきらぼうに返すが、相手は全然気にしてない。
「ごめんね、私少し急いでいて。治療費とか服のクリーニング代は後日払うから」
「い、いえいえ!こんなもの全然!」
「払うから、ね?」
「…………はい」
ニッコリとサングラスの奥から見える金色に微笑まれる。ダメだ、これはダメだ。負けた。美貌に負けた!
「はい、これ私のコード」
どこからか取り出した紙にペンでサラサラとよく分からない番号を書いて渡される。
(電話番号、じゃないなぁ。この桁数は違う……)
「あの、私この世界のこと全然わからなくて……」
だからこんなもの渡されても困る!と言おうとしたのだが、相手は本当に急いでいる様子で
「ごめんね、またね!それじゃあ」
そう言って路地裏に消えてしまった。
「おいっ!何してる!離れるなってあれほど……」
「テン!」
「勝手に歩くな。ここはスラムだぞ!」
「……そんな怒んないでよ。無事だったわけだし……」
「その体に何かあったらどうするつもりだ!少しは俺が言っていたことを考えろ!カノンの体なんだぞ?!」
「……はぁ。」
二言目にはカノンカノンカノン。いい加減にして欲しい。さっきのイケメンと比べると天と地の差だ。少しは「サキ」を心配してほしい。
「あ、そう言えば紙……」
「なんだそれ?番号?」
「……さっきぶつかった男の人から受け取ったの。なんか服とか怪我の治療費をこんど渡すからって」
「これは住所か……。なんで読むんだ?コウ?いや……」
「多分、黄って書いてホアンかな?コウでも良さそうだけど」
「どんなやつだ?」
「んー、なんか中国系のイケメンだったよ。黒髪で背が高くて金色の目で……」
「捨てろ」
「え。何急に」
「いいから、捨てろ。もう関わることもないだろう?捨てろと言ってる」
「ちょっと怖いよ。理由言ってくれないと……」
「2度は言わない」
突然、テンの態度が冷たくなる。私に対してと言うよりは、この黄って名前の男に。あまりの圧にそれ以上私は何も言えなかった。テンの言う通り道端に捨てた。捨てたように見せかけて、ポケットに忍ばせる。
(なんでもお前の言うこと聞くと思うなよっ!ばーか!)
今はとにかく少しでもツテがあったほうが良い。それが空振りになったとしても。このテンを信用出来る理由もそこまでと言ってないし。
いつかきっと役に立つ。そう信じて。




