諭し
1556年 2月 観音寺城
「忠定、元服し早くも数年がたった。お前の器量は、我が父定頼に匹敵する。父上もお前のことを良く気にかけていた。かくいう私も、父から家督何事もなくお前に渡すことを使命として振る舞ってきた。」
「まだまだ、若輩の身に家督の責は誠に大きなものでございます。是非とも父上においては、これからも六角の主として振る舞っていただければ。」
父義賢に呼び出されて、城にやって来たら家督継承の話であった。覚悟はしている話ではあるが、まだまだ蒲生や三雲と行った一部の家臣以外とは関わりが薄い。このまま家督を継承すれば後藤等の父に重用されている家臣達との軋轢は間違いない。
今家督を継げば、絶対に三雲や蒲生を重用する為に、後藤等を遠ざける自信がある。専制政治を行う為にも、後ろ盾の無い直臣を重用したり、性急な改革を志向して譜代の家臣からの反発を産む自信もある。
父は私の事を高く買ってくれているようだが、絶対に家中を割る自信がある。そうならない為にも、父の代で少しづつ権力を固めて言って欲しい。その様な時間が無いならせめて、あと1年は待って欲しい。
「そうは言うが、再来年にはお前の弟を元服させ京極家の養子とする予定だ。その後見として今浜に移る予定なのだ。その為にもお前に家督を継がせなければならない。」
流石に六角家が北近江も支配する機会を個人の我が儘で潰す訳には行かないが。なるべく家督を継ぐ時期は遅らせたい。
「ならせめて、来年まで待っていただけないでしょうか。」
父は、困った様な顔をする。
「三雲らからの報告からも、伊賀の統治などを見ても当主としての器量は問題ないと来ている。無論、お前の後見もやっていく。忠定どうか父に隠居を許してはくれまいか。」
上下関係が滅茶苦茶になっているように感じる。まさか父がここまで下手に出てくるとは思わなかった。お陰で、やりずらくてしょうがない。
「本来は、観音寺城にてお前を後見するのが筋ではあるが、家臣団がほぼ離散している京極家に養子に入る弟の面倒を見てやらなければならない。」
「父上、流石に性急過ぎるのでは無いでしょうか。まずは六角家の家督の継承を確実なものにしてからにするべきでしょう。」
「確実なものにする為に一年の猶予を設けたのだ。それに、二年は共に政務の一部を任せそのイロハを確りと教え込んだと自負している。断言しよう、其方は、家中を上手く統制できるであろう。」
流石に焼付け刃での対応は難しいか。此方が言うようなことを確りと対策してあるようだ。だからといってはいそうですかと従う訳には行かない。
「お前の心配している重臣たちについてもその力量を認めておる。仲はこれから深めて行けば良い。どうか父の顔を建ててはくれまいか。」
ここまで言われたら、折れるしかない。
「分かりました。」
「分かってくれると思っておった。私も、其方に無理を押し付けるようで申し訳ない。今年は其方の弟の元服と京極の家督継承だけとし、其方の家督継承は来年としよう。男子たるもの重責に耐えてこそ一皮剥けるというもの。何かあれば今まで通り、父を頼るがよい。」
満足そうな父と別れた後に、新たに開削された自分の屋敷に戻る。押し切られてしまった。気分は最悪だ。一年引き伸ばしたとはいえ、これからますます渾沌としていく畿内情勢を家臣達と力を合わせて乗り切って行かなければならない。
それと同時に新たに結婚生活も始まるのだ。しかも相手は近衛のお姫様ときた。一気に生活環境が変わる。身体に負担がかかりそうだ。
「忠定様、ご来客にございます。」
頭を抱えていると来客がやってきた。今日は特に予定はなかったはずだが。
「森可成殿の紹介状と斎藤利政殿の感状を幾つか持っております。」
部屋に入った三雲成持がそう告げた。何時もの雰囲気とは違い、真面目にやっているということは中々の人物が尋ねてきたのだろうか。
「客人の名は分かるか。」
「坂井右近衛将監政尚と名乗っておりました。」
政尚。坂井政尚と言えば、あの本来の歴史では森可成と並ぶ織田家の勇将としてその名を轟かせた人物のはずだ。かなり早い時期に織田家に仕えていると思っていたのだがまだ在野に居たのか。いや、斎藤利政の感状を貰っているということは斎藤氏に仕えていたのか。
「客人を呼んで参れ。」
早速、成持が坂井政尚を呼んできた。
「失礼致す。」
部屋に入ってきた政尚の第一印象は、武。武人としての覇気が部屋に満ちている。まだ、20歳を過ぎたあたりの若い年齢であるはずなのに、何十、何百という修羅場を乗り越えて来た古武士であるかのようだ。
今、私が知る限り最も腕が経つであろう青地茂綱であっても政尚と比べると2、3歩劣っていると言わざるを得ない。
「某、坂井右近衛将監政尚と申す者。伸長著しい、六角家に仕官したく参った次第であります。」
そして手元に、森可成からの紹介状と感状が渡される。紹介状には、坂井政尚の身元を保証すると共にその武勇について詳しく書き記してある。そして感状がその武勇を裏付けてある。
「其方の身元、経歴についてはよくわかった。されど、この感状を見る限り斎藤左近太夫利政殿には厚く遇されていた様子。そして今、利政殿は大桑に拠って嫡男利久いや范可に改名されたのであったな、と大一番の戦に備えているはず。何故、ここに参られた。」
「正直に申し上げますれば斎藤にいては出世の見込みがなかったからであります。稲葉殿や日野根殿等の譜代家臣が多く仕えております故。」
「譜代が多いと言うなら、我が六角においてもそこにおる三雲や後藤、進藤、蒲生等優秀な者が多くおる。もし其方が出世を求めるなら新参者でも暑く遇する織田に行くべきではあるまいか。」
「たしかに織田も考えましたが、如何せん小さき勢力。加えて今川や斎藤、六角に囲まれておりまする。せっかく出世しても滅ぼされてしまえば元も子もありませぬ。それに六角殿に置かれまして急激な領地の拡張によって人手不足であるとお聞きしております。尾張におります親族から聞いた話には岩倉織田家の旧臣をそのまま抱え込んだとか。」
「そこまで、我らの事を買ってくれておるなら、その心意気に答えねばなるまい。知行は幾ら欲しい。」
「六角殿が某を幾らで召抱えたいか、その心の内にある値で構いませぬ。」
「成持、北伊勢にある未分配の土地は幾らほど残っている。」
「前野殿や堀尾殿に合わせて8千石給付したため残りは7千石程であります。」
「坂井、其方を2千石で召抱えよう。」
「この政尚、殿に2千石では足りぬと思わせる活躍をしてみましょうぞ。」
ここに猛将坂井政尚を召抱えることができた。これで青地、森、坂井の三本槍を揃えることができた。暗雲とした将来に少し光が差した気がする。
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