誕生
出産時の様子は主が適当に調べたり、足利将軍家を参考にしました。正確ではありません。
1540年12月11日 観音寺城
観音寺城は産屋を中心にとても騒がしくなっている。現当主六角定頼の嫡男である六角義賢の子が産まれるからである。
産屋の前には、この日に備え身を清めた、蟇目、鳴弦役の重臣たちが妖魔退散のために音を掻き鳴らす。庭には陰陽師が祭壇を作り、火を焚き上げている。御内室の部屋の横では僧侶たちが護摩を焚き、よく通る大きな声で読経を読んでいる。知らせを受けた神主は本殿に入り、祈祷を始め、懇意にしている寺の僧侶たちも本堂で読経を始めている。
最後に家臣たちが産屋の周りに集まり、読経を始める。同時刻、城に入れない足軽たちも虎口に集まり、同じ読経を始める。戦場で鍛えられた声が城を揺らすが如く響き渡る。
六角義賢は、今産屋の内室の隣の部屋で白直垂に着替え、僧侶から下賜された経典の巻物を持ち、無事に我が子が生まれることを、祈っている。
しばらく、祈っていると、隣の部屋から出てきた、産婆から、お呼びが掛かる。
「義賢様、そろそろ奥方様が山場を迎えられます。中に入られて奥方様の腰を抱えてくださいませ。」
「う、うむ。解った。案内せい。」
緊張のあまり、上ずった声が出てしまった。
産婆の案内をうけ、部屋の中に入る。そして、産婆の指示を受けながら、内室の腰を抱えて出産を助ける。
抱えてしばらくすると、大きな泣き声が聞こえてきた。それと同時に緊張が途切れ、今までの疲れが一気に押し寄せて来た。無事に我が子が生まれたのだ。しかし、まだやることが残っている。
「産婆よ、我が子は男か、女か?」
「義賢様、男の子であります。それも飛び切り元気な子であります。後産も終わりました。」
「それは良かった。」
生まれたばかりの赤子が、痞病(胸や胃腸に関わる病気)になるのを防ぐために、産婆が甘草を煮立て、絹漉しした液体に浸した布を指に巻いて、口の中を拭っている。
「義賢様おめでとうございます。」
今回のお産の総指揮をとっている後藤賢豊からお祝いの言葉が送られる。それと同時に、口を拭い終えた産婆が、赤子を差し出す。震える手で、生まれたばかりの我が子を自らの手で抱く。後藤は、こちらに一礼して、足早に部屋を出ていく。父である六角定頼に報告しに行くのであろう。
後藤と入れ替わるように、乳付の女が呼ばれ、赤子にちちを与える。それを、横目に息を上げている妻に労いの言葉をかける。
「良く男子を産んでくれた。後産も終わったようだな。ゆっくりと休んでくれ。」
妻はゆっくりと頷く。乳を飲んだ我が子は、抱き抱えられて、産湯の儀の為に部屋を出ていく。
産湯の儀でまた、お経を唱えなければならない。声がガラガラである。これが七夜まで、朝夕二回湯に入れる度に唱えなければならない。いくら我が子でも少し億劫になる。
しかし、これも我が子が健康に育つ為と自らに言い聞かせながら立ち上がると、産湯の儀へ参加するために部屋を後にする。
観音寺城 観音寺
後藤賢豊が寺に入る。六角氏当主六角定頼の居る部屋の前にくると、一度自らの服装に乱れがないかを確認し、部屋に入る。
「御屋形様、義賢様に御嫡男がお産まれになりました。」
「そうか、それは良かった。生まれた子はどの様であったか。」
「は、それはそれは大きな声で泣いておりました。まるで雷が落ちたかのようです壮健な男子に成長するかと。」
「うむ。山場を越えたことで肩の荷が降りて疲れているだろうが最後までしっかりと頼むぞ。」
賢豊に念を押して下がらせる。寺から出ていった後に大原高保が部屋に入ってきた。
「どうやら、兄上の不安は杞憂であったようだな。義賢も伊勢への遠征をしっかりとこなしている。うまくいけば兄上も含めて三代は六角氏は安泰であるな。」
定頼の弟で大原氏に養子に入った高保は興奮気味に話し続けた。定頼は、未だに納得いっていないような顔をしながら返事をする。
「未だに信じられんが不安が杞憂であった事はとても喜ばしい。義賢はあまり体が強くない。故に種も薄いのではと思っていたがこうも早くも生まれるとはな。伊勢への遠征の件はよくやってくれた。家中も義賢を私の後継者としてより一層認めてくれるだろう。」
「家中の義賢を見る目は少しづつ変わっている。嫡男として軍事をしっかりと差配できているからな。それと、国内外から祝福の贈り物が明日からたくさん届くだろうな。奉行人達は大忙しになるだろうな。」
高保との会話を終えると、従者を呼び、本丸に帰る旨を伝える。寺の外に出ると嫡男誕生の報が山の麓にいる者達に伝わったのか読経の声は聞こえなくなっていた。家臣達も少しづつ自らの屋敷に帰り始めているらしい。産屋の方を向き、生まれたばかりの我が孫が健やかに成長してくれることを願い再び本丸に向け、歩を進める。
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