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9.簡単な仕事


 しばらく滞在して、リクウのヴェローズでの定位置が決まってきた。

 それは、冒険者ギルドの酒場である。


 冒険者でもなんでもないのに我が物顔でギルドの酒場に居座っている。

 初めこそ妙な異国人がいる、と皆から注目されていたが、時間が経つにつれて「なんかいるハゲ」というある種背景のような扱いをされていた。


 いつの間にか飲み仲間も増え、リクウは浪西涯ロシャーガがヴェローズの空気に徐々に慣れつつあった。

 ルリはといえば、一部の冒険者からはマスコットのような人気があった。菓子類をもらっては愛想のいい笑いを浮かべている。

 中にはゴリラのような屈強で無骨な男が、無言でルリに飴を渡したりしている。ゴリラは優しい生き物だという。彼もそうなのかもしれない。


 そんなこんなで、リクウはギルドの酒場にいた。

 暇をしている。

 ピピンとリックでもいれば絡みに行くのであるが、生憎と今日はその姿は見えなかった。


 真っ昼間である故、ほとんどの冒険者が出払っていた。

 隣でルリも退屈そうにしている。

 食事をとって、さてこれからどうしようかと考えている時であった。


「あの…… すみません……」


 背後から声。

 

 振り向くと、おっぱいであった。

 でかい。説明不要。それしか言いようがない。


 リィスであった。

 腹痛の時にリクウを助けてくれたあの癒やし手だ。


「こりゃ先生! あの時はありがとうございました!」

「その、先生っていうのはちょっと……」

「ああ失礼、とりあえずおかけになってください」


 とリクウはテーブルの反対側の席を示した。

 リィスは言われた通りに席につく。

 隣のルリがどこか面白くなさそうな顔をしている。


「いや奇遇ですね。今日は依頼を受けにでも?」

「のうリクウよ」

「あん?」

「その喋り方はキショいからやめろと言うておる」


 ひっぱった。

 ほっぺたを。


「はにをふるかこのうれいものあ!!!!」


 とルリはふにゃふにゃとよくわからないことを言っている。


「えっと、その子の言う通りというか、あんまり堅苦しい言葉を使われるのはやめてほしいのですけど。リクウさんの方が年上でしょうし」

「わかりまし…… わかったよセンセ」


 ルリのほっぺたを放してやると、脇腹を殴られた。


「それで、今日はちょっと手伝って欲しいことがあるんですけど、よろしいでしょうか?」

「手伝い? 痛くないことならなんなりと。いやセンセの頼みならちょっとは痛いことでもやりましょう!」


 リィスは困った顔をしていた。


「バカなことを言いおって、困ってるではないか」

「なにを、俺はこの溢れ出るやる気を伝えただけだろうが」

「なんじゃ痛いこととは、このアホウが!!」


 リクウがルリのほっぺたを左右から引っ張る。ルリはリクウの腹に拳を何度も打ち込む。不毛な争いが始まる。


「あのー…… よろしいでしょうか?」


 リクウとルリの動きがピタリと止まる。


「その、簡単な依頼を手伝って欲しいんです」


***


 簡単という言葉は人によって意味合いが違う。

 例えば歴戦の勇士であればちょっとした討伐などは簡単と表現するだろう。


 わざわざ手伝いを頼む、ということはそれなりの苦労は覚悟してきたのだが、簡単は本当に簡単であった。


 料理屋からの依頼で、うさぎ肉が想定より出てしまったために、急遽うさぎが欲しい、というだけの話であるらしかった。


 リィスは癒やし手というよりも、感知を得意とする術師らしい。

 様々な野生動物がいる森の中でも、リィスは正確にうさぎの位置を探知して見せた。


 リクウの仕事と言えば、うさぎを捕まえるだけであった。

 リィスの指示に従ってうさぎへと迫り、どこでもいいから杖を当てて霊気を流し込むだけ。

 それだけでうさぎはピクリとも動かなくなる。

 時にはルリがふよふよ浮いてうさぎを追い立てたりすることまででき、楽以外の感情はなにも湧いてこなかった。


「あっちです」

「次はあっち」

「あそこにもいますね」


 リクウはリィスの言いなりで次々とうさぎを捕まえていく。

 一時間で十匹以上は捕まえた。

 

 リクウはたった今仕留めたうさぎの耳を掴んで持ち上げて、片手で拝む。

 遠くからリィスが草木をかきわけて走ってくる。

 走ってくるといってもその動きはゆっくりで、なんというかばいんばいんしていた。


 にしても妙だった。

 あまりにも簡単な仕事である。

 これはもしや実質的逢引なのでは、とリクウは考え始める。

 これを機にお近づきになりたいとか、そういったものではないと納得できなかった。


 リクウの右脛に鋭い痛みが走った。


「なーに鼻の下を伸ばしとるか! この生臭が!!」


 ルリであった。


「なんだよお前嫉妬してんのか?」

「は? 嫉妬なんかしてないが? ただ主の間抜け面が気に食わんかっただけじゃ」

「すいませーん」


 とおっとりした声が聞こえてくる。

 リィスがふたりの元まで来て、うつむいてはあはあ言っている。


「これくらいで十分だと思います、今日はありがとうございました」


 

 予想外に早く終わってしまった。

 太陽はまだ高く、日暮れ前には街に着けそうであった。

 三人は帰路についた。


「それにしても、本当に助かりました。私だけじゃなにもできないので」

「いえとんでもない。センセは俺の恩人ですから。このくらい容易いものですよ」

「そう言ってもらえると助かります」


 ヴェローズの近くにある森であり、北へと抜けるための街道でもあった。

 そのため獣道というわけではなく、主要な通りは整備されており、非常に歩きやすかった。


「のう」


 ルリだった。

 リクウではなく、リィスを見て言っている。


「私ですか?」

「そうじゃ。主は冒険者なんじゃよな?」

「ええ、そうですよ」

「主は他の者を支援して真価を発揮する術師じゃな?」

「その通りです。感応術と癒術が使えますが、自身で戦うのはちょっと、というかすごく苦手で」

「なら、普段組んでいる仲間がいるのではないか?」

「えーと、それは、まあ、いますけど……」


 とリィスの声はどこか歯切れが悪い。


「なら、なぜその者らに頼まんのじゃ?」

「いえ、あの方たちにこんな仕事の手伝いの頼むのは……」


 それを聞いてルリはニヤリとした。


「聞いたか? リクウよ。こんな仕事じゃってよ。こんな仕事には主程度がぴったりだと安く見られとるぞ!」


 にゃはははとルリは機嫌良く笑う。

 これがやりたくてわざわざ聞いたのかとリクウは呆れる。


「よっこいしょ」


 ルリの両脇を掴んだ。


「あ、待て」

「待たねぇ」


 リクウはルリを掴み上げてぶんぶんぐるぐると回りだした。


「あああああばかやめろおおおおわらわであそぶなあああああ!!」


 調子外れな鴉が、カアと一声鳴いていた。


***


「今日は本当にありがとうございました」

「いいや、助けが必要な時はいつでも言ってくれ」


 リィスはふふ、と笑い、


「ええ、またお願いするかもしれません」


 ヴェローズに戻りそこでリィスとは別れた。

 お土産として、リクウはうさぎを二羽もらった。

 

 宿に戻り、おばさんに出迎えられた。


「あら、なんだいそれは?」

「お土産、おばさんうさぎってさばける?」

「当たり前だろ、アタシをなんだと思ってんだい」


 おばさんのうさぎ料理は、とても美味かった。

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