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8.祈るような苦しみより


「ル、ルリ…… 俺はもうダメだ……」


 リクウの顔は青白く、普段の生気が感じられない。

 目は光を失い、口はだらしなく開きっぱなしである。


「なんじゃ、腹痛くらいで大げさな」


 というのはルリであるが、腹痛くらい、と言えるのは他人だけだ。

 命に関わらずとも辛いものは辛い。

 

 リクウはギルドのベンチで横になり、くねくねとした動きで腹痛に耐えていた。

 情けないことこの上ない状態ではあるが、もう誇りもクソもない状況ではあった。

 冒険者たちの憐れみに満ちた視線を一身に浴びて、リクウはベンチの上でくねくねとしていた。


 ピピンが何やら助けを呼ぶ、と言っていたのが唯一残された希望であった。


***


 少し時間を戻す。


 あれからリクウはピピンたちの依頼を手伝ったり、宿のおばさんの手伝いをしながら、適当な観光をする日々を送っていた。

 この日もそれで、リクウとルリは「あいすくりぃむ」なる食べ物を食べようと目論んでいた。

 ピピンたちから聞かされた話から推測するに、かき氷のようなものだと思われた。


 休日の市場は活気に満ちている。

 そう広くない路地に、様々な商品がところ狭しと並べられている。

 反物に家具、武器に防具に装飾品、果物が詰め込まれた籠に食い物を売っている露店。

 人の匂いの中に、果物の匂いと香辛料の匂いが入り混じっているような気がした。


 市場には商人の客寄せから値切る声にと、まるで宴会のような様相を呈していた。


 リクウは人をかき分けて進む。

 ピピンたちの話では、市場通りの中程にその「あいすくりぃむ」は売っているそうだった。

 リクウは浪西涯ロシャーガの字が読めないために、ピピンに「あいすくりぃむ」を指す単語を書いたメモをもらっていた。


 しかし、そんなものがなくともあいすくりぃむ屋はすぐに見つかった。


「ほーら冷たくて美味しいアイスだよ!! ひとつ50パニー!! さあさあどうだい!!」


 屋台の裏には、大型の術具が見えた。あれで冷気を生成しているのだろう。

 浪西涯の術具を作る技術は大したものだと思う。リクウはこちらに来てからそういったものには何度も驚かされていた。


「あれか? あれじゃな!?」


 とルリはあいすくりぃむ屋を指さしては目をキラキラさせている。


「あれだな、おそらくは」


 リクウたちがあいすくりぃむ屋に近づくと、店主が直接声をかけてきた。


「そこのかわいいお嬢ちゃん! アイスクリームはどうだい!? 冷たくて甘くて美味しいよ! そっちの……お兄さんもお嬢ちゃんに買ってあげちゃあどうだい?」


 リクウを見て妙な間が発生したのが気に食わないでもなかったが、そこらへんは異国人を目にした驚きだということで納得しておく。


「ふたつ頼む」

「まいどあり!!」


 リクウは銀貨を渡して釣りを受け取った。

 店主は背後にそびえ立つ術具を開き、中に入った容器からなにやら掬って木皿に盛り付けていた。

 

「はいよ、そっちで食べてね」


 店主が店の横にあるベンチを示した。

 リクウたちは木皿を受け取ってベンチに移動した。


 ルリにあいすくりぃむが入った木皿を渡す。

 あいすくりぃむは象牙色をしたよくわからない塊であった。見た目だけで言えば、芋をすり潰して作った料理と似ていなくもない。

 薄っすらと冷気に甘そうな匂いが伝わって来る。


 木皿にはスプーンがついていて、どうやらそれで掬って食えということらしい。

 ルリはまじまじと木皿の中を見つめていた。

 リクウはあいすくりぃむにスプーンを刺してみる。思いの外やわらかい。

 スプーンにひとかたまりを取って口へと運んでみた。

 

 冷たさと同時に一気に甘みが広がった。

 冷たさは口の中に入れた直後だけで、あいすくりぃむはすぐに溶けた。甘さが舌にじわりと浸透する。

 果物のような甘さとは違い、どちらかといえば飴に近い甘さな気がしたが、それも正確ではない。

 乳に砂糖を入れて思いっきり甘くした、そんな複雑な甘さをしている。


 ルリがこちらを見ていた。

 目をまんまるにして、口元は笑い出すのをこらえているかのようだ。

 お気に召したらしい。


 リクウももちろんお気に召した。

 口の中を支配するまろやかな甘味は、合法なのが不思議なくらいの美味しさだった。


 本当に美味いものを口にすると、人は口数が減る。


 リクウとルリはあいすくりぃむを口の中に運んでは、その味を堪能した。


 あっという間に木皿の中は空になった。

 リクウはこういう時には迷わない。


「親父、もうひとつ!」

「あ!? ずるいぞ!! わらわもひとつじゃ!」


 店主は一瞬だけ驚きを浮かべたが、すぐにそれを消して、商人の鏡のような笑顔を浮かべた。


「まいど! じゃあ木皿をいったんこっちに返してくれ」


 木皿を渡し、再度あいすくりぃむが盛られる。

 ふたりはまたも無言であいすくりぃむを食べ、


「おかわり!!」

「妾も!!」


 最終的には四杯も食べて、ようやくふたりは満足した。

 甘すぎるものを食べ続けると普通飽きがくるものだが、初めて口にする味のせいかもうちょっと、もうちょっと、と結局四杯分も注文してしまった。



 昼食にはアテがあった。

 またピピンとリックの二人組が依頼を手伝って欲しいらしく、ギルドで昼食を一緒にしないかという誘いを受けていたのだ。


 ふたりはギルドに向かい、先に来ていたピピンにあいすくりぃむを食べたことを伝えた。

 リクウとルリはピピンからあいすくりぃむを教えてもらったくせに、どんなに美味しかったかを詳細に伝え、あれはお前も食ってみたほうがいいぞ風の自慢を始めた。


「えっ!? 四杯も食べたんですか!?」


 ピピンが顔中に驚きを浮かべていた。


「おうよ、美味かったからな」


 リクウは自慢気に答える。


「えっと、それはいいんですけど、その、大丈夫ですか?」

「大丈夫、とは?」

「そのお腹は……」


***


 だめだった。

 思いっきり、これ以上ないほどだめだった。


 そういうわけで、リクウはギルドのベンチの上で身悶えしているのである。

 ルリがいたずら半分に腹をつついてくる。


「やめろ…… マジで……」


 ルリがにゃはははとご機嫌につついてくる。

 小さな身体でリクウと同じ量のあいすくりぃむを食べたというのになぜコイツは平気なのか。

 やはりとんでもない妖異なのであるまいか。とっちめるべきなのではあるまいか。リクウは無事生き延びたら絶対に復讐してやろうと心に誓った。


 思わず如尊に祈ってしまいそうな波が来た。

 リクウは体をくねくねさせて耐えようとするが、ダメかもしれないと諦めかけ、立って厠に行こうにもその壁は極めて高く、頭の中が絶望色に染まった時だった。


 ピピンが戻ってきた。

 時間にしては十分もかかっていなかっただろうが、永遠にも近い時間に感じられた。


 ピピンには、誰かが着いてきていた。

 リックではない。それにしては背が低い。

 というよりも、


 おっぱい。


 まずそこに目が行った。

 でかい、でかすぎる。ローブの上からでもその大きさがはっきりとわかる。

 一瞬リクウは痛みを忘れた。もしやおっぱいは世界を救うのか、そう考えたがやはり気の所為で、腹の痛みは依然続いていた。


 ピピンが連れてきた女性は、おっとりして、気が弱そうであった。

 よく見ればかなりの美人かもしれないが、とにかく胸の大きさに目が行く。

 真都揶マトヤではこれほど胸の大きな女性を目にしたことはない。

 というか八昇山に籠もりきりだったリクウは、女性自体をそう目にしてはいない。

 そんなリクウには大層な目の毒ではあった。


「リクウさん、大丈夫ですか?」


 ピピンが心配そうに覗きこむ。

 なにをもって大丈夫なのかがわからず、リクウは曖昧な笑みを浮かべようとしたが、その顔は誰が見ても引きつっていた。


「この、方ですか? 腹痛で苦しんでいるというのは」

「はい、なんでもアイスを一気に四杯も食べたらしくて」

「それは、まあ……!」


 と女性はちょっと調子の外れた感じのする驚きを見せた。


「ではちょっと治してみますからねー」

 

 ピピンが呼んできて、治すと言っているということはお医者の先生なのか。

 リクウはそう判断してなすがままにされようと決めた。


 女性はリクウの腹部に優しく触れた。

 目を閉じて集中している様子。


 霊気が伝わってくるのを感じた。

 リクウの腹部に流れ込むように女性の霊気が浸透していく。

 それにともない、腹部の痛みは次第に軽くなっていった。


 一分か、二分か、それ以上の時間が経ったということはないと思う。

 女性が目を開き、リクウの腹から手を離した。


「どうでしょうか?」


 リクウは体を起こしてベンチに座りなおす。

 腹を軽くさすってみる。痛くない。

 腹痛は、嘘のように消えていた。


 リクウはいきなり女性の両手を握りしめて、上下にブンブンと振った。


「ありがとうございます! 先生!! おかげで助かりました!!」

 

 女性の方は、リクウの勢いに若干引いていた。


「そ、そうですか、それはよかったです」

「この御恩は必ずお返しします! 困ったことがありましたらこのリクウになんなりと!!」

「は、はあ、ありがとうございます」


 あとでピピンに聞いたところによると、この女性はリィスという名の、冒険者をやっている癒やし手らしい。


 リクウはこの一件で学びを得た。

 まずあいすくりぃむはとんでもなく美味しいと。

 リクウは甘味類にはそれほど興味がなかったが、あいすくりぃむはそれを覆すものがあった。

 

 それともうひとつ。

 リクウは自分の中で鉄の掟を作った。


 あいすは三杯までにしよう、と。

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