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6.大切なこと


 部屋に入ると、蝋燭の頼りない光が寝台周りの闇を退けていた。

 リクウがいるのは、ピピンに紹介してもらった宿だった。

 

 リクウは部屋を見回す。暗闇に慣れた目は蝋燭と窓からの星明かりだけでも部屋の中を十分に見ることができた。

 寝床は寝台の上に布団が敷かれている。リクウはそれを見て安堵する。異国といっても寝る時は布団を使うようだ。

 蝋燭はむき出しで行灯などの風避けはないらしい。部屋に入った時から点けっぱなしだったということは、寝る時は消してくれということなのだろう。


 頭は比較的はっきりしていたが、足元は若干酔いを感じさせる。

 リクウは杖を突きながら寝台へと近寄り、雑に僧衣を脱いで、蝋燭を消して布団の中へと入り込んだ。

 まったく、なんというとんでもない一日だったことだろう。

 ジュテン僧正に寺から出るように言われたのが朝方の話だ。気分的には三日くらいは経っている気がした。


 疲れと酔いに任せてそのまま寝てしまおうとしていたところ、


「これ! もっと詰めんか! 妾が入れないじゃろう!」

「あん?」


 ルリの存在を忘れていた。

 暗闇で顔が良く見えないが、機嫌の悪そうな声からだいたいの表情は想像できた。


「ほれ、詰めろ詰めろ」


 とルリは無遠慮に布団へと入ってくる。


「ちょっ、おま……」


 ちんまりとした身体が布団の中に入ってくる。


「ほれぬくいじゃろう、ぬくぬくじゃろう。感謝してくれても良いぞ?」


 追い出すのはどうかという気はしたし、ルリに寝台を譲ってリクウは床で寝るというのはいくらなんでも厳しい。

 そもそも自分の腰ほどまでしか背丈がない童女を女人として意識するのは逆におかしい気もした。

 おまけにルリの正体は人ならざる者であるのは明白で、それ以上考えるのはおっくうに感じた。


 リクウは寝台の壁際に寄ってルリが入りやすいようにしてやった。

 ルリが布団からちょこんと顔を出しているのがわかった。

 ルリは体温が高いらしく、冷えた春の夜には温かいには違いなかった。


「のう」

「あん?」

「リクウはなぜ金を受け取らんかったのじゃ?」


 いきなりの話に、返事が遅れる。


「猪退治の礼金の話か? あれが本当に猪なのかは知らんが」

「それじゃ。しわくちゃから金子きんすを受け取っていたが、そう大した額でもあるまい。未知の土地で旅するにあたって金はいくらあっても困るものではないじゃろ?」

「代わりに奢ってもらった」

「全て受け取ればそれ以上の贅沢ができたじゃろうに」

「めんどくせぇやつだな」

「なんじゃと! 妾は主のけーざいじょーきょーを心配してやってじゃな!」


 とルリはゲシゲシと脇腹をつついてくる。こそばゆい。


「やめろやめろ。話してやるから。ったくこっちは寝たいってのに」


 言うとようやくルリは脇腹をつつくのをやめた。

 子供? と一緒に布団に入っているというのは、今更ながらに妙な気分だった。


「一言で言えば、金に重きは置いてないからさ」

「なぜじゃ? 人間は金が大好きじゃろう?」

「ないならないで、最悪なんとかなるだろ?」

「それはわからん」

「俺はなると思ってる。だからさ」

「主の言い分は説明になっとらん。受け取らない理由にはなるまい」


 リクウはため息。早く寝たいというのに、まったくうるさい奴だ。


「あのまま受け取っていくらか多くの金を手に入れるより、みんなで分けて良いことしたぜって良い気分になる方が俺にとっては意味があるって話さ。あいつらにだって生活がある。俺も満足、あいつらも得してる。なにか悪いことがあるか?」

「うーん?」


 とルリは納得しているのかそうでもないのかよくわからない声を出す。

 リクウは一度大きく息を吐いた。


「俺はいずれ楽土に行く」

「なんの話じゃ?」

「死んだあとの話さ。俺が死んだら七光如尊の御力で楽土に行くのさ」

「主の信じる神の話か?」

「そうだ。楽土に持っていけるものはなんだと思う?」

「その話が出てくるということは、金じゃないんじゃろうな」

「ああ。楽土には地位も名誉も金銀財宝も持っていけない。何が持っていけると思う?」


 ルリはしばし考えるような沈黙を挟み、


「記憶、かの?」

「そう、思い出さ。だから俺はああした。気分がいいからな。今晩はなかなか楽しかっただろう?」

「それは認めよう」

「俺にとってはそういうのが重要で、人生にはそういうことが重要なんだよ。生きている間に何をするか、こう見えてもちゃんと考えてんだ」

「肉を食らい酒を飲むのもそれか?」

「楽しいからな。肉も酒も旨い! 最高だろ。俺が楽土に持ってくものは決めてるんだ。持ちきれないほどの楽しい記憶と、困ってる人間を助けて、俺は価値がある人間だったぞっていう誇りを持っていくんだ。そのために俺は光岳寺の武僧になった」

「なるほどのう……」

「これで納得できたか?」

「主の考え方で言えば今日の出来事は満点だったということか?」

「概ねそうだな」


 ルリが再び脇腹をつついてきた。


「おまっ、やめろって」

「生臭坊主のくせに悟ったような事を言いおって、生意気じゃ」


 リクウは脇腹をつつく手を退けて、

 

「正直、こうして異国の地に来られたってのは感謝してるんだ。珍しい経験が出来るのは間違いないだろ? 普通だったら出会うことがなかったはずの人間と出会って、見たこともない場所に行くことができるってのは心躍るよ」


 ルリは寝返りをしてリクウに背を向ける。


「ふん、せいぜい良い記憶とやらが作れるといいがの!」


 背中越しに聞くルリの声は、なんだか動揺しているようにも聞こえた。照れているのかもしれない。


 話ているうちに、酔いがすっかり冷めてしまった。


 浪西涯ロシャーガのどこかの街のどこかの宿で、正体不明の幼女と一緒にリクウは寝ていた。

 布団の中は暖かく、布団から出ている顔にだけひんやりとした空気が触れている。

 いつの間にやら、ルリは小さな寝息を立てていた。


 いきなりの異国をよくわからぬ道連れと旅をする。

 

 リクウは笑う。


 いいだろう。

 こんなに奇天烈な旅はそうそうないだろう。

 きっと、楽土に行ったら先人たちに自慢できるような旅になる。


 さて、まず明日は何をしようか。

 そんなことを考えながら、リクウの意識は知らぬ間に夢へと誘われていた。


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