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51.竜退治へ


「じゃあ行くか」


 朝の日差しが、稽古を終えたリクウの頭頂部に反射して輝いていた。

 早朝であるからには人通りは少なく、裏庭は静謐に満ちている。

 秋の朝の、うっすらと寒さを感じる空気が汗をかいた体に心地よい。


「どこへじゃ?」

「アロマ山」


 ルリが途端に渋い顔をする。


「竜退治か?」

「よくわかったな」

「それ以外なかろうて。なぜそのようなことをしようとする? 討伐隊とやらがやるじゃろうに」

「それじゃあダメなんだよ。魔石とやらが手にはいらん」

「魔石、とな?」

「言ってただろう、スフェーンの改良をするには上等な魔石が必要だって。今アロマ山にいる竜ならなんとかなるだろうって」

「なぜそこまでする?」


 そうしたいから、というのがリクウの素直な感情であったが、その感情を自分なりに分析すると、様々な理由があった。


「まず、しばらくの間世話になっていた恩返しがしたいだろ? 一宿一飯の恩とは言うが、俺等は何泊何飯したかわからん。それに、スフェーンがもっと人間らしくなったらいいじゃないか。スフェーンはきっとこの先ずっとルナリアと一緒にいる。そんな奴が、感情豊かに笑ってたらいいじゃないか」

「それは、命をかけるほどのことか?」

「俺はそういうのを大事にしたいんだ」


 ルリは納得行かぬ様子だ。


「もしこちらの竜が真都揶の竜と同じだった場合、主ではまず勝てんぞ」

「それはわかってるさ。龍神様相手に歯向かえるほど図に乗っちゃあいないよ」


 それを聞いたルリは、妙な笑いをこぼした。


「なんだよ、なんかおかしな事言ったか?」

「いやいや、殊勝な面もあるんじゃなとな」

「俺はだいたい殊勝だよ」

「そうかの?」


 ルリは呆れたように笑っていた。

 そこから打って変わって、ルリは真面目な顔つきに変わる。


「本当の龍であったら、妾は止めるぞ。戦うことは許さん」


 お前に何ができるんだよ、とリクウは笑おうとしたが、できなかった。

 異様と言っていい迫力が、今のルリにはあった。


「無茶はしねぇよ。無理そうだったら尻尾をまいて逃げ帰るさ」

「なら良い」


 ルリから感じた圧迫感は、幻想だったのではないかと思うほどあっさりと消え去っていた。


「しかし、そんな事を言うとは俺のことを心配してるのか?」

「しておる。妾の宿主じゃからの」


 素直に認めた事が意外で、リクウは言葉に詰まる。


「それに、主といればまだまだ愉快な体験ができるんじゃろう?」

「そりゃあそうよ、俺自信が楽しみたいからな」

「なら不味そうなら逃げることじゃな。なに、不味い相手かは妾が見定めてやろう」


 ルリはいつになく自信に満ちているように見えた。

 今回に関しては、精霊、あるいは神仙としての力を振るうつもりもあるのかもしれない。


「そんなことが可能な貴方様は結局何者で?」


 リクウは茶化して聞いてみるが、


「ひみーつじゃ」


 ルリはそう言っていたずらっぽく笑い、茶化し返してくるだけだった。


「じゃあまあ行くか。飯は道中でいいだろ。ルナリアが寝てる間に出て、突然魔石を持って帰ってきてびっくりさせてやるんだ。きっと喜ぶぞぉー」

「そうかの? ルナリアなら普通に心配して怒りそうな気もするが、まあよかろう。好きにするが良い」


 行く準備と言っても、することはほとんどない。

 いつもの杖を持って水筒を持って、その他には大したものを持たずに身軽なままだ。

 ルリは言うまでもなく何も持っていない。

 ミューデリアのお下がりの、山をナメるなと言われても仕方のないおしゃれ着を来て軽い足取りでリクウの後を着いてくる。


 行きがけに、準備中のパン屋に声をかけ、パンを買った。

 ルリと分けて食べる。

 多少物足りなさは感じるが、これから生き死にの戦いに赴くのなら、お腹パンパンというのはよろしくない。


 人通りの少ないアルテシオンの街を、リクウ達はゆっくりと歩いていた。

 見慣れた街並み、とまで言えるかはわからない。

 ヴェローズでの経験と違って、アルテシオンでは、街自体を楽しんだとは言えないかもしれない。


 ほとんどが、ルナリアの家で過ごしていたからだ。

 リクウが誰かと長い時間一緒に過ごした経験と言えば、光岳寺での経験だけだ。

 それも、同年代の同朋と過ごした修行の日々だけで、こんなにもゆったりと気ままな生活をしたのは初めてであった。


 いい経験だったと思う。

 ルナリアは間違いなくいいヤツだったし、ミューデリアもなんだかんだでいいヤツだ。

 創られた生命、というとなんだか禍々しい気もするが、スフェーンはそんなことを感じさせない、しっかりとしているが、どこか子供らしさも感じさせる不思議な存在であった。


 そんな面々に恩返しの意味で、リクウは竜に挑もうと思った。

 不思議と緊張はしていない。

 ヤバそうならやめておく、という若干情けない予防線が張ってあるとはいえ、あまりにも緊張がない気もした。


 まあいいだろう、とリクウは気楽な調子で歩く。

 街を出て、街道を行き、アロマの森へとたどり着く。


 思えば、この森はルナリアと初めて一緒に採取に行った森だ。

 ここに始まり、ここに終わる。

 いいではないか。


 リクウはアロマ山を目指して、まるで散歩でもするかのような軽快な足取りで道を進む。

 


 

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