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5.浪西涯最高


「いやー街まで案内してもらえて助かったよ」

「いえいえ、僕らこそリクウさんがいなかったら大変なことになってましたし」


 異国の街である。

 空は紅く染まり始め、夜が近づいていた

 リクウはピピンとリックの二人組の案内によって森から一番近い街へとたどり着いた。

 

 異国の街といえど街は街で、リクウがいた真都揶の街とそう変わりがない。

 目立つ違いがあるとすれば、建物が石造りであることだ。

 これだと雨風に強い分、地震に弱いのではないかと思うのだが、そこらへんには異国なりの事情があるのだろうとリクウは推測した。

 例えば石材が豊富で費用が大変安いとか、そもそも地震があまり起きないとか。


 リックとピピンのふたりは、ワイルドボアを運んでいた。

 撃退したワイルドボアの血抜きをし、手近にあったいい感じの棒に吊るしてふたりがかりで担いでいた。

 道中は誰もいないので良かったが、街中で大きめのワイルドボアを運ぶ姿は道行く人の注目を集めた。


 そちらが注目を集めているせいか、リクウとルリの異国風の出で立ちはあまり目立っていないようであった。


 四人は大通りを進み、街の中心らしきあたりで左へと折れた。

 

「ここです」


 そこにあったのは、石造りの立派な建物であった。他の建物よりも規模が大きく、それだけでもなんらかの施設であることがわかった。表には看板が出ていたが、残念ながらリクウには異国の文字は読めなかった。


「ちょっと待っててくださいね」


 その建物の隣にある、一回り小さな建物へと入っていった。


 リクウとルリは取り残される形で建物の外にいた。

 建物に背を預け、リクウは行き交う人をぼんやりと眺める。

 仕事帰りと思しき人が道をゆく。目を引くのは様々な色をした髪の毛の人間が多いことだ。

 真都揶の人間の髪は黒い。リクウだって剃らなければ黒い髪が生える。

 隣にいるルリとて人間ではないかもしれないが黒髪をしている。


「なんじゃ?」

「いや、異国の人間は髪の色が面白いなぁと」

「ふむ、それで妾の美しい黒髪を見て、妾が一番だと思ったわけじゃな?」

「思ってねぇよどうしてそうなる」

「だってそうじゃろ! 見惚れてた目をしてたもの」

「馬鹿言ってんじゃねぇよ」


 美しいと思わないでもないが、それを認めるのは憚られた。


「どうじゃ? 異国の地は?」

「まだわからん。ちゃんとここが浪西涯ロシャーガだってのはわかったがな」

「なんじゃ、まだ疑ってたのか」

「あんなにあっさり飛んだら疑いもするさ」


 空には星が瞬き始めていた。

 浪西涯は真都揶よりも温かい気がする。

 まだ春の始めだというのに、夜が近くなってもまだ温かい。

 リクウは山の上に住んでいたので、余計に暖かく感じるのかもしれない。


「お待たせしました!」


 ピピンとリックが姿を現した。


「遠慮なく受け取ってくれ」


 とリックが薄く小さい円形に加工された金属を渡してきた。いくらリクウの知らぬ異国の地と言えど、それが金銭であることはわかった。銀色の貨幣が十枚。


「これは?」

「ワイルドボアの買い取りだ。その代金だよ」


 ずい、とリックが押し付けようとしてくる。


「いやあ全部は受け取れねぇな。そうだな、三分の一だけいただこうか」

「なんでだよ、これはアンタの正当な報酬だ。命を救ってもらった礼でもある」

「考えても見ろ。あの時はお前らが襲われてたからこそあのわいるどぼあとやらは隙だらけだったんだ。例えば元からアイツを狩る予定で、囮を立てる作戦を使ったら、危険を犯した囮は取り分なしでトドメ役だけ報酬がもらえるのか?」

「それはないだろうけどよ……」

「そうですよ、これで三等分では僕らが納得できないんです」


 ピピンとリックの二人の目を見ても、三等分では譲りそうもないのは理解できた。

 ただ、リクウとしても全取りなどする気はなかった。

 ルリはこちらの様子など知らぬげに、地面の蟻を見ているようであった。

 そうか、俺らは蟻以下かといかに下らないやりとりをしているか思い知らされる。


 こういった場合は折衷案を出すのが無難だ。


 リクウは、さきほどから気になっていることがあった。

 リクウが背を預けていた、この大きな建物だ。

 なにやら、中からは陽気な歌い声や騒ぎの音がする。

 うまそうな匂いから、酒の匂いまで漂っていた。


「わかった。三等分は意地でも飲んでもらう。その代わりお礼として晩飯を奢ってもらおう、それでいいか?」

「わかりました。ぜひごちそうさせてください」


 ピピンの方が答えた。

 リックはまだ納得が行っていない様子であったが、ピピンがそれを抑えていた。


 ルリが立ち上がり、三人を順に見回してから言う。


「いい加減話はついたかの?」


***


「うめぇ!!」

「うまいのう! うまいのう!」


 リクウとルリは、目の前のテーブルに並べられた食物を貪り食っていた。

 肉がヤバい。旨すぎる。

 噛めば肉の脂が口の中に広がり味を主張する。

 リクウの宗派は肉食にくじきを禁止していない。していないのだが、光岳寺で肉料理が出るかと言えば当然ながら出ない。

 久方ぶりの肉に、リクウの舌が狂喜乱舞していた。


 ルリはルリで、その小さな体にどうして入るのかと思うほど食べていた。

 霊体だかなんだかわからない身である故に食べないのかと思ったが、驚くほど普通に食べるらしい。


「どうした? 食べないのか?」

「い、いえ、お二人の食べっぷりに圧倒されまして」


 この大きな建物は、ギルドというものらしい。

 この国では、真都揶でいうところのよろず屋を、国の機関が雇って仕事をさせるそうだ。

 この建物はその仕事をする者たちの拠点になる場所らしい。

 雇われる者は「冒険者」と呼ぶらしいが、リクウはどうも納得がいかなかった。要は何でも屋らしく、それならばよろず屋のほうがわかりやすくないだろうか。


 ギルド内には酒も飲める食堂があり、夜のこの時間は一仕事終えた者たちで賑わっていた。

 食堂内に埋まっていないテーブルはない。

 人間が多いが、亜人もそれなりにいる。中には耳の長いどえらい美人な種族もいたりいた。天狗や鬼に相当する人型の異種族かと思うのだが、今のリクウにとってそれはどうでも良いことであった。


 なぜなら、次なる酒が運ばれてきたからだった。


「あれやるぞ、あれ」


 リクウが杯を掲げると、ピピンとリックはまたかという顔をした。

 リクウだけが景気のいい大声で言う。


「乾杯!!!!」


 杯を傾け、中の液体を口の中へと注ぐ。

 舌を伝わるたまらない苦味に、強い酒に喉が焼かれる感覚。


「かぁーーーーーー!!!!」


 とリクウは周りを気にせず声を上げる。

 この世でタダ酒ほど旨いものはない。


 もぐもぐとやっていたルリが、ふと食の手を止めてリクウを見上げる。


「どうじゃ?異国の地は?」


 ルリは、さきほどとまったく同じ質問をした。


 リクウは手に持った杯を空にしてから、いかにも酔っ払いらしい適当な口調で言う。


浪西涯ロシャーガさいこぅ!!!!」

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