43.秘薬のために
昼は外で食べてきた。
夏の暑い日差しに坊主頭を照らされながら、リクウはルナリアの店へと戻ってきた。
ただいま、と店番をしているスフェーンに声をかけ、カウンター横の入り口から店へと入る。
中では、ルナリアが難しそうな顔をしていた。
「あ、リクウさん、ルリちゃんおかえりなさい」
「なんじゃ? 難しい顔をして?」
「わたし、そんな顔してました?」
うん、とリクウとルリは頷く。
「依頼があったんですけど、材料も調合も難しいもので、受けるべきか迷ってるんです」
こんなルナリアは珍しい。
いつもなら人のためと迷わず受けるのに、こうして悩むということはそんなに難しいものなのか。
「あんまり無理しなくてもいいんじゃないか? ルナリアの出来る範囲で依頼を受ければいいと思うぞ」
「そうじゃな、ルナリアはがんばっておる。ところでどんな依頼なんじゃ?」
リクウは見逃さない。ルナリアの視線が一瞬リクウの坊主頭を見たのを。
なぜ見たのかリクウの中に疑問が渦巻く。
「それが、毛生え薬なんです。最近頭髪が薄くなってとお悩みの方がさきほど見えて。毛生え薬自体は作れるんですが、その素材が取れるアロマ山は今赤竜が巣食っているらしくて取りにいけませんし、代替になるツクヨサボテンの花はリゼット砂丘にまで行かないと手に入りません。それにわたしはレシピを知ってるだけで作ったことはありませんし……」
リクウはルナリアに近づき、その肩をがっしりと掴んで言う。
「やろう!」
「主はさっき無理しなくてもとか言ってなかったか?」
「言うかよそんなこと。いいか! 信頼を勝ち取る、っていうのはこういった積み重ねが大事なんだよ。この依頼を受けて無事毛生え薬が作れたら、ルナリアの店は難しい依頼でも受けてくれると評判になるかもしれない。逆にここで断ったら、難しい依頼は受けてくれない店、と思われてしまうからもしれない。それに挑戦することはルナリアの経験にもなる。仮に失敗しても経験にはなるし、依頼者も最善を尽くした上での失敗なら納得してくれるはずだ。やらない手はない!」
ルナリアは感銘を受けたように口を開いていた。
そして、
「わかりました! やってみます!!」
と元気良く言った。
「そうだ! それでこそルナリアだ! 俺も全力で協力してやるからな!!」
「のう、リクウよ」
ルリは腕を組んで、冷めた瞳でリクウを見ている。
「なんだよ?」
「主はその毛生え薬とやらの恩恵に、自分もあずかれると思ってるのではないか?」
図星だった。
「そ、そそ、そんなはずないだろ。な? ルナリア?」
とルナリアに話を振るが、ルリは追求の手を緩めない。
「ならば使わんのだな?」
「そ、それはわからないだろ。例えば、そうだ、本当に効果があるのかを、依頼者にわたす前に試すのが必要かもしれない。難しい調合って言ってたしな」
「使うのか?」
「えーと、わたしは別に、リクウさんも使っていいと思いますけど」
「此奴のハゲ頭に使っても効果はなかろう。実験にもならんて」
「おまっ、今ハゲって言ったな! こうなったのは誰のせいだと思ってるんだよ!!」
「主が初めに剃ったんじゃろう。それに妾はその頭似合ってると思っておるぞ」
ルリがケケケケと笑いながら飛び回り、リクウがそれを追っかけ回す。
狭い工房でルナリアが目を白黒させ、スフェーンは意に介さず通りを見ていた。
「こんにちはー、ってなんでこんな騒がしいの?」
ミューデリアだった。
最近はもう理由をつけるのはやめて、単に遊びに来る。
「ミューちゃん! 今ね、毛生え薬を作る話をしてたの」
「毛生え薬って、このハゲのために?」
「あーーーーーっ!! お前もハゲって言った!!」
「ハゲにハゲと言うのは当たり前じゃろ!!」
「貴様もう許さん!!」
幼女が飛び回り坊主頭が跳ね回る。
浪西涯では見られないはずの奇怪な光景が工房内で繰り広げられる。
「リクウ様、ルリ様、お静かに。お客様が見えなくなってしまいます」
スフェーンに窘められ、リクウは跳ね回るのをやめる。
「だってよぉ、こいつがよぉ」
「妾は本当の事を言っただーけじゃ!」
「お前、いつか絶対泣かすからな」
ルリはリクウからいつでも逃げられるだけの距離をとって地面に着地した。
小賢しいことこの上ない。
「話が全然見えないんだけど、毛生え薬ってなに?」
「依頼されたの、わたしが。でも素材も調合もうまくできるかわからなくって。そうだ! ミューちゃんも手伝ってくれない!?」
「アタシ!? アタシは忙しいし、そもそもルナリアの店は一応ライバル店だし……」
「そっかぁ……」
とルナリアは肩を落とす。
「ミューちゃん無理しなくていいぞ。俺がそのリゼット砂丘とやらまでしっかり護衛してやるからよ」
「リゼット砂丘?」
「そう、だってアロマ山は今危ないでしょ? それなら代替できるツクヨサボテンの花を取りに行くのがいいかなって」
「手伝ってって、その、調合だけじゃなく採取まで手伝って欲しいの?」
「うん、できれば…… 花がついてるツクヨサボテンを探すのは難しいって聞くし」
「しょうがないわね……」
とミューデリアはわざとらしいため息をついた。
「行ってあげるわよ、仕方なく」
「ミューちゃんほんと!?」
「いやミューちゃんそれルナリアと出かけたいだけでしょ、素直にそう言えばいいじゃん」
ミューデリアの顔が、嘘みたいに赤くなった。
「ア、アンタなに言ってるの!! アタシはただ、リゼット砂丘だったらアタシも採取したいから都合がいいだけだし! 別にルナリアと出かけたいわけじゃないんだから!!」
「ミューちゃん、わたしとは出かけたくないの?」
「いや、えーと、そういうわけじゃ……」
ミューデリアは片足で強く地面を踏み、
「とにかく! 付き合ってあげるっていうんだから感謝しなさいよね!」
「うん! ミューちゃんありがとね」
「それで、いつ出るの?」
「まだ考えてないかな? リゼットだと一泊はすることになっちゃうだろうし」
「明日明後日は空いてるの?」
「空いてるけど、ミューちゃんは明日が都合いいの?」
「じゃあ明日にしましょう! アタシは忙しいんだから!」
と言ってミューデリアは去って行ってしまった。
約束だけ取り付けて去ってしまうなど、本来は何のために来たのか疑問が残る。
もう安全と考えたのか、ルリがリクウへと寄ってきた。
「なんだったんじゃ、あやつは」
「そりゃあルナリアに会いに来たんだろう」
「本当に忙しいのかのぅ」
「いやー、早く出かけたいだけじゃないっすかねぇ」
いきなり、仕掛けた。
リクウの両手が空を切る。
ルリににひひひと意地の悪い笑みを浮かべる。
追いかけっこが始まる。
とにかく、こうしてリゼット砂丘行きは決まった。