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42.下らない時間を


 瑠璃媛命は、湖底で眠り続けていた。

 こんな世界はもう知らんと、夢から神界に入りくつろぎの日々を送っていた。


 どこか物足りなさを感じながら。


 時間の感覚はあまりない。

 

 空羅が何度も来ていたのは、意識の外で感じていた。

 瑠璃媛命は、それら全てを完璧に無視した。

 本体の顔など当然出さないし、分体だって出してやらない。

 あんなヤツなど知ったことかと無視をし続けた。


 そのうち、空羅の気配が訪れる頻度も徐々に減っていった。

 瑠璃媛命は、それでも眠り続けていた。


 どれくらいの時が経ったのか。

 空羅の気配はもう、久しくなかった。


 ある日、瑠璃媛命は突然起きる気になった。

 なぜそうなったかは説明できない。


 今日くらいは起きてやってもいいかと、そんな気分になっただけだ。

 目を覚ましても水上には上がらない。

 

 太陽の光が湖底までを照らし、そよぐ水草や、魚たちの姿が目に入った。

 魚たちは瑠璃媛命を岩のようなものと考えているようで、恐れなど微塵もないようであった。


 瑠璃媛命いきなりその顎をガバリと開いた。

 驚いた魚が四散するのを見て、瑠璃媛命は愉快な気分になる。


 そんな時だった。

 気配がした。

 空羅の。


 ただ、その気配は酷く弱々しかった。

 今にも消えようとする灯火のような霊気しか感じない。

 それどころか、死人が霊気だけで無理やり動いたような、そんな気配すら感じられる。


 まさか、と瑠璃媛命は湖面に分体を出した。

 意識を移して気配の方へと分体を飛ばす。

 

 分体は湖をこえ、森の中に入っていき、そこで瑠璃媛命は倒れている人間を見つけた。

 老人だった。

 骨と皮しかないような、やせ細った老人が倒れていた。

 その老人からは、紛うことなき空羅の霊気が漂っていた。


「おい! 主よ! 何を倒れておる!!!!」


 瑠璃媛命が声をかけると、老人は身じろぎをして瑠璃媛命の方を向いた。


「おおおお……」


 と老人は感嘆の声を漏らす。


「瑠璃媛様、おかわりなく。最後にひと目見ることができ、この空羅恐悦至極に存じます」


 最後、というのは言われずともわかった。

 空羅は死に体だ。気合と霊気だけで動いている。

 こうなっては瑠璃媛命とてどうしようもない。

 下手に力を注げば、奇跡的に保たれた均衡は崩れ、即座に魂はその身を離れることだろう。


「なぜ今になって戻った」


 空羅は声を出すのすら辛そうに身体を震わせていた。


「一言謝罪させていただきたく、こうして参りました。瑠璃媛様、あの時は本当に申し訳ありませんでした」

「主は、妾の元から離れたかったんじゃろ?」

「そんなはずはありません。空羅は命を救っていただいたその時より、瑠璃媛様の眷属でございます」

「ではなぜあの時去った?」


 瑠璃媛命は空羅を見下ろすようにしゃがみ込んでいた。


「人を助けたかったからですよ。あの時言った通りに」

「そんなのどうでも良かろう」

「ですが、あなたも私を助けてくださった」


 空羅の目には、遠い日を思い出す光が宿っていた。


「私が生きてきて、最も幸せな出来事は、瑠璃媛様のような高貴なお方に助けていただいた事でした。幼い頃の記憶ですが、あれほど嬉しかったことはなかった」


 空羅の口調には、どこか病気自慢をするような、そんな響きがあった。


「そこで私は気付いてしまったのです。今の私なら、誰かを救えるのではないかと。あの嬉しさを、自分も分け与えられる存在になれるのではないかと」

「救ったのか?」


 瑠璃媛命はぶっきらぼうな声で言う。


「ええ、貴方様が私を救ってくれたことで、たくさんの、たくさんの人が救えましたとも」

「なぜあの時そう話さなかった?」

「瑠璃媛様が怒ってしまい、最後までお話できなかったのです」


 空羅の顔には責めるような色はなく、ただ寂しそうに笑っていた。


「そうか、そうだったな」


 瑠璃媛命は地面に座り、空羅の頭を膝に乗せた。


「わかった、旅立つがいい、主はきっと正しいことをした」


 しばらくはそうしていたが、長くは続かなかった。

 呼吸は止まり、心の臓は止まり、最後に魂が抜け出していった。


 魂を捕まえてしまう、というのもできなくはなかったが、そうはしなかった。


 旅をしよう、と瑠璃媛命は思った。

 分体で、人間の世界を。

 そうすればきっと、いずれは空羅の生まれ変わりと出会うこともあるだろう。


 楽しい時間であった。

 ただ、一緒に過ごしているのが。


 適当にでっちあげた修行をさせたり、昔の自慢話をしたり、そういう下らない時間が瑠璃媛命には一番楽しかったのだ。

 だから、再び空羅の魂と出会えたらその時は――――


***


「うわああああああああああ!!」


 リクウの悲鳴でルリは目を覚ました。


「なんじゃなんじゃ想像しい」


 リクウは激しい運動をした時のような呼吸をしている。


「あ、悪夢を見た……」

「悪夢じゃと?」

「お、俺が、成長したルリに膝枕してもらってる夢を見た……」

「なんじゃなんじゃなんじゃなんじゃ!」


 ルリは満面の笑みを浮かべる。


「悪夢とか言って、それが主の願望なのではないか? いいぞ、妾に甘えても。望み通り膝枕をしてやろうか?」

「やめろバカ! 俺にそんな趣味はねぇよ!!」

「遠慮するでない! ほれほれ!」

「近づくな暑苦しい! 夏だぞ今は!!」


 騒がしい一日が始まる。

 下らない時間が流れていく。


***


 今も大天霊尊大鈴瑠璃媛命は、真都揶が龍湖で眠っている。

 そうしてその意識は――――

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― 新着の感想 ―
[良い点] こういう話、好きですよ〜。 [一言] 全体のシーンの半分くらいは酒入っているのでは……。
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