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4.情報過多


「準備はいいかや?」

「ちょっと待ってくれ」


 最後にもう一度だけ光岳寺を見たかった。

 八昇山の山頂付近の平地に建つ光岳寺、リクウの同朋たちは今も修練を積んでいるのだろう。

 青い空に連なる山々、眼下に広がる白雲に遠く見える海、リクウはその光景を目に焼き付けた。


 正直なところ、実感は湧かない。

 それはそうだろう。一瞬で異国に飛べますなどと言われて、それに実感を持てたら逆におかしい。

 それでも、ルリを見ている限り嘘を言っているとは思えない。

 行けるのだろう、異国に。


「なんじゃ、怖気づいたのか?」

「ビビりゃあしないさ。ただまあ、少し寂しい気持ちにはなるよな」

「ふむ」


 とルリは口元をいじって考える仕草。


「まあ妾がおる。寂しくはなかろうよ」

「退屈はしないかもしれんな。よし、やってくれ」


 ルリを中心に、地面に緑に発光する線が走った。

 次いで、九天山の頂上が眩く光だす。


「おおおお!」

「黙っておれ、集中できんじゃろうが」


 光は強さを増し、目も開けていられないほどまでに輝き、

 

 次の瞬間には、辺りは森へと変わっていた。


 リクウは目をパチクリさせて、何度も目の前の光景を見た。

 森だ。

 それ以外に言いようがない。

 さきほどまでに比べると大分暗い。木漏れ日だけの頼りない明かりが、葉の降り積もった地面を照らしている。

 

「思いの外うまくいったの」


 と傍らにいたルリは満足げだ。


「うまくいったってことは、ここは浪西涯ロシャーガなのか?」

「そのはずじゃ」


 森、という以外には何もわからない。

 浪西涯にある森だからといって真都揶マトヤの森と特別違ったところはないのだろうが、浪西涯であるという証明がなにか欲しかった。


 神足通で飛ぶ、というからには体感出来る何かがあると思っていたのだ。

 例えばとんでもない衝撃があったり。例えば感じたことのない浮遊感があったり。そういうものだ。

 しかし、現実には何もなかった。

 衝撃もなければ浮遊感もなく、変化があるとすれば気温が多少変わったかもしれないが、それくらいのものだ。

 

 自分がどこかに移動した、というよりはむしろ、幻覚か夢でも見ているような気分であった。

 もしやルリに幻覚を見せられていて、ここはまだ九天山の頂上なのかもしれない。

 リクウはおそるおそる杖を使って地面をついてみる。もし幻覚ならば数歩先は崖っぷちのはずである。


「なにをやっとるんじゃ…… お主は……」


 杖が地面をかまないことはなく、どうやら地面はしっかりと地面であるようだった。

 土の踏み心地に、踏んだ葉がカサカサという音。意識すれば鳥の鳴き声まで聞こえてくる。


「いや、幻覚なんじゃないかなー、と」

「アホウ、成功したと言ってるじゃろうに」

「いきなり信じられるかよこんなん」


 その時だった。


「あああああああああ!!!!」


 彼方から、男の声が聞こえた。


 聞こえた瞬間からリクウは動いていた。

 軽功を使って疾風の如く森を駆ける。

 木々を縫って走り、駆けた跡の落ち葉が盛大に巻き上がる。


「なんじゃなんじゃ! 声のところに行くのか!?」


 ルリはそんなリクウにピッタリと着いてきた。

 もちろん飛んでだ。

 かなりの速度が出ているはずなのにこうも簡単に付いてこられるとリクウはなんだか面白くない。


「助けるんだよ! 当然だろ!」


 あの叫びは、尋常のものではなかった。

 気合を入れるといった類のものではない。

 猫に追い詰められた鼠が、最後の抵抗を試みる時にあげるそれだ。


 見えた。

 巨大な猪のような生き物と、それと対峙する一人の男、それにもう一人の倒れ込んでいる人間が視界に入っていた。


 リクウは更に速度を上げる。

 杖を投げ捨てる。

 大きな獣相手には杖術より素手だ。


 猪も人間もこちらには気付いていない。

 相手が野生の獣なのか、それとも妖異なのか、力量が読めないが好機には違いない。


 突っ込んだ。

 黄土色の僧服を来た坊主頭が、流星が如き速度で踏み込む。


 狙いは脚の付け根の内側。心臓だ。

 リクウは猪の真横に躍り出て、勢いそのままに右足で地を噛んだ。

 踏み込みは盤石、その力が体を伝い、猪の心臓部にリクウの肘が突き刺さった。


***

 

 ピピンは死を覚悟できてはいなかった。

 

 簡単な採取の依頼であるはずだった。

 新米冒険者として無理のない範囲の依頼であり、危ない橋を渡るつもりなど毛頭なかった。

 不幸な遭遇なのか、それとも気づかないうちに縄張りに踏み込んでいたのかもわからない。


 とにかく、結果だけを言えばピピンたちはワイルドボアに襲われた。

 

 まず、リックがやられた。

 二対の蹄が地を打つ音に、二人はほぼ同時に気付いた。

 目を疑う光景であった。

 巨大なワイルドボアが、ピピンたちに向かって突進してきているのだから。


 混乱の中で、二人は訓練に忠実に動いた。

 ピピンが左、リックは右に分かれ、その時にはもうワイルドボアは間近に迫っていた。


 リックが、跳ね飛ばされた。

 直撃したようには見えなかった。

 肩を引っ掛けただけに見えた。


 それだけでも、及ぼされた影響は甚大だった。

 リックが回転しながら吹き飛び、着地してから何度も地面を転がりようやく動きを止めた。

 ピクリとも動かない。

 死んでいるようには見えないが、意識があるようにも見えなかった。

 目立つ外傷がないからには牙での攻撃は避けたようではあるが、この位置からそれ以上に無事を確かめることは不可能だった。


 荒い鼻息が聞こえた。

 巨大なワイルドボアが、目の前にいた。

 

 逃げることは出来ず、遅れてきた恐怖が全身を蝕み、ピピンは今更になって剣を抜いた。


「あああああああああ!!!!」


 叫んだ。

 威嚇でもなく、自らを鼓舞するでもなく、ただ声を上げた。

 這い寄る恐怖を振り払うには余りにも無力ではあったが、それでも叫ばずにはいられなかった。

 

 ワイルドボアが、ピピンに照準を合わせているのがわかった。

 迎撃するしかない。躱して、切る。できるかどうかはともかくとにかくやってみる以外には道はない。


 その時だった。

 

 ピピンの視界の端に、黄土色をした何かが飛び込んできた。

 それは、そのままの勢いでワイルドボアの側面へと激突した。

 

 ワイルドボアが、四つの脚を奇妙に交差させるように横へと動き、その巨体が傾ぎ、最後には横転した。


「よう、大丈夫だったか?」


 木漏れ日が頭頂部に反射していた。

 

「なんじゃ、こやつらを助けたかったのか。のうお主ら、リクウに感謝せいよ」


 よくわからない黄土色の衣装を着たハゲ頭の男性。

 これはまだいい。

 衣装は何やら異国風だがそこまで常軌を逸したものではなく、ハゲ頭もそこまで珍しいものではない。

 起きた結果からすれば、この男がワイルドボアを倒してくれたのだろう。


 しかし、しかし。

 ピピンは二つ目の声の主に目を移した。

 幼女だった。とても可愛らしい。なにやらハゲ頭の男の縮小版といった衣装を着ている。

 森の奥に幼女がいるというだけで珍しいどころではない話だが、その幼女が宙を浮いているとなれば、この世界で唯一無二に違いなかった。


 倒れたワイルドボアと、そのワイルドボアを倒したハゲ頭の男と、宙を浮く幼女。


 死を覚悟し混乱の極みにあったピピンの頭は、それら異常事態の濁流を受け入れることができず、一切の思考を放棄した。

 だから、ピピンの口から発せられた最初の言葉は、お礼でもなく、何者かを尋ねる言葉でもなかった。

 ピピンは泣きそうな顔で、悲鳴を上げるようにこう叫んだ。


「情報量が多すぎる!!!!」

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