36.アルテシオンの冒険者
アルテシオンにはロレントという冒険者がいる。
有名人ではない。
ロゴスの牙というクランの最古参の一人で歳は三十七歳。冒険者としてはそれなりに高齢だ。
その長い経歴から金級ではあるが、目立った活躍はしていない。
特徴がないのを特徴とすべきか、地味なのを特徴とするべきかは難しい。
とにかく、堅実にコツコツと生きている男だ。
クラン内のメンバーからの印象は比較的良いが、そこでも地味さが目立つ。
都合のいい人、地味な人、なんか失敗しない人、そういったイメージを持つものがほとんどだ。
ロレントも、それでいいと思っている。
人には色々な役割があり、自分は堅実であることが役割なのだと、そう考えている。
子供の頃はロレントも英雄を夢見ていたが、いつの頃からか、手の届く範囲の仲間を守ることこそが自分の役割だと決めていた。
だから、ロゴスの牙の団長が帰らぬ人となった時も、最古参でありながら時期団長候補には挙げられもしなかったのだ。
***
リクウは冒険者ギルドに来てみた。
依頼を受けるためではない。それは違う。
ルナリアに今日の夕食は外で食べてくると告げて、飲みに来たのだ。
アルテシオンに酒場は多い。
なので冒険者ギルドの酒場でいちいち飲む必要もないのだが、一度くらいは来てみようと思っていた。
ヴェローズのギルドとどれくらい違うのかも把握しておきたかったのだ。
掲示板や受付には目もくれずに、リクウは酒場を目指した。
ルリもキョロキョロとギルド内を見回しながらついてくる。
酒場は盛況ではあったが、ヴェローズほどでもないように見えた。
宴会じみた騒ぎはなく、各々が落ち着いて夕食を取っている感じだ。
席はいくらでも空いているが、ルリと二人で飲むというのもいつも通り過ぎて面白くない。
知っている人はいないかとリクウは酒場内を見回す。
いた。
リクウが店番をしている時にルナリアの店に来た、冒険者の男だった。
食堂区画の真ん中あたりで、一人で座っていた。
「ルリ、あそこにするか」
「なんじゃ? 知り合いか?」
「顔見知り、かな。いや向こうは覚えてないかもしれんけどな」
リクウは男に近づき声をかける。
「ちわ、相席いいっすか?」
他に空いている席はある。向こうがリクウを認識していない場合は断られるかもしれない。
そう思ったが、
「おや、キミは錬金術店の……」
「こんばんは。ちょっと見に来てみたら、見たことある顔がいるなって思いまして」
「どうぞ、見ての通り僕は一人寂しく夕食さ。キミと、その可愛らしいお嬢さんがいてくれると寂しさも紛れそうだ」
「あざっす」
とリクウは席につく。
「僕はロレント、しがない冒険者さ」
「俺はリクウ、ルナリアのとこの居候で、マトーニャから来ました」
「マトーニャから? それはすごいな。そちらのお嬢さんは?」
「妾はルリじゃ! このものの保護者をやっておる」
とルリは胸を張った。
リクウは店員に聞きつつ食事を注文し、酒も注文した。
「しかし、よく僕のことなんて覚えてたね」
「そりゃあ覚えますよ。腕が立ちそうな人は。こう見えても武僧なんでね」
「ぶそう?」
「戦う、僧侶です。妖魔調伏がーーーーこっちでは魔物とか魔族でしたっけ、それを倒すのが生業です」
「マトーニャのお坊さんは戦うのかい?」
「一部は」
「噂に違わぬ勇ましい国だな」
雑談をしているうちに、食事が運ばれてきた。
リクウもルリもステーキを頼んだ。
漂ってくる肉と油の匂いが食欲をそそる。
「ロレントさん、誰と飲んでるんスか?」
青年がロレントに話しかけた。
「リュークか。この人はリクウさん。マトーニャから来たそうだよ」
「マトーニャから!? マトーニャ人ってことスか? 始めて見ました」
「僕もだよ」
「自分も一緒に食事いいっスか?」
「リクウくん、いいかな? 僕と同じクランのメンバーなんだ」
とロレントが聞いてくる。
「構わないですよ、飯は大勢のほうが楽しい」
リュークを皮切りに、ロゴスの牙、とやらの面子がどんどん集まってきた。
わざわざ数えないが、二十人を越えていないということはなさそうだった。
机が繋げられ、いつの間にかの大所帯は徐々に宴会の体を成し始めた。
皆の興味の対象は、リクウだった。
「マートニャ人は、人肉も食べるってほんとですか?」
いきなりそれはお前、という突っ込みが入るがリクウは気にせず。
「それはないな」
「腕試しに殺し合いをするってのは?」
「それは部分的にある」
マジかよ、というざわめきがテーブルに広がる。
「国民全員が武術の修行をしてるっていうのは?」
「全員ってこたないな。けどこっちよりは多いと思う」
「金でできた建物があるって話は?」
「金箔を貼った寺ならあるな。それじゃないか?」
とにかく質問責めだった。
質問責めの対価として、リクウはいつの間にか奢られることになっていたので、質問には気持ちよく答えていた。
ルリはルリで、
「こら! やめんか!」
「やーんかわいー」
「ねえねえ、うちの子にならない?」
「見てみて髪すべすべー」
と女団員から弄り倒されているようであった。
「なあリクウさんよ、マトーニャ人ってことは、アンタも腕は立つのかい?」
声の先には、挑戦的な目をした男がいた。
三白眼で、赤い髪をした男だった。
「それなりってところだな、なんでだ?」
「いやよぉ、うちの前団長がアロナ山の赤竜にやられちまってね。今はリーダーが不在なんだ」
「おいやめろよ」
と団員の一人が窘めようとした。
「いいじゃねぇか、酒の席だ。それに参考程度に聞きたいんだよ」
「なにをだ?」
「俺とコイツ、アンタはどっちがリーダーに相応しいと思う?」
男は、自分と窘めた男を交互に指差した。
リクウは酒をグビリと飲んで、案外真面目に答えた。奢ってもらうからには誠実な対応を、それがリクウの主義だ。
「そんなんわからんよ。団長ってなあれだろ? 色んな資質が必要なんだろ? 見ただけじゃ何もわからん」
「そりゃあそうだ」
と男は豪快に笑った。
「じゃあもっと単純な話でいい。俺とコイツ、どっちが強そうだ?」
そこにルリが、
「武人の上下は強さで決まる、というやつじゃな」
と言うと、
「きゃー」
「ルリちゃんかしこーい」
「かわいー」
とまたもみくちゃにされていた。
「そこのお嬢ちゃんの言う通りよ。戦士の国のリクウさんとしてはどう思う?」
「実際に戦ってみればいいんじゃないのか?」
「それがよ、コイツは術師で俺は剣士なのよ。だから対等な条件での腕比べが難しいわけだ」
「ふむ」
どちらの男も、大したことはなさそうに見える。
「思うんだが」
「お?」
「強いのが偉いってんなら、このロレントさんは候補にあがらないのかい?」
ロレントは酒を吹き出した。
「な、なにを言ってるんだい、リクウくん!」
「だって、アンタがここじゃ一番強いだろ?」
大所帯の全員が、ロレントを見ていた。
冗談なのか本気なのかがわからず、笑うべきなのか困っている気まずい雰囲気が流れた。
「ロレントさんが最強? どういう冗談だ?」
と三白眼の男は言っていたが、周囲の反応は違った。
「そういえば、ロレントさんがいて依頼を失敗したことないかも……」
「そうだな、言われればロレントさんが苦戦してるの見たことないぞ」
「もしかして本当か?」
「ギリーさんとどっちが強いんだ?」
と懐疑と好奇が入り混じった会話がされていた。
「試しにちょっとやろうか、俺とロレントさんなら剣同士で腕比べができる」
「いやいや、ギリーくん待ってくれ。僕はそんなガラじゃない」
「俺が納得行かないんですよ。ちょっと胸を貸してください。怪我はさせないんで」
ギリーと呼ばれた三白眼の男は、火のようになっていた。
よほど納得がいなかったらしい。
周囲からは次第に戦いを煽る声が増えていた。
ロレントは頭を振り、ため息をついてから言う。
「わかったよ、ただし木剣でやろう」