31.ホムンクルス
その日は曇りで、空模様が怪しかった。
ルナリアは商品の補充をひたすらするということで、リクウは特にやることがない。
時間が空いたらまずは街の観光をと考えていたが、天気が怪しいし、それに気になることもあった。
スフェーンである。
ホムンクルス。
人間の手で創った生命体。
リクウからすると、なにやら人智を超えているような気がする。
その上感情がないとは本当なのか。
これから一緒に暮らす同居人として、スフェーンがいったいどんな人物なのか知りたいと思った。
ルナリア家の一階の南エリアは店区画になっていて、外へと接した窓口に、その裏は調合などをする場所になっている。
ルナリアが測っては混ぜ、測っては混ぜと調合を繰り返している間、スフェーンはその周囲で手伝いをしたり、掃除片付けをしたりしている。
動きはてきぱきとしていて淀みがない。
表情には変化がなく、淡々と仕事をこなしている。
ルナリアはスフェーンに指示をしていない。
スフェーンは完全に自分の意思で行動しているらしかった。
自分の意思で行動しているということは、やはり感情があるのではないだろうか。
「あの、リクウさん何してるんですか?」
ルナリアだった。
「あ、ああ、錬金術ってのはどんなもんなのかって思って見学させてもらってたんだ」
「見ててもつまんないですよ?」
それは早々に理解していた。
ひたすらに地味、というのがリクウの印象だ。
自分には向いてそうもない。どうやら錬金術士というのは薬士のようなものらしい。
これ以上得られるものはないと思ってリクウは引き下がった。
昼過ぎになって、スフェーンが昼食を届けてくれた。
二階の居間にリクウとルリで座る。
「ルナリアは食わないのか?」
「マスターはまだ仕事だそうなので、先に召し上がっていて欲しいということです」
「じゃあ遠慮なくいただくか」
スフェーンはその場に留まっていた。
食べ終わるまで待つつもりなのか、それとも単にちょっと様子を見ておこうというつもりなのかはわからなかったが、リクウにとっては好都合だった。
ルリが水を飲むタイミングを狙った。
リクウはいきなり、自分のハゲ頭を叩いたのだ。
スパーンというものすごくいい音がした。
ルリが水を吹き出した。
ゲホゲホと苦しそうにむせて、鼻から水を垂らしながら、
「いきなり何をするか! アホタレ! 吹いてしまったではないか!!」
ぐしゃぐちゃになったルリの顔にリクウまで顔を背ける。
すまん、その反応は想像以上だったと心の中でルリに謝る。
「ルリ様、どうぞ」
とスフェーンはルリに手拭きを渡した。
スフェーンはそれでも表情らしい表情がない。
本当に感情がないのか、それとも笑うのを我慢しているのかも判断できない。
「ぬう、すまぬ」
とルリは手拭きを受け取り顔を拭う。
その後は平和な昼食を終え、スフェーンが食器を片付けてくれた。
スフェーンが去ってからルリが言う。
「のうリクウよ、なんのつもりじゃ。妾は家の中では暇じゃぞ」
「いやさ、スフェーンが気になってさ」
「あの人形がか?」
「人形なのか?」
「まあ似たようなもんじゃろう。真都揶にも意思を持ったからくりがおるじゃろ?」
「俺は見たことないが」
「おるんじゃよ、あのからくり士はなんといったか。まあとにかく珍しいが唯一無二というわけでもない」
ルリは達観していて、リクウにはそれがちょっとおもしろくない。
「感情がないってなぁほんとなのか?」
「知らん。なんじゃ、そこにこだわりがあるのか?」
「まあな。俺は感情がないってのがわからねぇ。わからない相手は理解できん。同居人としちゃあ、できればあいつをわかりたいって思っているのよ」
「一緒にくらしていればそのうちわかると思うがのう」
とルリはあまり興味がないようであった。
昼過ぎにリクウはまた仕掛けた。
スフェーンが居間の掃除をしている時であった。
「なあスフェーン、ちょっといいか?」
「どうしましたか? リクウ様」
「ちょっと見ててくれないか?」
リクウはテーブルの近くまで行って、頭がちょうど隠れるまでしゃがんだ。
そこから徐々に坊主頭を出していきながらリクウは言う。
「日の出」
むふ、という笑い声は横から聞こえた。
ルリだった。
顔がすっかり出てスフェーンを見ると、やはりそこに表情はなかった。
年若い、真っ白な肌をした少年の無表情があるだけだった。
ルリは口を抑えながらもニヤついているのがわかる。
そこにリクウは救いを見出した。
体を張ったのに全く反応がなかったら傷ついただろう。
「すいません、意味がわかりません。説明していただけますか?」
笑わせようとして、そのネタの説明を求められる時ほどの屈辱はない。
だからリクウはネタについては言及しないことにした。
「スフェーン、昨日ルナリアから感情みたいなものはないって聞いたが、それは本当か?」
スフェーンは首を振る。
「わかりません。私には感情というものが理解できません」
「じゃあ、なんでルナリアの手伝いをしているんだ?」
「私はそれを目的として作られたからです」
「ルナリアの役に立ちたいって意思はあるか?」
「あると思います。私はマスターのお役に立ちたいです」
なんだ。
単純な話だ。
スフェーンは生まれた時からルナリアを助けるという目的をもっている。
そして、それをしたいと考えているのだ。
誰かの役に立ちたいという意思は、主の幸せを願うその意思は、紛れもなく感情の一端だろう。
リクウはそれだけで納得した。
結論。ホムンクルスに感情はある。
深い理屈などはいらない。
リクウがそうと決めたらそれが答えだ。
スフェーンは笑ったり泣いたりはしないが、ルナリアの役に立ちたいと思っているいいやつだ。
「俺も、ルナリアのことは助けてやりたいって思ってる」
「はい、マスターからそのようにうかがいました」
「じゃあ、俺たちは同士だな?」
「はい、おそらくは」
リクウが手を差し出すと、スフェーンは困惑しているようだった。
やはり感情はある、とリクウは確信を深めた。
「握手だよ握手、これから一緒に仲良くやってこーぜって握手」
「はい、わかりました」
スフェーンがリクウの手を取った。
そこにルナリアが現れた。
「あれ、あれ? なになに? 仲良くなってるの?」
「おうよ」
とリクウは答える。
「なんだかよくわからないけど、仲良しなのはいいことだよね!」
そう言って、ルナリアはほんわかした笑顔を浮かべていた。