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29.ならばうちに泊まりませんか?


 それから先は何も問題は起きなかった。

 

 すごいすごいすごい。

 帰り道の最中にルナリアはずっと有頂天だった。

 必要な素材はどれも十分に手に入ったし、それどころかルナウルフを討伐してしまった。

 ルナウルフの額の魔石は錬金術でも重要な素材になる。

 中度以上の純度の魔石が必要な場合でも、これさえあれば十分に対応できる。

 

 リクウに相談してみたところ、好きに使って良いと言ってくれた。

 ルナリアはリクウのことを、もしや聖人の類なのではと思い始めていた。


 アルテシオンに着く頃には薄暮が訪れていた。

 遠く地平線に薄っすらと夕日の赤が見える。

 星は瞬き初め、夜の心地よい風が吹き始めていた。


「今日は本当にありがとうございました!! おかげで助かっちゃいました!!」

「なーにいいってことよ」

「な? 妾の言うことを聞いて良かったじゃろ?」

「そうね、ルリちゃんありがとう! それで、お礼なんですが、どうしますか? 成果が成果ですし、言い値でも構わないですが」

「え、いらんよ」

「いらないって、そういうわけにもいきません!」

「いやだってさ、困ってるんだろ? お金。店が危ないって話をしてたじゃないか」

「それはそうですけど、わたしとしてもお礼はしたいんです」


 リクウは困った顔をしていた。

 ルナリアには理解できない。お礼をしたいと言われてここまで困った顔をする人間がいるのだろうか。

 マトーニャ人の性質なのか、僧侶としての性質なのか、それともリクウ自身の性質なのか。

 何にせよお礼をしなければルナリアとて納得ができない。


「じゃあさ、おすすめの宿でも教えてくれよ」

「宿、ですか?」

「ああ、しばらく滞在するつもりだからさ」


 どうしてそう言おうと思ったのかわからない。

 少なくとも計算しての事ではなかった。

 しかし、これがルナリアの、ひいては錬金術師としての夢を叶える一歩に繋がったのは確かだ。


「じゃあうちに泊まりませんか?」

「え、いいのか?」

「はい、うちはそれなりに広いですし、今はお母さんがいなくて部屋も空いてますし、ルリちゃんと二人でも余裕で泊まれますよ」

「ルナリアよ、年頃の娘がそのようなことを言ってもいいのか? リクウは助平じゃぞ。なんぞ悪さでもするかもしれん」

「しねぇよ! 馬鹿! こんな子供相手に!」

「子供って、これでもわたし十八ですよ!」


 ルナリアは背が低い。

 年齢よりも若く見られがちなのには慣れているが、いくらなんでも子供扱いはあんまりだと憤慨した。


 ルナリアはたしかに聞いた。リクウが「え……」と小さい声で言うのを。


「しねぇよ、悪さなんて。俺はこれでも僧侶だぞ」


 さきほどよりも露骨に声が小さかった。

 ルナリアも不安になってくる。


「良いのか? 後悔しても知らんぞ?」

「だ、大丈夫です。ですよね?」

「任せとけ」


 そう言うリクウの目が泳いでいる。

 本当に大丈夫なのだろうか。


「とにかく、うちに泊まってもらって大丈夫ですよ」

「ほら見ろルリ、ルナリアは俺の心の清さをわかってくれてる」

「清くないのがわかっていないだけじゃないかのぅ」

「清いわ!! 驚きの清さだわ!!」

「まあ言うだけなら誰でもできるからな」


 リクウがルリを追っかけ回す。

 ルリがふよふよと浮いて逃げ回る。


 あまりに自然に飛ばれたので驚く間もなかったが、ルリは本当に精霊の類らしい。


「あ、あの、いいですか?」


 ルナリアの呼びかけにリクウの動きが止まり、次いでルリも止まった。


「リクウさんは、アルテシオンで特に目的があるわけじゃないんですよね?」

「ああ、いろんなものが見られればそれでいいと思ってる」

「じゃあ、また今日みたいにお手伝い頼んでもいいですか? お礼はするので」

「もちろん。それにお礼なんていらんよ。泊めてくれるんだから」

「でも……」

「それに世のため人のためなんだろ? ルナリアがその錬金術とやらの店をするのは」

「それは、はい」

「そういうのが大好きなんだよ、俺は」


 真面目な顔をしてそういうリクウが、大きく見えた。

 宗教者と言っていた。本当に聖人みたいな人なのかもしれない。


「お祝いにご飯を食べましょうか。わたしの街ですからどんな店でもわかりますよ」

「じゃあ酒が美味い店がいいな」

「お、お酒ですか?」

「この生臭は酒が大好きじゃ」

「僧侶、なんですよね? ロシャーガの宗教者はお酒だめなんですけど、マトーニャだと違うんですか?」

「ああ、七光如尊は人の煩悩は受け入れるものだと教えている」


 酒を飲む僧侶、そんなのがあり得るのだろうか。

 ルナリアは急に不安になってきた。

 思えばリクウはルナウルフを殺しているのだ。それも今になって気になってきた。


「ルナウルフを狩っちゃいましたけど、そういうのも大丈夫なんですか?」

「無益じゃない殺生ならな」


 リクウは怖いくらい堂々と言い放つ。


「それに助平なこともしていいらしい。今ならまだ間に合うぞ? ルナリアよ」

「だからしねぇっつってんだろ」

「ほんとかのう、疑わしいのう」


 リクウが杖を地面についた。

 石畳が軽い音を立てる。


「よし、じゃあ行くか! 飲みに! そこで俺がたっぷり七高如尊について教えてやろう」

「えーと、そういうのは……」

「遠慮すんな! 七高如尊はありがたいんだぞ」

「は、はは……」


 ルナリアは力なく笑う。

 さっきまで思い描いていた聖人像は、跡形もなく消え去っていた。

 やはり、怪しい宗教に捕まってしまったのかもしれない。

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