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23.格好がつかない男


 リクウは全てを理解した。


「つまり、モランってやつがワルってことだな?」


 ルリがリクウの袖を引っ張っていた。


「なんだよ?」

「主はわかっとらんのう」

「違うのか?」

「そのモランってやつは、超ワルってことじゃよ」


 とルリは胸を張っている。


「なるほどなー」


 とリクウは関心した声を出す。

 ライネは不安そうに口を歪め、


「うーんと……ふたりともそんな極端な話じゃなくてね。そういう噂もあるから、リィスさんに話を聞いてみてほしいなって」

「でもライネさんが言い出すくらいだから相当黒いんだろ?」

「それはそうなんだけど…… とにかくはっきりした証拠が欲しいの。そうすればギルド側から動くこともできるから」


 それだとリクウとしては、なぜわざわざ声をかけられたのかイマイチ得心がいかないが、郷に入れば郷に従えという言葉もある。

 ライネはたぶん良い事をしようとしている。それなら協力してやろうという気にもなる。


「じゃあ、センセにそのモランってやつのことで悩み? がないか聞けばいいんだな?」

「うん。そうしてくれるとすごく助かるかな」

「任せとけ」


 

 というわけでリクウは飲んでいた。

 朝一番の時間にはリィスの姿は見えず、そうなるとやることがなくなる。

 

 リィスが泊まっている場所など知りはしないし、リィスと関わりがある場所と言えばこの冒険者ギルドだけである。

 来るかわからぬリィスを何もせずに待つというのはさすがに出来ず、ルリとチェスをしてはぼこぼこにされ、リクウは半分不貞腐れながら昼間から酒を飲んでいた。


 一応は大人しくやっている。

 飲む量はごく僅かで、酔ってはいない。


 ライネの口ぶりからすれば一刻も早くというよりも、会った時に話を聞いてみて欲しい、といったものに思えたが、それでも気になるには気になった。

 リィスはリクウを腹痛から救ってくれた恩人である。

 恩人が困っているならば助けない男はいない。


「のうリクウよ」

「なんだ?」

「暇じゃ」

「奇遇だな、俺もだよ」


 気分転換に出かけてあいすを食べた。

 今度は一杯に抑える。あの後、一度に三杯食べてリィスの世話になったことがあるのだ。

 夏が近くなった日差しは容赦なく降り注ぎ、リクウの頭を照らしていた。

 

 そうしてまたギルドへと戻り、日が傾き始めた時間帯になって、ようやくリィスは姿を見せた。


「おーーーい!! センセぇーーーー!!」


 リクウは人目も憚らずに大声を上げて手を振った。

 呼ばれたリィスが気付いてリクウを振り返った。

 リィスが駆け足でリクウの元へとやって来る。


「あの、大声で呼ばないでください。恥ずかしいです」


 リィスの息は軽く弾んでいた。


「ごめんごめん、センセ今ちょっといいかな?」


 リィスはテーブルの上の酒類を睥睨し、


「お酒は付き合いませんよ、これから待ち合わせなんで」

「いやいや、一緒に飲めって話じゃあないよ。ちょっと聞きたいことがあってさ」

「聞きたいこと?」

「センセ、なんか悩み事ない?」


 リィスの表情が一瞬曇ったように見えた。


「どうしてそんなことを聞くんですか?」

「とある筋からの情報でね」

「うーん、悩み。ないですかね、特には」

「あれ???」


 聞いていた話と違った。

 リィスはいつも通りの穏やか顔でリクウを見ている。


「モランというやつがワルなんじゃろ?」


 リィスがルリを見る目にはえもいえぬ感情があった。


「どういう、ことですか?」

「ライネから聞いたぞ。モランというのがワルで、リィスをいいように使っていると」

「おい、ルリ。ライネさんから聞いたってのは言っちゃあ不味いんじゃなかったか?」

「そうじゃったか? まあよかろうよ」


 ルリはまったく悪びれずに言う。


「それで? 実際のところはどうなんだ?」


 リィスは答えない。沈黙したままうつむいている。


 それが答えだった。


「あのなぁセンセ。俺はセンセに助けられてる。センセは俺の恩人だ。前にも言ったろ? 助けが必要な時は言ってくれって」

「……けてください」


 絞り出すような声だった。


「助けてください。私もう、どうすればいいかわからなくって、怖くって」

「やっぱりモランっていうのはワルなんじゃな!?」

「ワルというか…… 怖い人で」

「報酬の配分がどーのって聞いたけど、問題はそこじゃないんだな?」

「それもですけど……」


 リィスは今にも泣き出しそうに見えた。


「センセはどうしたいんだ? モランのとこから抜けたいのか、その報酬配分とやらを改善したいのか」

「抜け、たいです」

「これで話が簡単になったな」

「妾のおかげでな」


 噂通りの問題が起きているのを確認できたし、リィスの意思もわかった。

 これをライネに報告すればギルド側が良いように計らってくれるだろう。

 もしも上手くいかないようであれば、リクウが一肌脱ごうではないか。


 早速ライネに報告しようと受付に目をやったが、ライネは不在らしい。


 ギルドは賑わい始めていた。

 夕日の赤が窓から入り込んでいる。

 今日の依頼を終えた冒険者たちがギルドへと報酬を受け取りに戻りつつあった。


 ちょうどその時、ギルドに足を踏み入れる一団の姿があった。

 モランとその仲間の三人だ。


 テーブルの受付側に座っているリィスは気付いていない。

 ルリはモランの存在に気づき剣呑な目つきで睨んでいた。


 一先ずはライネを見つけて報告するのが筋というものだろう。

 文句の一つでも言ってやりたい気持ちはあったが、いきなり問題を起こしてはギルド側の迷惑になる。

 リクウにもそのくらいの分別はあった。


 そして、ルリにはそんな分別はなかった。

 ルリが立ち上がり、精一杯の大股でズンズンと進んでいく。

 リクウは呆気に取られて反応が遅れた。

 リィスがルリを目で追い、モランの姿に気づいてびくりと震えた。


「おいおいおいおい、まてまてまてまて」


 ルリは待たない。

 リクウが慌てて追うが、その時にはもう、ルリはモランたちの前に立っていた。


「のう! 主らよ!」


 モランたちはすぐには反応しなかった。

 大声で叫ぶルリを見て、周囲を見回し、それからようやくどうやら話しかけられているのは自分たちであると察した。


「何かな? お嬢さん」


 モランの態度は紳士的で、落ち着いていた。


「主らはキショいので、金輪際リィスに近寄るでない!!」


 時間が止まったような一瞬があった。

 その時、ギルドにいた全員の目がルリに集中していた。


「なんだぁ、このクソガキは」


 モランの取り巻きの一人が言い放つ。

 リクウは慌ててルリに近づき膝立ちになり、さらに何かを言おうとしたルリの口を塞いだ。

 ルリがもごもごと文句らしきものを言っている。 


「いやいやすいません、ちょっとコイツ勘違いしちゃって」


 ギルド側に任せれば穏便に解決する道があるのだ。

 わざわざ事を荒立てることもない。

 リクウは大人だ。


 リクウは情けない愛想笑いでモランたちを見る。

 ルリにクソガキと言った取り巻きは、許すべきか許さぬべきか対応に迷っているように見えた。

 奥にいるモランは無表情。何かを察しているのかもしれない。良くない兆候だ。


 取り巻きが言う。


「お前が飼い主か。クソガキに口の聞き方くらい教えとけ!!」


 気に食わなかった。

 高圧的な態度も、ルリにクソガキと言ったのも、飼い主と言ったのも。


 リクウはルリの口から手を放した。


「ルリ、人にものを頼む時には、丁寧な言葉を使わなきゃならんよ」


 リクウは立ち上がってモランたちに向き直った。


「モランさん、お願いがあります」


 モランの眉が上がり、意外そうな目がリクウを見ていた。


「なにかな?」

「センセ――リィスがアンタがたのことめちゃめちゃキショいって言ってるんで金輪際近づかんでくれませんかね?」


 モランたち三人は、まさしく絶句していた。

 リクウは頭を下げて手を合わせて頼む。


「お願いします! カスみたいな報酬配分も恐喝紛いの態度で脅して来るのも我慢ならないみたいなんです! どうか、どうか」


 沈黙がギルドに立ち込めた。

 リクウが頭を上げる。

 モランは感情らしい感情を表には出していなかったが、前にいる二人の取り巻きは今すぐ襲いかかってきてもおかしくはなさそうだ。


「待て」


 とモランは取り巻きをなだめた。

 依頼帰りの冒険者たちが何事かと、周囲には人垣が出来ていた。


「リクウくん、それはさすがに失礼なんじゃないかな?」

「仲間に真っ当な報酬を渡さないのも失礼なんじゃねぇかな?」


 モランは大きく息を吐いた。


「あのね、ガイジンのリクウくんにはわからないかもしれないけど、報酬配分が均等じゃないなんて普通なんだよ。冒険者には階級ってものがあるんだ。僕たちは金級ゴールド、リィスちゃんは青銅カッパー、そこに差があるのは当たり前なことだろう?」

「そうか? 同じ仕事をしても、階級とやらだけでそんな理不尽な差をつけるほどのもんか? この国じゃあこんなもんがそこまで価値あるのか?」


 言ってリクウは首にかけてある冒険者証を胸元から取り出した。

 モランたち三人は、眉をひそめ、反応に困っているような気配があった。


 そこで、周囲を取り巻いていた冒険者たちの誰かが吹き出した。

 周囲がクスクス笑いに包まれる。


 リクウは頭に熱を感じた。

 冒険者は基本的に気のいい連中だと思っていたが、見損なった。

 ここにいる全員が階級なんてものにそこまで重きを置いているというのか。


「のう、リクウよ……」


 ルリが控えめな声で語りかけてくる。


「なんだよ」


 リクウの声には怒気が含まれていた。


「自分で出したものを見てみい」


 リクウは言われた通りにした。

 リクウが取り出していたのは、冒険者証ではなかった。


 それは、形も艶もいい、帽子までついた格好良いどんぐりであった。


 モランのわざとらしい笑い声が聞こえてきた。


「そんなものには価値はないかな、この国じゃあ。なんだか興が削がれたよ、今日は退散することにしよう」

「おい! 待てよ!」


 リクウの呼び止めも聞かずに、モランたちは人垣をかき分け出て言ってしまった。

 周囲の冒険者たちの中には、まだクスクス笑いをしているものもいる。


「なあルリよ」

「なんじゃ」

「なんで俺は格好がつかん?」

「知らん」


 周囲にいた冒険者がリクウに肩を置いた。


「いやぁ面白かったよ。オレあいつ嫌いだったんだよな」

「にいちゃん、かっこよかったぞ、今晩はおごってやるよ!」


 そんな声が聞こえてきた。


 結局、宴会になった。


 タダで飲み食いできたのだけが救いだった。

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