21.冒険者を雇うには報酬が必要
「私がレニー、うしろにいるのがお兄ちゃんのカイル、よろしくね」
「よ、よろしくお願いします」
レニーとカイルの二人はすぐに出発できると思っていたようだし、リクウも特に予定はなかった。
善は急げとも言うし、リクウはすぐに出発することに決めた。
リシェールの丘は、ヴェローズの北の街道を一時間ほど行けば着けるらしかった。
街を出て四人は歩く。
異国の服を来た坊主頭と、子供三人はかなり珍しく映るようで、すれ違った旅人は目を丸くしてリクウたちを見ていた。
道中、レニーとカイルを見ていて、リクウはどうしても気になることがあった。
「しかし、なんでお兄ちゃんじゃなくレニーのほうが前に出てるんだ? 受付にしろなんにしろ」
「カイルはそういうのは苦手なの。でもレニーの代わりに色々考えてくれるの。このお小遣いだってカイルが貯めたんだよ」
レニーは銅貨が入った革袋をジャラリと持ち上げた。
「す、すいません。人前に出るのが苦手で」
「なんかなよなよしてるなあ、カイルは。いいか? 男ってのは前に出て女の子を守らなきゃだめなんだよ」
「は、はぁ」
「リクウよ、子供相手に何を言うておる」
「でもよ? そういうもんだろ? 男ってのは」
「そうとも限らん。適材適所というものがあるじゃろ」
「でもよぉ」
「兄妹間で役割が決まってるならそれは良いことじゃろ」
リクウはどうも納得が行かなかったが、幼い子供にとやかく言うのも良くないのかもしれないと思った。
それにお母さんの誕生日のためにこうして行動を起こすというのは立派だとは思う。根っこのところではそんなになよなよしていないのかもしれない。
街道は街道なだけあって平和だった。
空は薄っすらと雲がかかっている程度の晴天で、日差しは暖かいといっていい範疇だ。
やわらかいそよ風が草原を揺らしていた。
「ねぇねぇ、これいいでしょう?」
レニーがルリに話しかけている。
「なんじゃ? それは」
「どんぐりだよ。きれいでしょ」
「ほお、なんとも形のいいどんぐりじゃのう」
「でしょでしょ? 昨日レニーが拾ったの」
レニーはルリを、自分より年下と思っているのだろう。
ルリの方も特に訂正をするつもりはないらしく、話を合わせていた。
「あの、リクウさん」
カイルだった。
いつの間にか歩調を落とし、リクウの横にまで来ていた。
「すいません、こんなことに付き合わせてしまって」
「なに、いいんだよ。どっちにせよギルドに依頼したかったんだろ?」
「いえ、あれはああしないとレニーが納得しないと思ったので」
なるほど、カイルはたしかにしっかり者なのかもしれない。
「報酬ですが、なんとか適正な額を払おうと思いますので、少し待っていただければと」
「おいおい大人みたいなこと言ってるんじゃないよ。ほれ、妹とルリに混じって遊んでろ。俺がちゃんと守ってやるからさ」
言われて、カイルはいかにも渋々、といった様子で足を早めた。
カイルが会話に混ざる。
何を話しているのかルリが大仰な身振りで驚いている。
ルリ以外の子供の笑い声を聞くのは、悪くない気分だった。
***
リシェールの丘の中腹ほどは、盛大な花畑になっていた。
色鮮やかな花が風に揺れている。
子どもたちは――ルリも含めて――花畑が見えた時から走り出していた。
リクウは遅れて花畑に着き、手頃な岩場に腰を下ろした。
目的はどうしたのか、レニーが花で冠を作ってルリに被せていた。
カイルの方はちゃんと母親に贈る花を選んでいるようであった。
青空の頂点にある太陽が暖かい日差しを投げかけていた。
風に乗って草と土の匂いが運ばれてくる。
ルリがカイルに何かを投げて、カイルが驚き飛び上がっている。
追いかけっこが始まる。
リクウはそんな様を離れた岩の上から眺めていた。
しかし、こんなにも心地が良いと、眠たくなってくる。
子どもたちの様子を見ながら、リクウは船を漕ぎ始めていた。
リシェールの丘は街道の側であるし、低い草花しかないので視認性がとても良い。
見ている限りでは危険の兆候はこれっぽっちもなく、そうなると睡魔に抗うのはますます難しくなってくる。
それでもリクウは子どもたちの様子を見張り、
「リクウ!!」
リクウは、階段を踏み外す夢を見た時のような身震いをした。
「リクウよ!! 助けろこのアホタレが!!!!」
見れば、子供たちの近くに野犬か狼か、いずれにせよ犬型の何かいた。
それは子供たちに向かって唸り声を上げていた。
疾走った。
岩場を蹴り、リクウの通った道に花びらが舞い上がった。
瞬く間にリクウはルリたちの元へと駆けつける。
野犬であった。かなり大きいが単独で、新たに現れたリクウに向かって威嚇の吠え声を上げる。
「悪い、遅れた」
「もっと謝らんか。襲ってきとったらどうするつもりじゃ」
「いやほんとにすまんって。二人もゴメンな」
リクウはレニーとカイルに目をやると、カイルが野犬からレニーを庇うように、前に出て立っていた。
「それにカイル。なよなよしてるなんて言っちまったのもごめんな」
リクウはレニーを庇うカイルを見て微笑む。
「そいつが男ってもんだ」
リクウは杖を携え野犬に飛びかかる。
***
日が傾く前に街まで戻れた。
ギルドまで戻る必要もないので、四人は街の入り口で解散しようという話しになった。
カイルの手には、両手でようやく持ちきれるような大きな花束があった。
「今日は本当にありがとうございました。ほら、レニー、お礼を渡して」
レニーが革袋を取り出してリクウに渡そうとしてくる。
「いやぁ、こんなんじゃ足りないなぁ」
レニーが大きく目を見開いて驚いている。
「あの、すいません。今はこれでどうにか。本当に守ってもらうことになりましたし、後日追加でお礼はしますので」
「これ、リクウよ、お主何を言うておる」
ルリがリクウに咎めるような鋭い眼差しを寄越す。
それを受けて、リクウは意地悪な笑みを浮かべる。
「それ」
リクウはレニーの胸元を指差す。
そこには、どんぐりで作ったペンダントがある。
「報酬なら俺はそいつがいいね。色といい艶といい、相当な価値があると見た」
カイルとレニーは、一瞬ぽかんとした表情を浮かべていた。
それからカイルが笑い、
「わかりました。レニー、そのペンダントあげてもいいよね?」
レニーはペンダントとリクウを比べて、
「はい、じゃあこれあげる。大事にしてよね」
リクウの首にどんぐりのペンダントをかけた。
「リクウさん、今日はありがとうございました」
カイルのリクウを見る目は、どこかくすぐったかった。
***
夜。
リクウは飲んでいる。
対面にはルリがいて今日はルリも飲んでいた。
「お、リクウ、なんだそのどんぐりは」
獣人のバステルだった。
「おうバステル、いいだろ」
リクウはそう言ってどんぐりをつまんで見せつけた。
「帽子着きで色も形もいい、たしかにそいつぁいいどんぐりだな」
「話がわかるじゃねぇか、一緒に飲もうぜ」
「お、いいねぇ」
バステルがテーブルに加わる。
酒が注文される。
乾杯の音が響く。