84話.遠藤先生と授業
今日はいよいよ街の学校の生徒達が来る日だ。
朝から新しく建築した学校の確認に来ている。
ここに住んでる全員が確認してるわけだけど、遠藤さんだけがやたらとソワソワしてあっち行ったりこっち行ったりと落ち着かない様子だ。
今回の学校は以前の学校とは違い、微生物遮断を祈りながら建設した。
絶対に地底世界の微生物などを入れないという強固な思いで建築し直したことになる。
ちなみにだが、うちには何も手を加えなかった。
和泉は落ち着いているけど、ここで何かして症状が進行しているのに気付けない方が危険だと思ったからだ。
本当に和泉の問題は完全に取り除けたかの確認は絶対にしなければならない。
飼い主として。
大人に影響はないけど、子供は発症したりすれば大問題だからね。
ある程度の確認が終わったところで全員で食事にしていると、ちょうどバスが入ってきた。
いや、タイミング悪くない?
一旦食事の手を止めてから、降りてきた皆さんを出迎えて
まずは食事にしましょうと全員分の食事も生成した。
長距離移動で疲れているはずの子ども達の表情は明るい。
どの子も楽しみにしてたようだ。
運転手は前回同様多々山翔太さんだった。
今回も奥様同伴だ。
「翔太さん、また運転手なんですね。お疲れ様です。」
「いや~中島さん。俺、今雑用兼運転手なんだよ。
バスとかのでかい車は運転するの怖いって人も多いからさ」
翔太さんは弟の康太さんと共にバスを運転して皆が前に住んでた場所で裏工作をしたりと結構運転経験は豊富だけど、それにしても雑用係か。
市長や課長にこき使われてそうだね。
「何、その目? え?同情されてる? 結構楽しんでやってるんだよ。
頼られてるっていうか、他の人が出来ないことをやってるっていうか。」
本人がいいならまぁいいか。
実態は翔太さんしか出来ないから頼むよって感じで上手く使われてそうだけど。
「それで、藤原さんは?」
見回すけど、引率のはずの藤原さんは見当たらない。
「あれ?寝てるかも。」
翔太さんがバスに戻ると疲れ切った様子の藤原さんが現れた。
「失礼しました。さすがに、大人数を引率するというのはなかなか気を張りますね」
その言葉に苦笑を禁じ得ない。
スタジアムからここまでしっかり寝てただろうし、その間は引率も何もないわけだからね。
「お疲れ様です。」
まぁ、ある意味、疲れ切った藤原先生が堂々と休むために遠藤さんをだしに使ったってところかな?
悪意ある推測だけど、本当にそうならなかなか策士だ。
「皆さんにも食事の配膳をしてるので、藤原先生もどうぞ」
そう言ってテーブルに食事を生成する。
「ありがとうございます。」
未だ眠そうだけど、食事はしっかり摂るらしい。
子どもの相手を毎日してると疲れるだろうけど、しっかり栄養は取ってほしい。
食事中の会話内容は日々の教師生活が思ってた以上に大変でという苦労話に終止した。
食事が終わって各々が片付け始めると生徒たちは全員自分で皿洗いまでしてから片付ける場所がなくて小垣さんに確認してからテーブルに重ねていった。
良い子たちだな。
片付けたあとは少し自由時間を取っているらしく、冊子を確認して仲良しグループで集まって遊びだした。
遊びの内容が魔法の訓練なのはすごいな。
「それで、今回の授業予定はどんな感じですか?」
遠藤さんのこともあるので確認は必要だ。
「一応これが授業予定と今回の旅のしおりです」
旅のしおり!
大昔に遠足とかで受け取ったことがあるけど、こんなものまで作れるようになってましたか。
算数、理科、家庭科、体育
授業予定はまぁいいんだけど、その下の先生欄にある名前が全部遠藤先生になってますが?
「全部遠藤さんにお任せですか?」
「え?いやいや、いきなり全部の授業って本気ですか?」
遠藤さんもびっくりしている。
「それがですね。実はある程度出来そうだったら今すぐにでも教師生活を始めて欲しいってことで真壁先生から授業の確認をお願いされてまして」
つまり、疲れてる藤原さんを休ませると同時に、遠藤さんが戦力になるなら戻ってこいってことかな?
「それは藤原先生の判断で合否が決まるのですか?」
「私なんぞにそんな大役は務まりませんよ。ここには小垣先生と山北先生がいます。お二人が大丈夫と言うなら連れて帰ってほしいってことですよ。
呆然としている遠藤さんを横目に
「子供が増えたんですか?教師の人数が足りなくなるほど?」
「いえいえ、そういうわけじゃないんですけどね。全員教育というものに本気なんですよ。生き甲斐と言ってもいい。
立派な大人になってもらいたい。その為に何が必要か考え、どういう授業で伝えるのか、どうすれば導けるのかを考えると下校してからも準備の時間などで寝る暇もないくらいです。」
いや、そこまで本気でやってるの?
体壊すし、そりゃ疲れもするよ。
いや、ここまでなのは藤原さんだけかもしれないけど。
藤原さんが特にひどいから、藤原さんがもう少し肩の力を抜けるようにこっちに送り込んだ可能性もあるね。
しかも、そんな状態なら遠藤さんも力になれる。
「そうですか。わかりました。
では、今回の課外授業は遠藤先生が受け持ち、授業において藤原先生の参加は認めません。藤原先生は、このままでは体を壊してしまうでしょう。
本気になってくださるのは嬉しいですけど、妥協も必要です。休み方をここで学ぶためにも、授業を見ることさえ禁止します。」
「どういうことです?」
「藤原先生もここで学ぶべきことがあるってことですよ。
生徒が休むことなくスポーツに打ち込んでいて、日に日に疲れていくのがわかったら藤原先生はどうします?」
「休むようにいいますね」
「ご自身が出来ていないのにですか?」
「うぐっ」
「模範となるとはそういうことですよ。休まず必死に仕事をして生徒たちにこうなれというおつもりはないでしょう?」
「当然です」
「だから、休み方を覚えてください。それが、藤原先生への授業ですよ」
「わかりました。」
渋々納得した藤原先生のために、居心地は良いけど仕事はできないし外にも出られないようにした一軒家を建てた。
今は何も考えずに頭を空っぽにしてゆっくりしてくださいな。
「どうするんですか?藤原先生を参加させないって」
「もちろん遠藤さんが全ての授業をします。小垣先生や山北先生もサポートしてくれますし、私も見させてもらいますよ」
「え、中島さんも?」
「ええ。」
「緊張で死ぬんですけど」
「そんなことで人間は死にませんよ。覚悟を決めてがんばってください」
「はぁ~」
へなへなとへたり込むが、自由時間はそろそろ終わりだ。
「じゃあ、頑張りましょうね。遠藤先生」
山北さんも煽ってるような応援をしてる。
熱心に勉強してたんだから別に問題ないと思うけどね」
時間になると皆きちんと列になって食堂に待機していた。
遠藤先生。頑張れ。
及び腰で皆の前に立つと、遠藤先生は緊張で声を裏返しながら教室に誘導し始めた。
緊張が移ったように生徒たちも緊張し始めている。
教室に入るといよいよ授業が始まる。
最初の授業は算数だったかな?
「皆さんの算数は今どこまで進んでますか?」
緊張のせいか答えが上がらない。
「えっと・・・」
遠藤さんも困惑している。
そんな中勇気を持って手を上げた真面目そうな女子生徒がいた。
「分数です」
ホッとしたように遠藤さんは破顔する。
「分数ですね。では、分数の授業を始めます。教科書は今日はないのでこれを使いましょう」
そういって遠藤さんは黒板を生成魔法で出す。
黒板に大きく分数と書いた。
そこから先が進まない。
なにか考えているのか頭が真っ白になっているのか動きが止まった。
「遠藤先生」
小さく小垣さんが声を掛けるとはっとしたように生徒たちに向き直り。
「分数はどういうものか説明してくれる人はいますか?」
そう問いかけた。
授業を行う先生が生徒に教えてもらうような発言だから普通はおかしいと思うけど、私は何も言わずに様子を見守る。
小垣さんも山北さんも少し不安そうにしていた。
「分数は上の数字を下の数字で割ることですよ」
さっきの真面目そうな生徒が答えた。
わかってない大人に教えるような呆れたような見下した感じのする答え方だった。
「そうですね。その意味を教えてくれる人はいますか?」
「意味?」
生徒たちは首を傾げ始める。
「分数というのは確かにそのように計算しますけど、計算するなら分数にする必要はないですよね?どうして分数の形にしてるのでしょう?」
なるほどと思った。
まずは、生徒にその意味を理解させるところから始めるのだろう。
以前遠藤先生も習ってた意味合いの部分だね。
「計算するために楽だから?」
興味深そうに目を輝かせた男子生徒が答える。
「それもあるでしょうね。」
「他にもあるの?」
生徒たちはクイズを答えるように考え始める。
遠藤先生は黒板に大小さまざまな四角形を描き始めた。
1の意味合いか。
大きさではなく1つというものが大きさには左右されないのは分数において重要だ。
大小さまざまな四角形に色んな角度から等分するように線を引いていく。
3等分したものも4等分したものもあるな。
「ギブアップですか?」
「答えは~?」
生徒たちも答えが気になってしまったらしい。
「計算できないものもあるからですよ。」
遠藤先生の答えに意味がわからないと首を傾げる生徒たち。
「では、問題です。1÷3=?」
「0.333333333ずっと3になるよ」
「そうですね。終わりがなくなってしまいます。計算できないものも分数では問題なくなりますよね。
では、先程の質問ですが、分数の意味は?」
さっきより、真剣に考え始める生徒たち。
計算しやすくなるというのがヒントになってると思ってるんだろうな。
たぶん、遠藤さんが言いたいことは分数の本質だから生徒たちでは答えられないだろう。
「答えは、みんなが同じ大きさにケーキを切る時に大きさが同じになるようにです」
またまた、意味がわからない生徒たち。
大混乱だろうな。
続けて遠藤先生は語る。
「黒板に書いた四角形をケーキだと思ってください。
大きさも色々ありますね。分数はどんな大きさでも関係なく同じ大きさにしてくれる中島さんのようなすごいものです」
人の名前を勝手に出さないでほしい。
「中島さんは何でも作ってくれます。どんな大きなものでも、小さなものでも自由自在です。
分数さんもどんな大きさでもどんな形でも分数にすれば同じになります。四角形に線が入ってますね。そこで切った場合の大きさを答えてください。
では、席の順番で前から1問目、2番目の人が2番めと解いてくださいね」
そういって黒板に進ませる先生。
わからないなりに、一人が書いた答えに便乗して皆が答えを書いていく。
全員が正解していく中、最後に残った生徒はずっと考えていた。
「先生。これ、全部正解だったら、こんな小さいものなのに1/2でこんな大きいのに1/6になります。おかしいですよね?」
その男の子は教師にとってありがたい質問をしてくれた。
純粋にしっかり考えた結果そこに考えが及んだのは素晴らしい。
「そうですね。おかしいですね。そこに気づけたのはすごいことですよ。
ここで、最初の質問です。
分数の意味はなんですか?
どんなものでも、同じ大きさに分けていける魔法の考え方です。
これを全部くっつけたら全て1つになります。
つまり、分数は何個に分けたうちの何個という考え方で大きさは関係ないのです」
「分数の意味。計算の仕方って事しかわかってなかった」
どこからか声が聞こえて皆が同意するようにうなづいた。
「じゃあ、これはいくつですか?」
黒板に四角形を描く。
「一つ」
誰かが答えた。
「これを3つの同じ大きさに分けます。最初の大きさに対してどういう大きさになりましたか?」
「1/3」
答える声が多くなってきた。
さっきの四角形の横に1/3よりも小さい四角形を描く。
「これは?」
「1」
「ではこれは?」
小さい四角形に2本の線を引く
「1/3」
「はい。そのとおりです。
どうですか?誰が見ても横の大きい1/3よりも小さいのに答えは同じ1/3です」
「先生。やっぱりおかしくないですか?こっちとこっちを足すと2/3になってしまいます。」
先ほどの黒板の前で考えていた男の子が質問した。
この子はなかなか賢いな。
「いいえ、その計算は出来ませんよ。
あくまで同じ分け方をしないと計算は成り立ちません。
説明しますね。」
そして、四角形に数字を入れていく。
「例えばこの場合大きい四角形は4×8=32平方センチです。
小さい四角形は2×4=8平方センチですね。
大きい方はこれが3個あるので96平方センチが1個の時の面積です。
小さい方は24平方センチですね。
個数で言えばどちらも1/3個ですが、大きさはそれぞれ違うので足すのであれば1/3+1/3で同じ大きさのものでしか足せません。小さい方だと3個に分けたうちの一つと3個に分けたうちの一つを足して2/3
つまり、ここの大きさを選ぶと16平方センチになりますけど、個数だと2/3になります。」
「掛け算は同じものが何個あるか、わり算は同じ大きさに分けていった時の何個分ってことですか?」
真面目そうな女生徒が質問する。
「その通りです。」
2×1の四角形を描くとそれをどんどん描いていく。
「この一つの面積を求めてください。」
遠藤先生がそういうと多くの手が上がる。
無作為に選んだ男の子に黒板に書かせる。
2×1=2㎝²
「正解です」
拍手が起きる。
「では、同じ大きさの物が6個あります。全部合わせた大きさは?」
先程より多くの手が上がる。
また、無作為に選んだ次は女の子に書かせた。
2cm²×6=18cm²
「正解です」
また拍手が起きる。
「ではこれはどうでしょう?」
18cm²と書いた四角形を5等分する遠藤先生。
「この面積を答えてください。」
すると一番に先程の賢い男子生徒の手が上がった。
当てられると前に出て
18cm²÷5=18/5cm²
と書いた。
えっ?という顔をする生徒たち。
「正解です」
意地の悪い問題の出し方をした遠藤先生は淡々と正解を告げると
「おお~すげ~」
「よくわかるな~、どういう意味だよ」
そんな声が聞こえる中。
「そっか。計算できないから分数を使うんだから、計算しなくていいんだ」
ポツリと呟いた女生徒に皆の視線が集中する。
視線に促されて女生徒は解説した。
「1個が18cm²で5個に分けるから個数なら1/5だけど、面積を答える時は18÷5=18/5cm²になるの。5個に分ける時計算で3.6cm²になるでしょう?でも、計算しなくても、そのまま書けば同じ意味になるってことだよ。」
「つまり裏技だな?分数で書けば計算してなくても答えになるっていう」
「その通りです。では、この問題の2つ分の面積は?」
「はい!」
元気よく先ほど解説した女生徒が手を挙げた。
黒板に向かい18÷5×2=18/5×2cm²と書いた。
「正解。ですが、計算できるところはしましょうね。×とか÷とかの計算式が答えに入ってると間違いではないですけど、減点ですよ。」
そう言われて女生徒はハッとして恥ずかしそうにうつむいた。
「つまり、この場合は18×2で36になるので36/5cm²という答えになります。
意味は同じですから気にしなくても大丈夫ですよ」
こんな感じで難易度の高い問題を解けるようになっていく生徒達を私と小垣さんと山北さんは感心して見ていたのだった。
授業は順調に進む。
最後には分数の割り算の意味まで教えていた。
四角形を2等分したものを更に2等分する。
ケーキを2人で分けようとした時にさらに2人増えました。とか問題を口頭説明しているのは少し面白かったな。
分数の使い方や分数の割り算の意味まで生徒達にはしっかりと伝わり、テスト形式で数問やって正答率100%というとんでもない成果をあげた遠藤さん。
その姿はすでに立派な教師だった。
順序立てて、起承転結のようにストーリー性を持たせて、なおかつクイズのように楽しく学習できる。
教える才能に溢れたとてつもない教師の姿がそこにあった。
きっと勉強する中でどの授業はどうやって教えようとか考えながら学んでるんだろうな~。
全部の授業を見ておきたい気持ちは誰よりも強いだろう私は誘惑を振り切って授業を抜け出した。
小垣さんと山北さんに後を託す気持ちで藤原先生の軟禁場所にやってきた。
さてと、しっかり休んでくれているならいいけど。
藤原先生は目をギラギラさせながら起きていた。
「藤原先生。休み方を知らないにも程があります」
部屋に入った私は藤原先生の姿に唖然とした。
藤原先生は勝手に机を出して授業計画だの教え方だのを考えてペンを走らせていた。
これはいかん。
遠藤先生どころの話じゃなく重症だった。
見に来てよかった。
「藤原先生」
もう一度強く呼びかけるとようやく気づいて顔を上げた。
「中島さんですか。どうされました?」
「いや、どうされました?じゃないんですよ。何で休んでないんですか?」
「これは私なりの休み方ですが?」
「いえ、どう見ても仕事です。」
そういうと少し視線をそらした。
「多くの学生達を導く責任ある仕事です。休んでいて導けますか?」
逆ギレという究極奥義を繰り出してきた。
仕方ないな。こっちが最優先だ。
あの素晴らしい授業を見られないのは藤原先生のせいなんだから覚悟してもらわないと。
ちゃんと休めるように説教だ!




