77話.臆病風とどこ吹く風
「ふんっ!お粗末としか言いようがないな。虚勢を張りおって」
会長と呼ばれる初老に差し掛かった男がその地を訪れた第一声だった。
ゴテゴテとでかいだけの魔法で威容を見せつける壁への感想はそれだけ。
こんな無駄な魔力の使い方で維持していくのも精一杯だろう。
愚かだと思ってはおったが、まさかここまで愚かとはな。
始末するか。
多く連れてきた魔法に自信のある者らへ指示を出した。
焼き払えと
「市長、外壁の近くに変な奴らが」
その言葉にまたかという思いしかない。
どうせ中島さんの思いつきでまた何かやったのだろうと。
「どんな感じ? 変な機械とか?」
戦艦と呼ばれるあの機械には流石に度肝を抜かれたけど、何度も何度も驚いていられない。
「いや、昔の俺等みたいな格好の集団が杖を構えてて」
それでピンときた。
バカ親父だ。
「放って置いていいよ」
心底嫌そうな顔になってるのが相手に伝わったのか
「え? あぁ、けど、え?」
伝えに来たものは誰が見ても混乱の極地にあった。
「魔法が撃たれたところでこっちには届かないし、無駄なことするよね~」
会いに行けとか、説得しろとか言われるのが嫌で僕は放置の指示を出した。
あんなのに近づいたら馬鹿になる。
感染力も高いから皆も近づかないようにと通達してもらった。
その時、ドンッと音だけが響いた。
熱も、炎も障壁に阻まれたけど音だけは派手だったなという感想だけ絞り出した。
戸惑う相手にもう一度伝えた。
「音がしただけで無害だから放置だよ。無視していいからほっときなってみんなにも伝えて」
そして街の街灯兼緊急放送用スピーカーから女性の声で
街が襲われているが無害なので放置してください。
日常生活には全く影響ありませんと街中に響き渡った。
街中に響き渡るということはつまり、街の外にも漏れ聞こえるわけで
そこには顔を真赤にした男が
燃やし尽くせーと声の限り叫んでいた。
嫌な予感を覚えた人物は街中にもう一人居る。
エースで4番として活躍する女性
暮らし向きは質素に尽きるが、同僚と遊びに行くと魔力の限り食事を振る舞うその女性は市長と呼ばれる人物を兄に持つ。
名を浜辺 美弥という。
未亡人である彼女に交際を申し込むファンやチームメンバーは少なからずいるのだが、彼女は鉄壁の守備力を誇るエースであるゆえか、誰もその防御を突破できない。
自らの過ちを認めて前を向いて歩き出した彼女にとって、結婚は汚点となっていた。
再婚する気が起きないのは過去の自分に戻りたくないという気持ちもあるのかもしれないが、旦那から向けられていた気持ちが好意的なそれではなかったことも原因だったのだろう。
放送が流れた時、美弥は完全オフ日。
昨日の登板でまたもや完全燃焼して体力回復に努めていた。
放送は街中のどこからでも聞こえる。
もちろん自室であっても。
美弥はその勢いに押されるようにして役所へ向かった。
兄の元へ。
過去の自分を恥じている美弥にとって、兄の存在はある意味過去の自分を思い起こさせるという意味で近寄りがたい存在となっているが、そんな事を言っている場合ではない。
「兄さん。あいつが来てるの?」
市長の部屋に飛び込んだ美弥は、挨拶も何もなく本題を切り出した。
「わからないんだよね~。多分そうだと思うけど」
「放置しろって本気?」
「あのさ~中島くんが作ったこの街に何かできると思う?」
「そういうことじゃなくて、やられてもやり返さないって事になると相手はリスク0でまた襲ってくるじゃん」
「それはそうなんだけどさ~。魔力切れで家にも帰れなくなると思うんだよね。
街に入れないって最高の仕返しかな~ってさ」
「それで、もし、市民になにか被害が出たらどうすんのさ!
あたしはチームメイトとかファンが傷つくって思うだけで許せないんだけど?」
「だから、前提が間違ってるんだって。中島くんの街に傷ひとつ付けられないような奴らに何ができるってのさ」
「攻撃の意志があるってだけで許せないって言ってんの」
あの暴君で人を働かせて自分は金を吸い上げることしか考えなかった美弥がね~
そんな気持ちにはなるが、旦那が消し炭になっても自分のことしか考えていなかった妹の姿に今の発言が繋がらなくて軽く混乱する。
「じゃあ、美弥が行って止めてくる?」
「嫌よ、兄さんが行って!」
「会いたくないんだよ」
「あたしだってそうよ」
「じゃんけん?」
「無理、兄さんが行ってきて。市長なんだから」
「それはずるくない?」
「市長の務めでしょ?」
「美弥の務めは?」
「相手打者を抑えて、得点に貢献すること」
「はぁ~根っからの野球人ってわけですか」
「そうよ。私は野球人であってドンパチ担当じゃないんだから」
「市長だってそうなんだけど?」
「いいから行ってきてよ。」
仕方ない。ここで僕が行かないと、どうせ街の人からの不満も出るだろうし。
行きたくない。行きたくないけど、行かないと。
いやっ!せめて、せめて課長を連れて行こう。
市長浜辺 誠は父親に対してだけはどこまでも往生際が悪かった。
電話で街の門の前まで来てほしいと課長に連絡を入れてうなだれながら門を目指して歩き出した。
往生際の悪い誠らしく、車もバイクも使わず徒歩でゆっくりと歩いた。
牛歩戦術という子供の発想のようなみっともない姿を晒す大人程見苦しいものはない。
日本でも政治の世界で起きた事実は幼稚過ぎて笑い話にしかならないと思う。
しかし、運命の神は予見していたかのようにその行為を咎めた。
「何やってんだい!乗りな」
まさか、この道で門まで行くと思っていなかった課長が愛車から降りてきて怒鳴る。
課長の家から門までの最短距離にこの道は使わないのに。と嫌々車に乗る誠。
門を出て車で南に向かうと魔力切れでウトウトするその他大勢の前で仁王立ちの我が親父殿がいらっしゃった。
やっぱりいるのね。
そう思わずにはいられない光景。
車がものすごいスピードで迫ってくる状況に慌てふためいていた。
どいつもこいつもブヨブヨの税肉の塊。
太って汗まみれで、魔力切れで眠気に襲われながらも必死で逃げようとするけど、魔力切れの体を起こすこともままならない。
愚かで情けない姿。
今となっては軽蔑以外の感情が湧いてこない。
これだけ横たわってる奴らが全力で撃ってもビクともしないんだからさすが中島くんだよ。
そうは言っても僕の中ではここからが本番なんだけど。
車を降りた僕に声をかけたのは戦闘で偉そうにしている男だった。
「お前、誠か?よくやった。その動く物を儂に献上するのだな?」
やはり頭のネジがどこか彼方に飛び去っているのだろう。
「いや~そんなつもりは微塵もないけど?」
「ふんっ、虚勢を張っていても戻らせてくれと泣きつくために持ってきたんじゃろうが」
「だからさ~僕はここの代表だから、襲撃者に罪を贖ってもらおうと思ってきただけで、攻撃してきたバカの顔を見に来ただけなんだよね~」
「バカ? 馬鹿といったのか? この儂に向かって
お前のような使えないクズを育ててやった恩も忘れたか!!」
大声で威圧してくる。
だけど、正直以前のような恐怖心が湧き上がってこない。
やはり馬鹿だなと思って笑ってしまった。
「笑っているのか?儂に向かって生意気な。
なら、思い出させてやろう。お前の怖がった火魔法でな!」
肉だるまはしょっぼいロウソクの火のような魔法で攻撃してきた。
しょうもな!
僕は魔法を使う必要もなかった。
少し避けただけで当たりもしない。
バスケで反射神経も鍛えてる僕にこんなのが当たるはずもない。
「そんな体で魔法もろくに扱えんじゃろう。どんどん行くぞ。
泣いて謝るなら今のうちじゃ」
そういうなりどんどん撃ち込んでくるけど何の恐怖もわかない。
幼い頃はあれほど怖かったのに。
「面倒だね~」
繰り返されるくだらない茶番に苛ついてつい水魔法を使ってしまった。
大雨のような水が降り注ぐ。
魔力の使い道さえ今は思いつかないほど使っていない魔力は一瞬でこの量の魔法を宙に打ち上げ、分裂して降り注いだ。
「お前、いま何をした?」
「いや、しょうもない魔法を何度も撃ってくるから面倒くさくて水魔法使っちゃったんだけど?」
「水魔法?水魔法だと! ふざけるな! こんな魔力をお前ごときが持っとるはずないじゃろう!」
中島くんと会うまでは僕もそう思っていたさ。
魔力は使わなければ自分の体にたまり続ける。
溜まりすぎると少量で魔法を使おうとしても調整しないとこんな感じになってしまう。
これが、この街で生活するために僕らがたどり着いた真理だ。
バカ親父も普段から魔法を使っていないはずなのに、体型のせいで動くためにそれなりに消費しているからだろう。威力も魔力量もしょぼい。
「じゃあ、あんたと同じような火魔法を見せてあげようか?」
楽しくなってきた。
あれほど虐待を続けられた父親を子供扱いできる機会にテンションが上がる。
さて、どこまで驚いてくれるかな?
ニヤついたまま僕は火球を作り、どんどん魔力を込めていく。
大勢の横たわったままの人達とバカ親父はその馬鹿げた魔力量に青ざめていく。
少しあの時の中島くんの気持ちがわかった。
気持ち的にはコイツラに向けて撃ってみたい衝動に駆られる。
火球を出したままで問いかけた。
「あんた達はこれを人に向けて撃ったんだよな?
僕もこれをあんた達に撃ってもいいんだよな?
自分は良くて相手はダメなんて理屈が通るわけ無いもんね?」
そろりそろりと火球とともに歩みを進める。
「そ、そんなものを親に向けていいと思っているのか!」
「子供に向けるのはいいのかな?」
「そんなことをすれば死んでしまうだろう!」
「人を殺してもいいけど殺されるのは駄目ってこと?」
「いや、待て!金がほしいのか? やってもいいぞ」
「金に何の価値があるの?
必要ないんだけど?」
としょうもないやり取りを繰り返す。
往生際が悪くてイライラする。
もう、撃っちゃう?
そう思っていた時影が落ちた。
上空を見るとショウさんが空から近づいてきていた。
これはやばいと思い、瞬時に魔法を霧散させた。
ショウさんは戦争状態になると抑止するために姿を表して、必要なら魔法で風を起こして吹き飛ばすと聞いている。
しかも、吹き飛ばされてもしなないように風で運んで着地までさせてくれるそうだ。
何故それを知っているかと言うと、どこかの集落から街を明け渡せという集団が来た時に反撃指示を出した結果、みんなが飛ばされてかなり怒られたんだよね。
だから、今回も反撃したくなくて放置と言ったわけで・・・。
「ショウさん。僕らはもう喧嘩しないので大丈夫です。」
祈るような気持ちでショウさんに話しかけた。
ショウさんは納得したのかそのまま空を泳いで街に入っていった。
ふぅ。危なかった。
ショウさんなら、撃ってしまいたいって僕の気持ちも理解してたのかもしれないけどね。
「何だ・・・何だったんじゃあれは」
「あっ、ショウさん?この街の守り神だけど?」
「儂に差し出せ」
「まだそんな事言ってんの?勝手に言ってなよ。どうせ街に入れるわけでもないしさ。
今度からは完全無視するから攻撃したいなら勝手にしてよ。
魔力切れで帰れるのか知らないけど,
野垂れ死んでも助ける気はないからどうぞご自由に~」
と、そこで門に戻ろうとして課長と車が目に入った。
そういえば来てたんだっけ。
何で喋らなかったのか知らないけどさ。
用事は済んだよ。
「ちょっと待ちなよ。あたしの用は済んでないんでね」
そういうなり、車を降りて会長に近づいた。
「クズのぼんくら! あんたにゃ言いたいことが山ほどあるけどね。
とりあえず、魔法も体力もその程度でいつまで粋がってんだい!
恨みを募らせてるのはあんたの周りだけじゃないことを覚えときな。
あんたに反旗を翻したい奴らをこちらに付けて、あんたを破産させることだって簡単にできる。無一文になったあんたが周りに仕返しされる事も考えときな。
ひとまず、こいつだけは見舞っておくからね。」
言うなり課長は顔面にグーパンチを見舞った。
振りかぶっても会長は反応しない。
というよりできない。
動きが遅いし、あの程度の魔力でできる選択肢など多くない。
ぐぇっと言う声とともに地面に手をついてズサーと滑った。
あれは痛そうだね。
殴られた顔も引きずったような擦り傷も、どちらも簡単に痛みが引かないだろう。
いい気味だとは思ったけど、もはや興味がない。
あれが父親であろうとあまり顔を合わせない市民よりも関心がない。
金の価値も、会社の規模もここでは無に帰す。
どれほど暴れようと武力という点においても無価値な人間が何をしようと無駄なことだから。
それこそ、どこかで野垂れ死んでいたとしても埋葬する気さえ起きない。
ようやく僕のトラウマは解消されたような気がした。
今度こそ帰るか。
今の僕には奥さんがいるから大事な家族は彼女だけだ。
間違えた。奈美とわんこ二匹だけが家族だ。
妻の笑顔の怒り顔が浮かんだのは彼女だけが家族だと思った瞬間だったから思考の中でツッコミを入れてしまった。
「何をニヤニヤしてるんだい! 帰るよ」
課長に促されて課長の車に乗り込む。
課長はエンジンをかけるとわざと転がっている人達の周りをドリフトと呼ばれる技術で3周回ると門に向けて走り出した。
帰るときまでしっかり威圧していくのが課長らしい。
帰りの車内で
「あんたはよくやったよ。ようやく断ち切ったんだから、胸を張りな」
そう言われた。
だけど、感慨も感傷も、特に何も感じなかった。
「あれって本物だった?」
「はぁ?何言ってんだい?どう見たって本物だったさね」
「いや、あんなしょぼい魔法にブヨブヨの体に怯えてたのかってね」
「ふ、あっはっはっはっは。そりゃいいね。
そうさ。あんたはあんなのにビビってたんだよ」
「そっか。情けなかったんだな。僕は」
「今は何とも思ってないならいいさね」
なんとなく、課長が優しく感じた。
そんなはずないほど過激な課長なんだけどね。
今は家でテレビでも見よう。
最近は、テレビを見る夕飯時の試合がよく組まれているけど、仕事や家族の都合などで夜中だけスポーツに勤しむ人も増えている。
お陰で、どの時間帯でもなかなか楽しめる娯楽になっている。
夜はボリュームを下げないと突然叫ぶ選手もいるから注意だ。
うちのワンコが同調して興奮するわ、寝てた妻が起きて叱られるわで大変だったことがある。
今日はウイスキーにするかな?
僕は気分で生成する酒を変えている。
中島くんでも、他の誰かでもいいから、新しい酒を開発してくれないかな~と思いながら車窓を眺めていた。
―――中島 英人―――
私がその話を聞いたのはテレビ配線が橋田さんとこの人達だけでできるようになってしばらくしてからのことだった。
散歩から帰って風呂に入ろうと準備していた時にメールの着信音がなったので確認すると市長からだった。
ショウさんが争いを止めに来たけど問題なかったから気にしないでね。
それだけの文面で意味が分からなかった。
詳しく聞こうと返信したらまぁいいじゃないとだけ返信されたのでもやもやするけどまぁいいかと気にしないことにした。
私が次に考えていること。
それはガスの開通と給湯器設置だ。
風呂ですらも自動化したいという思いがある。
朝陽と裕太でさえ自前で準備する風呂だけど、地下には鉱物や水など多岐にわたる資源がある。
生成できないこともなさそうだけど、ガスも何とか出来ないかと考えていた。
ただ、天然ガスの生じる土壌が無い事が問題になっている。
天然ガスは堆積した土に生物などの油などが熱などの圧力を受けて石油となり、軽い天然ガスが石油と分離する形で発生するのだから、空洞になってる部分の多いこの星においては自然界に発生し得ない。
地底世界のさらに地下にはあるのかもしれないけれど、あまり地底世界をつっきって人工物を設置したくない事情もある。
今度佐伯さん達に聞いてみるかな?
地底世界についても知っておかないといけないことは多くある。
科学文明が発達しているとは言え、電気やガスを使っているのかさえはっきりと分かっていない。
認証キーのようなものまで使えるのはどういう理屈なのか、知りたい事だらけだ。
何を燃料にしてるのか?
そろそろ、地底世界に向き合わないと、これ以上の発展は望めそうにもないからね。
やっぱり有限の資源に頼ることのない無限のエネルギーを活用できる方法を考えようかな。
地底世界の技術よりだいぶ遅れを取ってしまいそうだけど。
宇宙エネルギーや、宇宙に漂うガスや、ガス惑星からの供給等考えられる方法はいくらでもある。
魔法のある世界なら、地球の現文明レベルで不可能なことさえ出来そうなのに、なぜ、私は地球を模倣するような方法しか取れていないのか。
宇宙の活用なんて魔法があるからこそ目指しやすい目標には最適なはずなのに、私はそれより地底世界の技術を覚えたいと思っている。
地球の技術からの脱却を臨んでいるのか、自分のオリジナルがほしいのか、
自分で自分の気持ちがよくわからなくなっている。
自分の想像力の乏しさを自覚しているからこそ、こんなことを考えるのかな。
ショウについては完全に私のオリジナルと言えなくもないけど、生活を豊かにする技術ではないからどこか不完全燃焼のような気がしてるのか。
朝陽と裕太と楽しくのんびり暮らせるだけがいいと思っていることに嘘はないけど、人間だからかな?業が深い。
より良い生活やより良い環境を求めてやまないんだ。
ガスとかも考えてみるか。
人間のおならで火がつくみたいなアホな想像を小学校の頃にしたことがある人も多いだろうけど、成分で言うと可燃性のメタンを含むから、本当に引火するって見つけた時は冗談で実験しないでよかったとか思ったっけ。
おならのイメージならみんなできるし、可燃性をイメージできればみんなで生成もできるだろう。
可燃性ガスもタンクみたいなものに貯めることができるならそれでガス供給も賄える。
どちらにしても、明日以降にしておこう。




