74話.元社長のカルチャーショック
私は星の数ほどある会社の社長をしておりました。
会社というのは何社も集まって協力体制が築かれることが多くあります。
うちも多分にもれず協力体制を取っておりました。
しかし、協力体制とは名ばかりで、事実上の下請けといいましょうか、ほぼ隷属のような状況にいつの間にか追い込まれておりました。
脅迫、出向という名の監視役。
様々な悪意によって形作られた協力体制は、徐々に業務内容を変化させていきました。
最初は販売商品の仕入れだったはずが、販売ノルマを課せられ、売れる商品の仕入れの口利きなども我々の業務に本当にいつの間にか追加されていきます。
家族や社員のためにこの名ばかりの協力体制を終わらせようと思っていた頃に、暴君のように君臨する協力会社の会長から直接命令を受けました。
とある場所を探り、邪魔者がいた場合は消すことも含めて妨害せよ。
まともな会社の言うことではないのは常識ある人間なら誰でもわかるだろう。
私はまず、指示を了承したふりをしてから、準備のためにと称して以前失敗したと噂を聞いた会社を訪ねた。
そこの会社の社長は覇気のない顔でうなだれていた。
少し話を聞いた所、あちらに付けばよかったとしきりに口にしており、詳細はいまいち要領を得なかったが、要約すれば敵対は愚策ということははっきりした。
何にせよ、やることは変わらない。
私は数名とともにその場所を訪れた。
何日も何日も歩いては休んでを繰り返して到着した場所は巨大な建物がいくつも並び、遠くからでもそこがそうだとはっきり主張するような場所だった。
土塊の家ではできない角ばった家がいくつも並んでいる。
その異様な光景に私も社員も圧倒されて言葉を失った。
その場所に入って更に驚いた。
全員が引き締まった体をしていて男はたくましく、女は美しく人間の理想的な体型はこういう事を言うのだと思ってしまった。
魔法は上手に操れるようには見えない。
それでも私はそこの住人の在り方に理想を見た気がしたのだ。
驚きすぎて声を失っていると、何故か知り合いがいた。
その知り合いは、命令を出した会長の息子で親会社のようになってしまった会社の社長だった。
時間を取ってもらって話をしてみるとこの場所の異様さが更に際立ったが、私はそれ以上に興奮した。
訝しげな視線を向けている社員もいたのだが、すでに私は魅了されていたと言ってもいい。
そこからの行動は早かった。
私は社長に事の経緯を説明して亡命したい旨を告げた。
スパイと思われていても別に構わない。
そう思っていたし、ここで生活したいと心から思った。
皆が笑顔で穏やかで、仕事で嫌なことがあって家庭でもイライラを引きずって家庭内までギスギスしているような状況から抜け出せるのならそれが最優先だ。
浜辺社長に相談したら少し様子を見てからにしてみたら?と軽く言われたのでお言葉に甘えることにした。
生活の仕方とか細々したことは私が苦手意識を持っている多々山課長に聞くようにと言われたことだけが少しストレスだったが、意外なことに多々山課長は親切に色々と教えてくれた。
そこから衝撃のカルチャーショックが襲いかかる。
訝しげな視線を送っていた社員は卓球にハマって多々山夫妻に弟子入するし、犬という不思議な生き物に心を奪われた女性社員は意味もなく公園を歩いて微笑みながら散歩する光景をただ眺めているし、私はと言うと税金も何もなく、無駄に余った魔力を水のタンクに詰める持ち回りの役目をこなすだけで、日々を過ごしていた。
正式に移住許可が降りたのは中島さんというここでは偉い人がこの場所を訪れたあとの事だった。
それからバスと呼ばれる乗り物を多々山夫妻の息子さんが運転してくれて家族を連れてこの場所に正式に移住した。
これで私の過去語りは終わりかって?
そんなわけがない。そこからのほうがむしろ凄かった。
この街で唯一の会社の建築会社が木造建築の一軒家というのを作り始めたかと思ったら、役所ができて戸籍管理が始まったが、税金はない。
役所の中には犬の管理部署ができて、犬を見てるだけでも幸せそうにしていた女性社員はそこの職員になるし、私は戸籍管理の部署で働くことになった。
とはいえ、この街で死亡した人は一人もおらず、出生届を受け取るのも頻繁に起こるものではない。
要するに暇すぎるのでいろんな部署を手伝っていると何でもできる雑用係みたいな扱いになっている。
給料はなくても贅沢はできるし、今は運転免許の取得のために頑張る日々だ。
妻は最近笑顔が増えたし、うちの子も明るく笑うようになった。
子供は学校に通うことになって毎日勉強と遊びですっかり痩せて、太る一方だったのに劇的に変わった様に見えてかなり心配したが、今まで以上に元気だ。
そんな時だった。
空を飛ぶ大型の鉄の箱が向かってきているとパニックになったことがあった。
市長に報告すると少し様子を見よう。多分大丈夫だからさと気にもしてない様子だけど、いやいや、流石にあんなものを気にするなは無理があると思います。
そう思っていたのに、街の近くに着地してそこから人が出てきた。
中島さんだったか~。
ここの人達は中島さんの非常識に慣れすぎている。
初期参加の人達と、第二陣、第三陣と慣れの具合が少しずつ違うのは中島さんと接してきた時間の長さなんだろうか。
地底人が亡命してきたとかもう何が何やら。
しかし、中島さんか。
一度中島さんの住んでいるところを見てみたいものだ。
家ではよくこっちに移住してきてからの話になる。
「それにしてもここに移住するなんて言い出したときには私ももう離婚かなって思ったわよ」
本気で考えていたことがわかる目でそんな事を言い出す。
「あなたっていっつも忙しいとか、こんな事があったってイライラしてるし、あの子もあなたの近くにいたがらなかったのよ」
「申し訳ない」
「でも、ここの話をちゃんと説明してくれた時のあなたはちょっとかっこよかったわね。
何だっけ?苦労をかけた分幸せにするから、もっとちゃんとした生活をできる場所に行こうだったかしら?」
「それは・・・やめてくれないか? 流石に恥ずかしいぞ」
「ふふっ、そのあなたの言葉を信じて私もあの子も移住したけど、ここは本当に凄いところだったわね。迎えに来たバスも信じられない大きさなのにすごく早く走るし、食事は美味しいし、皆さん優しく食事の作り方も教えてくれるしね」
「そうは言っても今はまだ魔法で調理済みを出してるだけじゃないか。まだまだ他の人と比べると種類も少ないしな」
「それはしょうがないわよ。私も教わってるけど、皆さんすでにある程度できる人達だけで、本当の初心者って私だけなんだから」
「私も役所のそばにある飲食店で色々食べるけど、何故かその味を魔法では再現できないからな」
「どうして上手く行かないのかしら?自然の食材を使う事と魔法で作れるものはやっぱり違うってことなの?」
「どうだろうな。他の人ほどイメージがしっかりしてないだけかもしれないし」
「そうね。ここの人達って皆さんイメージ作りがしっかりしてるから、発動する魔法も凄いものね」
そう言うと少し悔しそうに目を伏せる。
「もっと早くこの場所を知っていて、もっと早く来れば良かったのに悪かったな」
そう言って肩を抱くと頭を寄せてくる妻。
こんな風にお互いを感じることも以前の場所ではなかったことだな。
「それでも、私はここに来られて良かったわ。
あの子も楽しそうだしね」
「そうだな。せっかく君が生成したかっこいい服も一日で泥だらけだからな。」
「犬と遊ぶと泥だらけになるんですって。お友達の飼っている犬が可愛いってずっと言ってるのよ」
「うちも申請してみようか?」
「それもいいわね。私も調理講習の時に皆さんわんこの話ばかりでついていけないから」
「でも、大変だと思うよ。役所の一部で管理してるから知ってるけど、はしゃぎだしたらなかなか引き離せないからな」
「でも、かわいいんでしょ?」
「可愛すぎて無理やり引き離せないし、強引に逃げると悲しそうに泣くんだよ」
「あなたが好きな子でいいから申請しておいてくれる?」
「わかった。散歩と餌は大丈夫かな?」
「私もあの子も、あなたでも、みんなここで魔法を教わってるし、魔力も毎日あまり過ぎてるから大丈夫じゃない?」
「それもそうか。魔力がギリギリの生活なんて、今はする必要がないから大丈夫だな」
「うちの新しい家族が美味しいと思ってもらえるかはわからないけどね」
「それはどこの家でもそうだろうさ」
そんな会話がとりとめもなく続く。
今度、テレビというものが中島さんから導入されるという。
それは野球、バスケ、卓球等の試合を常時見られるようにしてくれるそうだ。
家でも役所でも試合が見られる。
選手として参加したらもちろん映るし、子供の試合も見ることができるそうだ。
この街はまだまだ発展していく。
中島さんという非常識のおかげで、住民は皆楽しく、明るく、元気かつ健康的な生活で満ち足りている。
最近中島さんが来てるので、明日も何かしらよくわからないことが怒るかもしれないけど、意外なことに苦情なんて何一つ聞かない。
非常識で驚かされても皆嬉しそうにその光景を見ている。
そんな不思議な空間が私の住む場所です。
明日は犬の飼育許可と申請をするかな。
しかし、忙しい部署の偏りが酷いからその辺の改善も今度市長と相談するかな。
ここは、中島さんだけでなく、皆で住み良くしていく街。
私も妻も、子供も新しく飼う犬もみんなで良くしていくんだから思いついたことは皆で改善だ。




