67話.名犬裕太の憂鬱
予定を聞いた所即日出発となった。
たしかにそんなに遠くないからいいけどね。
全員が集合したことでバスで行くことにした。
立体交差ではわぁ~と声が上がった。
駐車場に到着するとスタジアムどころではない規模に全員が呆然とした。
アスファルトではわんこにとって問題かもしれないので、コースの横にわんこ用のアジリティコースを作る。
ドッグショーで見かけたことがある人もいるかも知れないけど、犬用のアスレチックコースでトンネルやジャンプで飛び越えるものなど様々な障害物を設置して飼い主と一緒にクリアしていく歴史のある競技となっている。
日本ではまだそこまで歴史が深いわけではないけれど、海外では、特にヨーロッパで盛んに行われている競技で日本犬種が優勝することも珍しい話ではなかったりする。
犬の爪は本来爪切りで切る必要なんてないということをご存知だろうか?
犬種などによっても変わるとは思うが、柴犬は猟犬として走り回らなくても、日頃の散歩だけでも爪が削れて切らないといけないほど伸びることは稀だ。
爪切りを痛がる子が多いので、私は必要以上に散歩を重視している。
本来飼い主とともに進む競技でも、残念ながら私に朝陽や裕太と同じスピードで走れる自信なんて微塵もないのだ。
一度作ったコースを横に壁を設置してスタートからゴールまで一本道で作り直した。
飼い主と一緒に走ることで連帯感やペットの頑張りをそばで応援したり、褒めたりする競技であることも重々承知だけど私が足を引っ張って思う存分走れないのは可哀想だ。
その分走り終わったらしっかり褒めるからね。
周囲では遠藤さんが絶句していた。
「一度作ったものを納得行かないからって作り直すなんて、普通に考えたら魔力が無駄だから絶対やりませんよ」
「中島さんに普通を求めても仕方ないよ」
「中島さんの普通は、わたくし達の普通とはかけ離れていらっしゃいますから」
「中島さんだからね」
そんな声が聞こえてきたけど気にしない。
「君たちそんなこと言ってていいの?
さっきのコースだとわんこと同じスピードで走り回らないといけないから大変だよ?」
「あ~それは無理かもです。」
でしょう?
そう思ったら変えたのに変人扱いしないでほしいよ。
「それで、中島さんのロマンって言ってたのはここなんですか?」
遠藤さんに聞かれて私は今日は裕太の勇姿を子犬たちに見せつける予定だったけど、遠藤さんはわんこレースよりモータースポーツ派かもしれないから後で見せようか。
「じゃあ、うちのワンコ達が満足したら後で見せましょうか。
私の世界の偉大な企業の創業者が作った世界有数のコースをね」
「お願いします」
こうしてわんこのレースがスタートする。
朝陽が吠えると猛然とダッシュする裕太、結城、陽太、モモ
しかし、あまりにもスピードが違いすぎる。
障害物を飛び越えるとスピードを落とさずに登り坂を登り切ってジャンプで下り坂を無視する裕太
登り坂に四苦八苦する子犬たち。
トンネルを走り抜ける裕太。
いくつもの障害物が連なっているロングジャンプを華麗にクリアして急減速するとスラロームをステップするように抜けていく。
そこから急加速してゴール。
迎えた私は裕太を思う存分撫で回した。
他の子達はなかなか戻ってこない。
ズルをしてスラロームの横を抜けた陽太を見て朝陽が吠えると元の場所からやり直していた。
ワンコたちが戻ってきてそれぞれの飼い主に抱き抱えられると恨めしそうに裕太を見ていた。
少しはすごいと思ってもらえると良いね。
そこから面白かったのか、レースではなく、遊びとして何度も結城と陽太が挑戦していたが、モモだけは我関せずと朝陽と西園寺さんに甘えていた。
ちなみに裕太は寝転がって小童が的な感じでその様子を見ていたけど、油断してるとすぐ負けると思うよ。
そこからホテルで小休憩と昼食を取ってから鈴鹿サーキットをそのまま再現したサーキット場を案内した。
車種は2Lマシンで揃えて出しておいた。
アウディA5は運転したことだけはあるがあまり覚えていないのでこんな感じだったはずという程度のイメージで作っている。
他の車種はインプ、ランエボ、S2000と適当にBMW3シリーズにクラウンアスリート、シビックタイプR
余談にはなるが、一度クラウンロイヤルサルーンのタイヤや足回りを変えて見た目に反してかなりスポーティな走りできるんだぜ?という車を仕上げようと思ってタイヤとホイールから変えてみたのだが、ショックにサス、ブレーキまで全交換しないと話にならなさそうな酷いできになって諦めたことがある。
そういうの目指すより素直にアスリートを購入しましょうねという教訓になった。
35GT-RやNSX、LS-Fとか出してみたい気持ちもあったけど、レギュレーション違反かなと思って止めた。
流石に乗ったことないからガワしか再現できる気がしない。
Zに34GT-R、スープラ、ポルシェ911なら再現できると思うんだよね。
レギュレーション違反で以下同文だ。
インプとランエボではそれほど違いそうにないが細かな挙動に電子制御の制動等が微妙に異なるのでドライバー側が合わせて運転操作を行う必要がある。
外車に至ってはより顕著だし、そういう違いを上手く掴んで走ればどの車も早いだろう。
ターボ車とNAで同レギュレーションというのはなかなか卑劣な内容だと思わなくもないけど、メーカー愛で少し有利になってもいいだろう?
私は根っからのスバル好きなのだ。
だからといって三菱を嫌ってるわけではないのであしからず。
ライバルと書いて友と読む関係だと思っている。
さて、では実際に走ってみましょうか。
もちろんインプを選び青い車体をピットから出してスタート地点へとゆっくりと進む。
半クラの踏みシロを音で確認する私はクラッチを踏むタイミングの前に少し強めにアクセルを吹かす癖があるのでブォンとエンジン音が猛る。
中古車屋で働く前までこんな癖はなく、ピンポイントで半クラに合わせていたのに、その半クラポイントは同じ車種でもだいぶ変わったりする、
なので合わせようとするためにこんな癖がついてしまった。
特にスタートを決めてるわけではないけど、気分で信号があるように心の目で見てローに繋いで一気に踏み込んで飛び出すとすぐに2速、3速と繋いで加速し、コースを駆け抜けていく。
一度走ったコースではあるけれど油断せずにクリッピングポイントに合わせていく。
私ではどこに合わせて良いのか正確にわかっているとは言い切れないけど私なりのテクニックで走破していく。
何周か回った後ピットに戻って観客席に戻るとみんなが駆け寄ってきて口々にすごかったと声をかけてくれる。
「これで何台もスタートして速さを競う競技なんです。
実際にスピードはあまり出さないようにして走ってみますか?」
「やってみたいです」
遠藤さんを筆頭に何台かでそれかた安全に注意して走り始めた。
乗りなれないハイパワーマシンとマニュアル操作に多少苦戦していたけど、慣れてくると段々スピードが上がっていった。
西園寺さんはスピードを上げることなく2周でリタイアした。
「もう無理ですわ~。目が回りそうですの。何ですのあの見えにくいグネグネした道は」
お気に召したとは到底思えない感想とともに。
山北さんはなかなか楽しんだようで、
「お二人ほど早くは回れませんでしたけれど、楽しいですね。
でも、私はいつも使わせてもらってる車のほうが好きですね」
早く走るというより、運転を楽しんだという感じなのだろうか。
それにしても、あの二人・・・
テールトゥノーズで超接近戦からストレートで抜きにかかったり、とはいえ、部長達のスピード感ではないのでまだマシだけど、安全マージンをもう少し取ってほしいものだね。
素人がプロを真似るほど危ないことはないから。
車の挙動も把握しないでハッスルしてスピンしたりを公道でやるお馬鹿さんのような真似は止めてもらいたい。
事故だけは頼むから起こさないでくれと祈りながら戻ってくるのを待った。
そこからしっかり1時間楽しんで戻ってきた小垣さんと遠藤さんは疲れた表情ながらもしっかり楽しんだことは表情を見ればわかる。
だからしっかりと釘を差しておく。
「サーキット以外でスピードを出すことは厳禁ですよ。
今は車が少ないとは言ってもこのスピードでは少しハンドルを石で取られただけで死にますからね」
少し沈んだ表情で神妙に頷いた。
楽しんでもらえてよかったけどね。
次に運転する時小垣さんは間違いなくクラッチペダルのないAT車で左足を踏み込むことになるね。
別に問題にはならないからいいけどね。
それで、肝心の裕太はと裕太を見ると、
ものすごくしょげてる!?
「どうしたの裕太?落ち込んでる?」
「みんな、僕をずるいっていうんだよ。
体が大きいのに同じコースなんてずるいから、それで勝って嬉しいのって」
「それは、負け惜しみって言って悔しいからだよ。
裕太が凄いことは伝わってるから大丈夫だよ」
「でも」
そう言って裕太は朝陽にべったりくっついて甘えている3匹を見た後
諦めて丸くなった。
助手席で。
今日のバスは大型ではなくマイクロバスなので、助手席はあるのだが、そこには不貞腐れたような裕太が陣取っている。
裕太も甘えられたいのかな?
まぁ、少しそっとしておこう。
「あの~せっかくなので、ご飯を食べたホテルで泊まってから明日帰りません?」
小垣さんの提案に遠藤さんも賛成する。
「わたくしはモモちゃんが居るのでそれでも良いですわよ」
西園寺さんも同意したのでそれでも良いかとホテルの前にバスを停めて全員でぞろぞろとホテルに入った。
ペット用の部屋なんて用意してるわけもないし、ペット用のベッドをわんこの数だけ生成してから適当な部屋を使ってみんなでお泊り旅行となった。
朝陽と裕太の散歩だけ出歩いて、トイレを済ませると早々にホテルに戻って風呂に入って寝ることにした。
「たまにはこういうのも良いかもね」
独り言のつもりで呟くと
「また来たいね」
そんな返事があり、びっくりして振り向くと朝陽が丸くなりながら返事をしていた。
何となく微笑ましくなって
「また来ようか」
そういって満足してまぶたを閉じた。
朝陽と裕太が楽しめたのなら本当に連れてきてよかった。




