66話.名サーキット
ドライブに出かけようと思っていた。
気分的には猛スピードで走って気晴らしがしたかった。
街に出ればサーキットもあるけど、なんとなく行くのははばかられる。
排ガス臭い場所にわんこを連れて行く気もないので、朝陽と裕太に話すと
「子犬たちのところに行ってるから、終わったらそっち来て」
朝陽と裕太がしっかりしすぎていて、何故か自分が酷く情けなくなった。
近くにサーキットを出すのもどうかと思ったのでSA併設のサーキットを作ろうと思う。
鈴鹿もいいな。ニュルブルクリンクみたいに高低差が激しいと危険度が増すから遊ぶより集中しないと死ぬからどうしようかな?とあれこれ思い悩む。
さすがにニュルブルクリンクのコースを詳細に覚えているわけではないけど鈴鹿なら何度も行ってるのでしっかり焼き付いている。
お金をケチりたくて、よく名阪国道を走って見に行ったものだった。
観客席は必要ないけど、それも含めて鈴鹿だよなと思い直し、サーキットを一気に生成する。
高速道路のSAから道を繋いでサーキットの駐車場と連結する。
サーキット同様にこの世界初の立体交差のインターチェンジが出来たことになる。
ちなみに今までのICは両方向でそれぞれのSAを設置していたので、施設には歩道橋経由となっている。
鈴鹿の立体交差構造を考えると、やるしかないっしょと思うのが男である。
私以外に日本人がこっちに来てくれたらいいんだけど、難しい問題だよね。
一人で考えるにも限度があるし、人間は忘れるものだから、詳細なイメージはなかなか出てこない。
私のような底辺人間ではなく、もっと色んな物を克明に覚えてる人がいればこういうところでこういう物があれば便利なのにといろいろ思いつくだろうけど、残念だ。
私はただ、色んな家電に興味を持ち、色んな仕事をした経験と知識はあるけど、基本的には挫折した人間だからね。
ウダウダ考えながらもサーキットは完成したので、愛車をゆっくりと走らせる。
ピットから出て1コーナーを普通に走り、2コーナーをアウトインアウトで走るように減速から立ち上がりでシフトアップしていく。
S字コーナーをエンブレをかけながら車の挙動に合わせてスピードを調整する。
見るのと走るでは大違いの逆バンクに突入する時に少し面食らってブレーキを強めに踏んでしまった。
緩やかなカーブを抜けると立体交差に入り、ヘアピンカーブで急減速すると、体が前に引っ張られる感覚が襲う。
そこから緩やかなカーブと西ストレートに入る。
西ストレートでは軽めにとは言ったものの、こんなコースを世界の名だたる名選手が駆け抜けたのかと思うと感慨深く、つい本気で加速してしまった。
クラッチを一瞬だけ踏んで回転数を合わせてクラッチペダルから足を離し、アクセルを踏み込む。
信号待ちの時に隣にランエボが来たらWRX乗りのスバリストはたいていやってることだと思うが、私は公道ではやりませんよと付け加えておく。
かなりの確率でランエボが青信号になった瞬間飛び出して言って、何度かその先でパトランプと共にその姿を拝むことになったのはいい思い出だ。
私は変速ショックのほぼない運転を心がける善良ドライバーですからね。
直角に曲がるシケインと最終コーナーを抜けるともう少しスピードを上げてもう一周してみようと思った。
ブレンボのブレーキがしっかり減速させてくれる。
EJ20のエンジンがドッカンターボで一気に加速する。
純正こそ至高と考える私はシートもセミバケットのままだけど、横Gがかかっていてもしっかりサポートしてくれる。
どれほど格好良くても、高速走行での信頼性においてはこの車に勝てるものはないのではないかとさえ思う。
ユーザーの事だけを考え抜いたような普段遣いにも便利な4ドアセダンタイプのスポーツカーをサーキットでそのまま走らせるなんて贅沢の極みだね。
本来は3点ベルト等、サーキットを走らせるための条件はいくつかあるけど、ここにはないからね。
剛性も耐久も十分あるのでタワーバーもいらない。
私はただただこの車が好きだから、走っていて楽しいから。
渋滞の時には辛いけど、メーカーの熱意を感じられる車だからこそ、手は加えずにサーキットを走る。
そこに意義を感じる人は多くないのかもしれないけど、私は大いに満足だった。
ABSがかかりすぎたので、流石にこれ以上のスピードは駄目だなとは思っているけどね。
ガガガガガッという音と振動は結構不快だからね。
その後何周かをゆっくり走って満足した私はようやくピットに入り、そこから駐車場に抜けた。
スキール音とタービンの回るキーンという飛行機でお馴染みの音を響かせて走っていたので終わってしまうと一気に静寂に包まれるサーキット場内。
駐車場に停車してから私は観戦席を歩いてみる。
一人で眺めて数々のドラマを思い起こす。
アイルトン・セナ、セバスチャン・ベッテル、フェルナンド・アロンソ
名ドライバーたちが頂点に立つために熾烈な戦いを見せてきたこのサーキット。
本田宗一郎が本田技研工業の為に必要だと作ったサーキットは、回収や変更を加えながらも世界に受け入れられ、様々な涙が流れてきた。
そんな場所を、私は私の愛車とともに駆けた。
一人で余韻に浸りながら物思いに耽った。
本物のコースではないかもしれない。
タイヤカスが落ちることもない虚像のコースかもしれない。
それでも、私は、ここで走ったことを感慨深く、かつ誇らしく思うのだった。
少し目がつかれたので鈴鹿サーキット併設のホテルも再現してみた。
レースがある時は大渋滞が発生する道や、入るのも難しくなる近くのコンビニまで再現できないけど、ホテルだけは再現したかった。
中を見たことがないから外観だけは知っている建物だけどね。
なので、中はホテルってこういうものだろう?という偏見まみれのホテルになっている。
ホテルのお風呂に入り、部屋で休んでから帰路についた。
朝陽と裕太の散歩に行ってから今日あったことを話していると
「それ、僕も走っていいの?」
と裕太が聞いてくる。
特殊なアスファルトだけど、足は大丈夫なのかな?
「一度行ってみる?」
「うん。行ってみたい。あの子達も一緒に」
「あの子達?」
「結城と裕太とモモ」
かけっこ勝負がしたいってことかな?
と思っていると、朝陽が
「あのね、あの子達裕太のことちょっとバカにしてる感じなんだよ。
だから、すごい所見せたいのかも」
と教えてくれた。
そういうことならみんなで行くか。
役に立つかはわからないけど遠藤さんも連れて。
こうして小旅行の予定が決まった。
明日にでも小垣さん達に予定を聞いておくかな。




