6話.社会人の事情
ところで相手はというと
「あーむっかつく! 何あいつ? ありえないっしょ」
土を踏み鳴らして怒りを発散する。
(課長も何であんな失礼な奴を助けろとか言ってくるわけ? ほっときゃいいじゃん
うちの会社の利益になることなんて絶対ないね。うん)
常識の祖語を埋める努力もなく一方的に批判すれば失礼なのはどっちだって話にはなるが、今の彼女にはそんな考えは出てこない。
「でも、方角だけはわかったね。魔力はこっちから来てた。
会いたくないけど、社運がかかってるとか言われたら仕方ないよね」
しがない会社員は上司の命令に逆らえるようにはなっていない。
ありえない事に課長にはクビをちらつかされた。
「みっちゃんね~。もう会社は経費を大量投入しちゃったってことわかってるわね?
あんたがそんなだとまなちゃんに任せて仕事干されるわね。
仕事回されないお荷物社員はかばいきれないから自分で納得できる程度に頑張りな」
そのまなちゃんは後方サポート役とかで、ほとんどあたし一人に押し付けられてるのにこんな理不尽な事ってないじゃんね
しょうがないのでまなちゃんに念話する。
「まなちゃん聞こえる?」
「え?先輩ですか? どうしました?」
「あいつに連絡ついたんだけどさ~、何か一方的に接続切られたんだよね。こんなんでどうしろってのよ」
・・・・・・
・・・
「それ、先輩が悪くないですか?」
「何でそうなんのよ!あんたあいつの味方なわけ?」
「・・・先輩がもし、魔法のない世界に行ったらどうします?」
「はぁ? どうってどうすりゃいいのよ。魔法なしで生きれるわけないじゃん」
「今、彼はその状況なのに、魔法使えないことに先輩はイライラしてません?」
「いや、魔力使ってでかい声でしゃべられたらそうなるでしょ」
「つまり、先輩は魔法が使えない世界に行って、そこの魔法とは違う技術を持て余してる時に、たまたまできたその技術で失敗して怒鳴られても問題ないって事ですか?」
「う・・・そうじゃないけど」
「彼は魔法のない世界から来ました。魔法がなくてどうやって生きていけるのかわからないけど、それをうちの会社はヒントに発展しましょうってプロジェクトなのに、魔法が使えないことに怒ってたら仕事になりませんよ。」
基本的にこの世界は魔法によって成り立っている。
食糧供給は魔力回復量が多い程良いとされ、食品会社は魔力前提で提供する。
飲食店も如何にして魔力回復量を増やしつつ金額に折り合いをつけるかで切磋琢磨し、衣類は魔力回復能力と金額の折り合い。
住居は魔法で生み出す為、素人でも簡単に作れてしまうが、プロに頼むと魔力取り込み効率の良い住居を作ってくれるといった具合だ。
何故ここまで魔力にこだわるのか?
それはひとえにこの世界では全てに魔力を消費し続けているからである。
歩く時も疲労軽減と膝や足の負担軽減、運動能力向上等様々で、意識しないとわからないが、常時魔法を10個ほど使用しており、魔力が切れたら何もできなくなってしまう。
睡眠による回復はできるが、一日のペース配分を間違えると周囲から白い目を向けられ非常にみじめな想いをしなければならない。
偉い学者は言った。
「100も200も魔法を使おうと、1日の魔力量を超えて使用ができない以上、無駄である」
とか何とか。学校で習ったけど、そんな感じの言葉だったはず。
「先輩?」
「あっごめんね。考えてた」
「このプロジェクトって、魔法が使えなくても生きれるんだから、その発想を元に新商品を開発しましょうってプロジェクトですよ」
「わかってるわけよ。だけど、あいつ、何か癇に障んのよ」
「先輩、私たちは教えを乞う側です。会社ぐるみで特別顧問を迎えるような話ですから、こちらが常識を押し付けても結果につながりませんよ」
「うっ・・・謝ればいいんでしょ! わかったわよ
じゃあ、もう切るね」
そういって念話を切断した。
本音を言えばあんたはオフィスで念話係なんて楽な仕事で気楽に言うわね。
と思ったが、言われた内容には一理も二理もある。
魔法も使えないくせに魔力任せに耳元で怒鳴られる気持ちをちょっとはわかってよ。
うちは総合商社で新商品開発で大手に大きく遅れているためこのプロジェクトは本当に社運をかけている。
だけど、課長も後輩も結構ドライで愚痴を聞いてもくれないのだけはしんどいわ。
まぁ、でも、もうやっちゃったことはしょうがないんだし、諦めて合流するしかないんだよね。
え?ちょっと待って。あのバカ魔力の大声なのに途切れてたってことは・・・どんだけ遠くにいるのよ。
しかも、魔法が使えない世界なんて私なら1日持たずに死んでしまう。
彼、結構ヤバいんじゃない?
恐ろしい想像に青くなった。
あいつ、何で生きてるの?
社会人の常識 報・連・相
あたしはやりたくないけど、やらざるを得ない事に思い至り、渋々叱られるために課長に念話をつないだ。
思ってたどころではなく遠そうな事、下手したら死にかねない極限状態の可能性がある事、しかも、相手の状況を考えず怒鳴った事。
結果課長はすぐに役員に相談すると言い出し、叱られるどころかクビに大股で自分から近づいた気がした。