51話.親バカ達の集い
仕事をしているときのことを夢に見た。
疲れ切っていても終わらない量の仕事を抱えて残業の日々。
懐かしさを覚えて夢の中で仕事をしていた。
ひたすらに延々と
何故か仕事をすんなり業務中に終えられて嬉しくなっていると目が覚めた。
異常なほど疲れていて、寝起きだというのに体がだるかった。
「おはよう」
朝陽と裕太に挨拶をしてから散歩の準備をする。
この子達にリードが必要と思えないがどこでテンションが上って走り出してしまうかわからないと思ってしまうのは昔の友人がすぐに逃げ出す困ったちゃんなわんこを飼っていた影響かもしれない。
散歩に同行したときに突然テンションが上り、友人は突然引っ張られてリードを離してしまうと一目散に走り去ってしまったのだ。
心配になって探し回って2時間ほど経ってから諦めようと友人が言い出して気落ちした友人を家まで送り届けると何食わぬ顔で家の前で尻尾を振っていた。
その経験からどんなことがあってもリードは離さないといつも握りしめていたのだが、最近の私は結構自由にさせていた。
以前なら3家の庭まで自由に行っていいよなんて言うことはなかったのだ。
ちなみに朝陽と裕太が庭のドッグランまで行ったところで柵の扉を開けられないと思うが、実はもう一つ工夫をしている。
家の犬用トイレで作ったボタンだ。
これを押すと3家のインターホンがなる仕組みにしていた。
しかも鳴り分け機能付き。
つまり、この音がなったら朝陽と裕太が来たとわかるようになっている。
どこまでも心配性な私は犬用出入り口から庭のドッグランまでわんこ用トンネルを作り、逃げられないようにしようかとも考えたが止めた。
私は朝陽と裕太だけが家族で大切だが、心配だからと籠の鳥にして過保護にしすぎる娘を持つお父さんにはなりたくなかった。
それに、いや、それ以上に私は朝陽と裕太を信頼している。
話せるようになったことでその気持はより大きくなったと言って良い。
だけどね。
初日の散歩前にすでに行ってるとは思わないじゃん?
私はほんの少しの嫉妬と寂しさを噛み締めながら3家に向かった。
朝っぱらからインターホンを鳴らして山北さんを呼ぶと
「あの子達来てますよ」
と教えてもらい申し訳なくて謝った。
家の外壁沿いに庭に回るとドッグラン用の扉を開けて中に入る
するとすでに朝陽を枕に3匹が寄り添っていた。
寂しくなったのか朝陽の逆側に少し離れて裕太が丸まっていた。
やれやれ。
小垣さんと西園寺さんは東屋でゆったり眺めていた。
「朝からご迷惑をおかけしました。」
謝罪から入ると3人共どこかにこやかな笑顔だった。
「あの子達の気持ちもわかりますわ~
うちのモモちゃんとっても可愛いのですもの」
「いいえ、私の陽太くんがちょこちょこ歩いているのが可愛くてきているはずです」
「いや~結城でしょ? おすわりしてる時のつぶらな瞳とあたしが抱っこしてると腕の中で気持ちよさそうに寝るんだよ」
と我が子自慢が始まるのだった。
話を聞いているとどうやら3人共一緒にベッドで寝たくて仕方がなかったらしい。
小さすぎて寝返りをうつと潰してしまいそうで自重したらしい。
それにしても3人共既に名前を決めているのが本気度を伺わせるな。
朝陽と裕太は帰ったら説教だけど。
しょうがないので朝ごはんを食べたという3人にお詫びの印としてフルーツタルトと紅茶を振る舞った。
3人は今日のように毎日でも来てほしいと言われたのでお言葉に甘えることにした。
どうも朝陽は我が子のように考えていそうだから3人のママが甘々でも朝陽がしっかり言い聞かせて躾をしそうな雰囲気に教育を託す気分だった。
甘やかすだけで躾ができないのは犬のために良くない。
人間の尺度でものを考えがちだが犬の常識も教えずに甘やかしていては自分が上だからとわがまま放題の犬に成長してしまうためだ。
この3人のママからはそれをひしひし感じて少々不安になるのである意味多頭飼いだが教える立場の成犬が居ないのもまずいと思った。
子犬だけで多頭飼いする場合でも犬同士で何となくじゃれながら噛む時の下限も覚えていくけど1頭飼いの場合それすらないので本気で噛む犬になってしまうこともある。
それを朝陽がしっかり教えてくれるなら今後も安心できる。
ペットの飼い方についてなどの話をつまみに話した。
タルトを一口食べてからはわんことスイーツで意識が半々になっていそうなママさんたちに伝わっていると信じたい。
トイレの世話とペットシーツは魔力で出すコツも伝えておいた。
食べ物の前で憚られる話ではあったが、これは大事な話なのでしたわけだが、3人共顔をしかめていた。
「歩いてるだけで本当に可愛いですよ。
喜ぶと尻尾を振ってくれて、全力で喜んでる感じもするので嬉しくなります」
「そうよね。そだ、中島さん。うちの子が寝る時に腹ばいで手足をピンと伸ばして寝てるんだけど、あれって大丈夫なの?」
「あ、子犬のときは大丈夫です。大きくなったらできなくなりますので朝陽や裕太のように自然と丸くなって寝るようになりますよ。」
「うちのモモちゃんもしてるから心配でしたの。良かったですわ」
「結城もしてるね。そっか、今だけなんですね」
その時、キャンと高い声が聞こえた。
全員そちらを見るがどうやら尻尾を本気で生え揃っていない歯で尻尾に噛み付いた陽太が朝陽に怒られたようだ。
山北さんはえ?という顔をしたので説明しておく。
「犬の躾は今から始めないといけないものですけど、完全に生え揃ってから本気で噛んだらけがをするのは飼い主や周りですから、朝陽がしっかりしつけてくれてるようです。」
3人に総説明すると少しホッとしたようだった。
どうも仲が悪くていじめているのではないとわかって安心できたと言ったところだろうか。
「おそらく朝陽は母犬のような意識で子犬たちを見ているようですね、
子犬の頃はあんな感じで高い声で叫ぶように鳴くこともありますけど、自分がやってることが痛いことだと分からせるための躾なので朝陽に任せて大丈夫ですよ。」
甘々なママさんたちには痛がることは出来そうにないからね。
小さくなったタルトにフォークを刺すときに山北さんは心配そうにちらっと陽太を見たが、甘えて朝陽にすり寄っていることでようやく本当に安心したらしくタルトを口に運んでいた。
きちんと心配して見守ることもできる。
これなら陽太も安心して生活できるだろう。
小柿さんと西園寺さんがこれからどうなるかはわからないけど大きくなったら放置したり、邪険に扱わないことを願うばかりだ。
それにしても、本当にかわいいな、子犬って。
うちのわんこたちの次に可愛いのは間違いない。
そこから3人は過去の生い立ちとかそういうのを話し始めたが、女性の雑談に私は口を挟むこともなく、気まずくなったので散歩を口実にお暇することにした。
「朝陽、裕太。散歩に行くよ。おいで」
呼びかけると裕太はすぐに走ってきたが朝陽は動かない。
「ん、朝陽?」
見るとまた、朝陽を枕に寝る子犬。
モモちゃんだった。
さて、どうするか。
そう思っていたところで西園寺さんが出てきてモモちゃんを抱きかかえてテーブルに戻っていった。
その際に「クーンクーン」と泣いていたが、しっかり抱き上げると落ち着いたようだった。
朝陽は困ったような表情をしていたが、もう一度呼びかけると今度こそ散歩に行ける状況になった。
中島さんたちが連れ添って散歩に出かけると私達はそれぞれのわんちゃんを抱きかかえながらのんびりとティータイムを再開した。
朝陽ちゃんがいなくなったことで寂しくなったのか陽太と結城が悲しそうに泣き始めたので結局3人が3匹を抱えて話し込みだした。
「はぁ~この子に顔を埋めているだけで幸せですわ~」
「そうね、あたしもその気持はわかるよ。
でも、たまに嫌がって逃げるんだよね」
「でも、離れていったのに少し立つとすり寄ってくるのが可愛くて」
「「わかる(りますわ~)」」
思ったより似たような状況を経験してるみたいで嬉しくなってくる。
思えば会社に努めている頃はこんな普通の会話がなくて、どうすれば売れるとかそういう話を聞くだけだったり、従業員の配置や担当を確認したりのサポート業務がメインで、あまり同年代の同性と話す機会はなかった気がする。
先輩は近い年代だけど、やっぱり先輩は先輩だからそういう会話をして良いのか分からなかったしね。
「で、可愛い寝顔を見ながら横で寝転んでたんだけど、舌でペロペロして起こされて、どうしたの?って聞くと舐めるの止めて逃げちゃって」
「寝てる時だからこそやりたいことをやってたとか?」
「抱っこするとペロペロしてくるし、朝陽ちゃんみたいに話せるわけじゃないからどうしてほしいのかわからないんだよね」
「もしかして、起きた時にかまって欲しくなっちゃったのではありませんの?」
「そうなのかも」
「でも、この子ってちょっとわがままなんだよね。
こっちが構いたい気分でも嫌がるし、かまってほしくて甘えてくるし」
「そこがまたかわいいじゃないですか」
「そうですわ。朝陽ちゃんには負けるかもしれませんけど、わたくし達も十分好かれていますわ」
「朝陽ちゃんはずるいよね。お母さんだと思われるなんて」
「先輩もお母さんと思ってほしかったんですか?」
「え・・・どうだろ?」
「愛しい男性との間のお子にお母さんと呼んでほしいってことですわね」
「そんなこと言ってないって」
「先輩って急に乙女になりますもんね?」
「ちょっとまなちゃん、からかわないで」
「ですが、ここには男性は一人しかおりませんわよね?どうしてですの?」
「ん~、中島さんって時々寂しそうなのに、みんなの輪に入っていかないから心配だったんだよね」
「それはわかる気がしますわね」
「あたしたちはこの道路を真っ直ぐ行った場所でここよりも何十倍も大きくて人も多いところで生活してたんだけど、中島さんが頼られすぎてたからかな?逃げちゃったんだよね。
あたしとまなちゃんは会社の社長に頼み込んで追いかけたんだけど、どうしてもそのまま離れたらいけない気がして勝手についてきちゃったんだ。」
「この、スマホを使えばみんなと話せるし、行こうと思えば車に乗れば頑張って走れば到着できますから」
「はぁ~ここより大きいなんてすごいですわ~」
「その大きい街も、ほとんど中島さんが一人で作ったものですけど」
「櫛菜ちゃんもここで生活するんだから先に説明しておくんだけど、彼・・・中島さんは元々こことは別の世界で生活してた人だよ。」
「何とおっしゃいまして?」
「だから、元々この世界の人じゃないの」
「中島さんは魔法のない世界から社運をかけて呼び出した、異世界では普通の人です」
「魔法がない世界?ありえませんわ。どうやって生きるんですの?」
「この建物を見ればわかるでしょ。魔力が必要なことって生活するだけなら殆どないんだよ」
「え?それでも、歩く時やお食事なんかも魔力ですわよね?」
「食事は本来魔力で生み出したものではなくて動物の肉、簡単に言うとみんなのわんちゃんみたいな生き物が暮らしていて、それを育てて肉にして焼いたり、木とか木の実とかを食べて生活してるんだってさ」
「そんな、モモちゃんを食べるなんて許しませんわ」
「違いますよ。食べても良い生き物がいたそうですよ。
私達は学校の先生になるために中島さんの世界の常識を教えてもらったからある程度は分かりますけど、見たことがないのでよくわかりませんね。」
「その世界にはこういう建物が普通なんですの?」
「そうらしいわよ。それでも、魔法が使えるようになったからアレンジして住みやすくしたって言ってたから、ここまで便利じゃないのかもしれないけどね」
「すごいのですわね」
「それと・・・西園寺さんも少し運動したほうが良いでしょうね」
「運動?」
「モモちゃんを連れて散歩に行くようになったら1時間は歩くことになりますから」
「1時間位なら魔力も問題ありませんわ」
「いえ、それを一日に二回です。しかも、その後に自分の食事とモモちゃんの食事も魔法で作ることになりますよ。」
「え、そうなんですの?」
「ええ」
「まなちゃん、ゆっくりでいいじゃない。あたしたちも初めはびっくりしたんだからさ」
「そうですけど、このまま話さないとモモちゃんの運動不足になったりしちゃいますよ」
「うちのモモちゃんの為なんですの?」
「モモちゃんと、櫛菜さんの為だね」
「わたくしの為?」
「魔力を使って動くと体が動かなくなっていくそうです。
太っていることが魔力効率がいいと言われてましたけど、私達は中島式健康法みたいな感じで魔力を使わずに歩いたり飛んだり走ったりをすることで痩せて歩くことが苦ではなくなりました」
「痩せてバカにされたりはしませんの?」
「私達が居た街では太ってる方が古い考えって感じでしたね」
「申し訳ありませんわ。」
「え?」
「わたくし、あなた方が痩せていらっしゃるので、魔力が上手く使えないと嫌がらせを受けて逃げ出して、こんなところで生活しているのだと。」
「そうだよね。普通はそう思うよね。あたしたちも最初はそうだったから」
「そうですの。わたくしモモちゃんの為なら一生懸命頑張りますわ」
「可愛いですもんね」
「わたくしはモモちゃんのために生きていくのですわ」
「何か中島さんみたいなこと言ってる」
そう言って笑ったのだった。
お茶会の後3人で食事にして運動の事を説明していった。
魔力を使わないようにするコツを教えたり、中島さんがいつの間にか作っていた公園を歩いたりをしてみましょうということになって、子犬を3匹一緒に裕太くんの使っている可愛らしいベッドを生成して寝かしておいた。
服装の話や女性の美しさについての話を先輩が誇らしげに話しているのが少しおかしかったけど、モモちゃんのために頑張るという西園寺さんを連れて公園についた。
西園寺さんは魔力で身体強化を使っていたが、指摘はしなかった。
公園につくと小垣さんが私に耳打ちしてきたので私は一人で駐車場に行って車を出した。
ここから魔力を使わずに一周したら動けなくなることを予想している先輩はやっぱり少し変わったと思う。
車で公園の入口に停車して少し時間を持て余した為、現状報告のメッセージを社長と課長に送ろうと文面を考え、送信してから少し経つとようやく息も絶え絶えな西園寺さんと先輩が戻ってきた。
「魔力が当たり前になりすぎて最初はきついと思うけど、慣れてきたらモモちゃんと歩く事を想像して歩く練習をしたら良いよ。
モモちゃんも大きくなってくるとものすごく早く歩くと思うからね」
「そうなんですの。モモちゃんが居なければ諦めてしまいそうですわ」
そういえば私達はバスケがあったことで負ける悔しさをはねのけようと頑張ったからモモちゃんのためと言うならすぐ慣れるんじゃないかな?
「それで、山北さんはどこへ行ってらしたのです?
一緒に歩かないのでしょうか?」
「サボったんじゃないよ。まなちゃんには櫛菜さんのために車を取ってきてもらったんだよ。」
「車ですの?」
「良いから乗って」
先輩は西園寺さんを車の後部座席に乗せると満足げな顔で助手席へ乗り込んだ。
私の車は可愛いので太っている西園寺さんが乗ることで少し沈んだ気がしたけど走ることに問題はなかった。
普段のおしとやかな口調と違い、ぎゃあ~~~~と騒がしかったけど車にもそのうち慣れていくだろうね。
どこか私達の通った道を再確認しているようで恥ずかしさを感じたけど、家に戻る頃には落ち着いてこれは快適ですわね。
と言い出してまた笑ってしまった。
そのうち異世界の常識を先生として教えてあげることにしようと思う。




