30話.皆の想い
あれから半年ほどが経過した。
中島君はまだ目覚めない。
死んでいないことが不思議なほどに長い眠りについている。
私は責任に苦しんでいた。
彼はこの世界に呼ぶべきじゃなかったと。
この世界に来たことで、彼は死期を早めてしまった。
魔法のない世界で不自由はあっても死ぬ危険性は少なかった。
それを私は、利己的な判断で彼を呼び出してしまった。
無理はするなと言っても、彼は無理も無茶もしてしまう。
自業自得かもしれない。
それでも、私は・・・
小僧に魔法を教えたのは失敗だったかね~
魔法を使いすぎる危険性は常識過ぎて忘れていたよ。
小僧は魔法そのものを知らないんだから常識なんて言われても知るわけないって話だ。
何をそこまでムキになったのか知らないが、なぜそんな無茶を
と思うことは少なからずあった。
その都度注意もしたけど全く聞く耳を持たないって感じさね。
まったく、何をどう考えたらあんな頑固になるんだかね。
唯一の救いは死んでないってことだね。
息子達はバカどもを捨てて反旗を翻した全員を無事にここに送り届けた。
家庭を持つ者も全員が来た形だね。
これで愚かなバカ共もそのボスも先行きは見えなくなったろう。
金も目減りしていき、自慢の会社はハリボテさ
ざまぁないね。
人は増えた。活気も出た。新しい建築も順調に取得しつつある。
生み出さなくても家具製作さえできるようになっている。
小僧が作った田圃と畑とか言うのは枯れてしまった。
寒くなって日々の冷え込みを耐えるための魔法すら今はいらない。
何せ家の中にいればそのうち温まるからね。
木で作った家は豪邸より少し不便だそうだが、それもそのうち解消されていくだろう。
なぁ、あんたはいつまで寝てる気なんだい?
最初あたしがあの失礼な常識知らずを保護しろって言われた時は何の冗談かと思った。
ハッキリ言えば面倒だった。
車内の秘中の秘であるシャロンをつけてくれると言われても普通に嫌だよ。
初対面では盛大にやらかしてしまった。
非常識と思っていた。
それでも、非常識なのはあたしだったのかもしれないと反省もした。
魔法がない生活というのもやってみれば悪くなかったよ。
何より自分の体がほっそりしてきて自分の体や手足を見るたびに嬉しくなってしまう。
以前は男も女も体型は変わらなかったのに、今では女性の凹凸がはっきりして男のような引き締まったスマートさだけでない、女性の柔らかさというものを明確に認識できるようになった。
すくなくともあたしは嬉しく思った。
今年の誕生日を超えたので37になったけど、若い頃より男の視線を感じることが増えた。
正直言って自分の綺麗さを見られることに喜びすら感じる。
あたしはもっと綺麗になりたくて服装も自分で考え始めた。
着飾る事、より美しく見られることがあたしの全てになった。
以前ならあんな貧相な体で魔法も使えないなんて見る価値のなかったその他大勢の男の一人
そんな風に思っていた中島さんにいつしか感謝以上の感情を持ち始めていた。
あたしを綺麗にしてくれてありがとうってね。
中島さんは不器用で人と距離を取りたがる。
でも、それは彼が自分のせいで不快にならないようにしようと考えているように感じる。
だって、彼はトラブルが起きるとまっさきに人の心配をしているのだから。
それにあの朝陽と裕太を見ているとよくわかるよね。
あんなに彼を慕っているのだから。
恋愛に関しては自分が他者から好かれるはずはないって考えてそうだけど
少なくともあたしは好きだよ。
あたしは実際に付き合ったこともないけど、彼に感謝してる以上に気遣いのできる男性で・・・・・筋肉自慢しないし、少し闇を抱えてそうな感じはするけどそれも魅力的で
でも、彼に近づくと話せる気がしない。
顔が熱くなって鼓動が高鳴り、見ているだけで満足って思えてしまう。
そんな彼がもう半年も寝ている。
心配だけど家に近づくだけで恥ずかしくなる。
他の人にも恥ずかしくて相談できない。
だから、少しでもと思って課長夫妻と朝陽ちゃんと裕太くんの散歩に同行するようになった。
散歩はいつも大人数になるけど、彼の家に入り美野里ちゃんと隼人君と一緒にわんちゃんの世話をしている時間は彼が近くにいるとそこまで意識せずに済んでいる。
ある意味わんちゃんたちに感謝だね。
散歩に出ると美野里ちゃんと隼人君はそれぞれのうちのわんちゃんも一緒に散歩に行く。
はしゃぎすぎて手がかかる子達だから親同伴で祖父母の課長夫妻まで参加する。
息子さん達は家に帰ると小さい子犬達がいたことにかなり驚いたって話を美野里ちゃん達は面白おかしく話してくれた。
最初は不審者としてかなり吠えられたし怯えられたそうだ。
じっくり餌やりを覚えたりして仲良くなったそうでその過程が微笑ましい。
あたしもわんちゃん欲しいな。
いえ、正直に言いましょう。あたしは朝陽ちゃんと裕太くんがいいよ。
健気にごしゅじんとか細く心配そうに見ている二人に完全に情が移ってしまった。
そうだよね。あたしも君たちのご主人が早く目覚めてくれることを願ってるよ。
私は彼氏にフラレたけど、今では良かったと思ってます。
だって、あんなだらしない体型で彼氏ですなんて恥ずかしくて言えません。
私もここの生活と非常識に慣れてしまったようです。
最近は先輩も綺麗になって男性社員の視線を受けているのを横目で見ていると私に焦りのような感情が湧き出してきます。
何だか最近の先輩は可愛い感じに思えます。
今までのキツさや自分本意な考え方が変わったせいでしょうか?
綺麗になって可愛さを手に入れた先輩は強敵かもしれません。
私は気づいています。先輩は長い眠りについてしまった彼を好いています。
女の勘とでも言うのでしょうか。
私にはわかります。
今まで先輩は私より大人なのに残念で短慮で気にかけてあげないといけない人って感じだったのにここに来てしっかりしてきて憧れの先輩って感じになってきました。
彼が眠っている間は私が穴埋めをするとでも言いたげに皆の様子を見ています。
私はやっと春が訪れそうな先輩を応援したい気持ちがある一方で少しチクッと胸が痛いです。
だって、私も・・・。
俺は今日も筋肉をいじめ抜く。
重い木材を運び、丁寧に組み合わせていく。
人が増えて豪邸の空きは少なくなっているがそれでも全員の住居は整っているのに家具ではなく住居の依頼が来る。
俺等は全員で建築会社を自称している。
家具まで作り出す建築業者なんて世界初だろう。
嬉しいことに依頼は日々増え続けている。
ここでは魔力や金の支払いも必要ない。
何なら筋肉を育てる手助けを依頼してくれるのにごハンダなんだと世話まで焼いてもらえて喜んでくれる。
まさに天職だ。
バスケでダンクの快感を味わいたくて、
あの激しい叩きつけでゴールが揺れて点が入る喜びのためにストイックに鍛え続けてきただけだった。
俺等にとって名誉顧問と勝手に呼んでいる中島さんによってもたらされた天職。
俺等の仕事に喜んでくれて、魔力も使っていないのに笑顔を向けてくれる。
チームで仕事をする一体感に暑苦しい男の世界。
素晴らしい。
いや、待て!俺はノンケだ。
そうではなく、女がいる状況ってのは本気で打ち込めない浮ついた空気があるだろう?
そういう一切を排除してストイックに鍛え上げる。
女の美しさと違う種類の美しさがこの筋肉から溢れていると思わないか?
名誉顧問は俺等にとっちゃ神に等しいお人だな。
会長の圧政で苦しんでいたのが嘘のようだ。
ここは本当に最高だぜ。
それでも、休みの日というのはスポーツと一緒だ。
週に2日休みがあるが、それではバスケができないと一部から反発があって週に3回休みがある。
俺は今、そこで社長をやっている。
前の街なら手続きだの何だのというところだが、ここにそんなものは存在しない。
だから、俺等は勝手に会社を作り、そこで俺が社長をしている。
社長と言っても書類仕事などはない。ただ、誰それがこういうものを作って欲しいと依頼を聞き、仕事を割り振り、住居建築依頼があれば俺が直接現地で指示を出しつつ作業に加わる。
当然だろう?こんな素晴らしい仕事を他人任せにして見てるだけなんてありえないっての。
隼人とおじいちゃんおばあちゃんにお父さんお母さん達もみんなで散歩に行く。
わんちゃんだけで8匹なんだけどいつもみんなこの時だけニコニコする。
だけど、みんな家の中とかちょっとした時に暗くなっちゃう。
みんなおじちゃんが起きないのが心配なんだね。
わたしもおじちゃん大好きだよ。
だから、心配だよ。
散歩の時、うちの子たちも隼人の家の子たちも悪い事をするとあさひちゃんとゆうちゃんが起こってくれるの。
おばあちゃんとこの子は怒られないんだけど何でだろう。
悪いことって言っても草を食べようとしたとか、遊びたくなって動かなくなったりしたとかでわたしは大丈夫なんだけど、ちゃんと教えてくれるなんてすごいよね。
最近はあさひちゃんもゆうちゃんもおしゃべりしてくれるんだ。
かわいいよ~。うちの子達もお話してくれないかな~。
おじちゃんが起きたらどうやったらおしゃべりできるようになるか聞いてみないと。
だから、早く起きてね。おじちゃん。




