2話.状況確認
返信し終わり、どっと疲れた気がした。
勢い任せで応募したけど、やっぱ頭おかしいよなと冷静に考える一方で
どんな仕事が待っているのかを想像したりもした。
また秒で返信が来るかと思ったが、さすがにそんな事はなかったので
疲れに負けてゆっくりと瞼を閉じた。
「そのままお眠りください。目覚めた時にはこちらの世界にお招きできているでしょう」
睡眠中でも寝苦しさを感じることはある。
暑い、寒い、トイレに行きたい、体調が悪い。
前触れもなく暑苦しさを感じて目が覚めた。
暑い・・・。
湿度が高く、熱帯夜といった様相
布団はベッド脇に落ちており、薄く青白い朝日の光が窓から入り込んでいる。
仕方がないので電気をつけようとスマートスピーカーに照明をつけてと声をかけるも無反応
何度か呼び掛けても無反応
腹立たしい感情を抱き、照明のリモコンを探してオンにするも無反応
「はぁーイライラする。ブレーカーか?」
独り言を呟きながらスマホでライトをつけてブレーカーを確認するも全てオンになっている。
意味わからん。
面倒に感じつつ寝室に戻りカーテンを開けた。
家の周りが更地になっていた。
私は一人暮らしにも拘らずマンションではなく戸建ての賃貸に住んでいる。
理由は単純で柴犬がどうしても飼いたかったから。
うちには柴犬が2匹いる。
食いしん坊で避妊手術後激太りした朝陽と
食に興味を示さず覇気のない雄太
血統書上では天朝陽姫号と郷雄太号
庭で胴輪にリードをつないでいる。
奇妙な現象に動揺すると、安心感を求めて二匹の家族の元に走った。
「朝陽!雄太!」
猛ダッシュで階下に落ちかけながら降りて玄関から外に出る。
私は自慢ではないが、この二匹がいなければ生きる活力は0になると確信している。
外に飛び出すと二匹はリードを引きちぎり玄関前で丸くなっていた。
尻尾を股に挟み怯えて私が外に出ても反応が薄い。
当然だと思う。
こんな怪奇現象に巻き込まれて平然なのは家の中でぐーすかのんきに寝ていた私だけだろう。
「よしよし、大丈夫だからね」
ゆっくりとしたペースで二匹の体をなでていると不思議と自分自身も落ち着いてきた。
朝陽と雄太が無事で本当に良かった。
「朝陽、雄太。二人ともおいで。家の中に入ろうな」
こんなわけわからん状況では安全確保が最優先。
普段家に入れないのはしつけと窮屈な中で生活させるストレスを考えてのことだったが、さすがにこの状況では庭にいさせておけない。
「うん。そうしたい」
・・・・・え?
「今どっちがしゃべった?」
「雄太がしゃべったよ。私もそうして欲しい」
と朝陽が言う。
口が動いていないのに声が聞こえた。
心の声ってやつ?
「じゃあ、おいで。でもいたずらは駄目だからな」
「私そんなことしないよ」と朝陽
「いいから早く」と雄太
がっつり日本語をしゃべっていた。
今の状況ではただただありがたい。
犬がしゃべることへの恐怖よりコミュニケーションが取れる喜びが勝る。
こんな異常事態なんだから当然だろう?
犬を家に上げるときに足を洗い、体も洗うみたいな事をする飼い主がいる。
私は反対派だ。
犬は犬の社会があってその中の常識を覚えさせない事こそ虐待と考えるからだ。
しつけをしないでしつけを動物虐待という人がいる。
そういうダメ親によって噛み癖がついて保健所行きの方がよほど虐待だから
人間社会と犬社会の常識の妥協点を見つけることが大事だと思うから
私は家族であっても線引きはしっかりしていた。
朝陽と雄太は足を拭かずに廊下から寝室まで上げた。
何より私自身が不安だったからだ
少し家の周りの状況を確認しておこうと二匹を和室に上げて
「ちょっと周り確認してくるからいい子にしててな」
そう伝えて行こうとすると
「待って、一緒に行く」
「私も。ご主人がいないと私たち生きる意味ないから」
すごいわんこである。
世界一と言って憚らなかったが、ここに来て宇宙一の忠犬だと確信するが
そんなこと言ってる場合じゃねぇ。
42年物のDの者である私がついに魔法使いになったと思うことにしよう。
再度玄関から外に出て家の周りを一周してみる。
賃貸の借家であるこの家は表札だけとってつけた形でついている。
門柱から表札のある壁伝いに左手を壁につけて一周する。
もし家の敷地から完全に離れたら今度はどこかに一人だけで飛ばされそうで怖かった。
ちなみにリードは予備を使っている。
普段使いのリードは伸縮するリールタイプだが、細くて今は怖い。
リードにも色々種類があるので、私は結構コレクション的に買いそろえていた。
家から出て門の向こうは草原でただただだだっ広い。
左側は川が流れ、その向こうには森が見える。
背面には森がはるか遠くに見えている。
右側は山がそびえたっていた。
私にサバイバル能力は皆無です。
それでも食料はネット通販かスーパーで十分生活できるけど焼くだけの味付け済みの肉くらいしか調理の経験はない。
こんな状況で電気が通ってるわけはないよな。
絶望感が半端ない状況に自分が死ぬことはどうでもいいけど、朝陽と雄太は何とか生きていてほしい。
ドッグフードは基本的にずぼらな私は半年分ほど大量購入している。
しかも、届いたのは昨日なので余裕があるが、私が食べるものは3日分
いや、炊飯器に冷蔵庫が死んだ状況では1日分だろうか?
この蒸し暑い状況では夏場にエアコン、冷蔵庫がない状況で腐らないはずはない。
まさに最悪だ。
トイレットペーパー等は問題なくても水が流れない。
風呂もない。カセットコンロもない。
人間ここまで絶望したらどうすると思う?
寝て起きたら元に戻ることを期待して朝陽と雄太と体を寄せ合って寝るしかないよな。
「朝陽、雄太、今日だけ一緒に寝てくれない?」
ちらりとこちらを見た二匹
「抱きつくなよ? あれ嫌いなんだよ。暑いし」
と雄太
「私は抱っこしてもらうの好きだけどね」
と朝陽。
「いや、朝陽も抱っこしようとしたら逃げるよね」
「そういう気分の時もあるでしょ」
まぁそういうことにしておこう。
基本的に柴犬は性格的にべたべたされるのを嫌う。
やたら甘えてくるときもあるけど3分で離れてしまう。
「じゃあ、おいで」
布団は暑いので掛け布団をクローゼットに片づけてベッドに二匹を呼ぶと飛び上がってきた。
「おおっ、何だこれ? すげえふわふわだな」
「何これすごいっ!」
ベッドの感触が気に入ったらしく二匹が喜んで上に上がってくる。
多分どこの何を踏んできたかわからない二匹をベッドに上げるのはよくないと思うけど
今、そんなことはどうでもいい。
とりあえず寝るか。
パニックで頭がどうにかなりそうなのに寝ようと思って寝れるものではないけど
できることもやることもない。スマホのバッテリーももったいないので無理やり目を閉じて何も考えないように意識しているとしばらくすると睡魔が襲ってきたので身を任せた。