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短編集・婚約破棄/悪役令嬢/断罪/ざまぁ/よくばりセット

元婚約者の横には、俺と同じ顔

作者: 裏有


国境沿いの森の中に家があった。振動の少ない馬車がごとごとと大きく揺れ、中に座っていた青年は顔をしかめっぱなしだった。やがて馬車が止まると、青年はサーベルを腰に差して家のドアを叩いた。はじめは控えめに、しかし、やがて出てこいと言わんばかりに大きな音で。片足でステップを踏むこと六百。ドアが開き、同じくらいの年頃の女性が顔を出した。


「殿下」

「中に入れてほしいのだが」


内側から開いた扉に、青年は遠慮なく踏み込んだ。


「しばらくほうぼうを探した。......息災そうで何よりだ」

「ご足労いただき、感謝感激に震えております」


言葉とは裏腹に、女性の顔はのっぺりとしている。とても再会を喜んでいるとは思えない、表情がなかった。


テーブルを挟んで二人は向かい合っていた。やがて、沈黙に耐えかねて青年が咳払いする。


「王室は正式に、貴女の名誉の回復を誓う。放校処分の撤回が具体的な名誉の回復だが、私個人は、もっと貴女を尊重すべく、貴女の家が行った追放に関しても、一言添えるべきと......」

「お引き取りください」


返事はにべもない。女性は変わらず感情の消えた顔で応対する。


「私は現在の生活に満足しております。ありもしない罪を着せられ、家を追い出されてここに流れ着きましたが、それまでの艱難辛苦はすべてここの喜びのためと信じております。私は今満たされているのです。過去を掘り返すような真似はお止めください」

「我が国はあなたを必要としているのだ」

「一度捨てた女をですか? 相応しい人はもっとおられるはずです」

「マリーナのことならば、彼女は......」

「断頭台に上ったと。それくらいは耳にしております」

「そう。公爵令嬢に罪を着せるという大罪によって」

「そして殿下をたぶらかした女としてですか。いずれにせよ、私にはもう関係のないことです」

「強情になるのはよくない。祖国はあなたを必要としている。過ちを認め、歩み寄ろうとしているのだ」

「私には既に国はありません。国を追われたとき、私の母国は消えたのです」


平行線だった。王子はいらだたしげに足踏みを繰り返した。この強情な女をどうやってこの薄気味悪い森から引きずり出して、国に戻せるのか。そんな彼の心境を見透かしたようにほうとため息をついた。


「既になんの肩書きもない平民として。率直な物言いをすれば、今さら、です。私はあなたの提供しようとするものになんの価値も感じません。私が望むのは平穏であり、ここにいることがすべてです」

「......かつての婚約者として、幼馴染みとして。私を助けてくれないか」

「それがどれ程みっともないか、今さら指摘が必要でしょうか」

 

王子は立ち上がった。机を回り、その細い腕を掴もうとしたが、その瞬間、彼女は露骨に顔をしかめてその手を避けた。

 

彼の動きが止まる。その目は薬指の指輪に向けられていた。とても貴族が贈るようなものではない、シンプルな安物の指輪。


「結婚しています」


王子のからだが震える。ごくり、と生唾を飲んだ彼は、血走った目で周囲を見回した。


「お望みであれば、お呼びしましょう」

「その必要はない」


王子の背後で声が聞こえた。反射的に振り返り、彼は凍りついた。

木こりの服をまとった自分がそこに立っていた。


「確かに顔は殿下に似ていますけれど、決してそれで彼に惹かれたわけではありませんので、ご安心ください」


固まる彼をふっと一瞥し、木こりの服の男は妻を庇うように立った。かつての婚約者は、そんな彼の胸元にそっと顔を寄せた。その幸せそうな横顔に、王子は手探りでソファに掴まった。


自分が逃した幸せがあった。自分ではない自分が、自分にそっくりな男が、かつての婚約者を己のものにしていた。


きっと復縁できるはずだ、かつての地位を、家を、すべてを元通りにさえすれば......そんな夢は、儚く散った。


視界にひびが入ったような気がした。



王子が消えてから、女性はゆっくりと肩を落とした。テイムしておいたスライムを撫でて、もとの姿へ戻していく。


結婚したというのはもちろん嘘だ。婚約破棄が人間不信になるほどのショックだったわけではないが、何となく、人間と付き合うのは疲れてしまう。


スライムに夫を演じさせたのも、その顔を王子のものと同じようにしたのは、言うまでもなく彼女によるものだった。希望を失った男は、過去にすがろうとする。しかしそこに、本来自分がいるべき場所に自分に似た男がいることこそが、男の心を折る方法だと、彼女は知っていた。


「このくらい、復讐にもなりませんわよね?」


 一人でお茶を飲みながら、かつての悪役令嬢は呟いた。


「私は今回、私を守るためだけに、こうしたのですから」



その後、王子が家を訪れることは二度となかった。



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― 新着の感想 ―
[良い点] 面白かったです。 短い中にドラマが集約していて素晴らしいです。 ありがちな婚約破棄のシーンやその後のゴタゴタは書かれていないけれど、文脈から読み取れますし、王子はそれで立場が危ういことも…
[気になる点] 話は面白かったですが、主人公も王子も恋愛をしていないのでジャンル違いが気になってしまい残念でした。 主人公は元より、王子も自分や国の都合だけで主人公を呼び戻そうとしているだけで、そこに…
[一言] おーじ様の底の浅さをふかーく感じますね。 逃した魚の大きさよ。 今度こそ幸せになってほしい彼女です。
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