88.廃屋病院を購入しました
保養所兼工場を建てられる場所を探して、●×不動産に来ています!
大所帯になったので、保養所が欲しい!
というのは建前で、社員の給与・税金・建物の維持費などの諸々を考えると、新たな事業を立ち上げてリスク分散するべきだと判断した。
売れるものと言えば、容子の服や宝飾のデザイン画だろう。
外注する方法もあるが、コストが高くつく。
手頃な値段で、誰でも可愛くお洒落を楽しんで欲しい。
と言う訳で、サクッと新ブランドの部門を立ち上げることにした。
多少交通の便が悪くても、手頃かつ広さがある場所を求めて●×不動産へと赴くことにしたのだ。
●×不動産のドアを潜ると、丁度担当してくれていた渡氏が、パアァツと明るい顔で出迎えてくれた。
「いらっしゃいませ、琴陵さん!」
「こんにちは、渡さん。新部門の工場を探しているんですよ。良い場所ないですかね?」
「そうなんですね。ささ、こちらへどうぞ」
下にも置かぬ扱いで対応してくれる渡に、何か気持ち悪いと思ってしまった。
一体何が、彼をこうまで変えてしまったんだ?
「渡さん、何だかご機嫌ですね」
「そう見えますか? 例の物件を売った後から、営業の成績が上がりまして。プライベート共に充実しているんです」
思わず、リア充爆発しろ! と心の中で毒吐いた。
「そうなんですか。羨ましいですね~」
「顔引きつってますよ」
ホホホッと返した言葉に、ボソッとアンナが突っ込みを入れる。
そこは、スルーしてくれよ!
「化粧品以外に何か扱うんですか?」
「ええ、服飾・装飾関係の部門を新たに事業展開するので、工場を建てようかと考えているんですよ」
「それでは、それなりの広さが必要になりますね……」
手を顎に当てて考える渡に、
「場所は、ネズミの国から車で約三十分のところ希望です」
と無茶ぶりを振ってみた。
「相変わらず、ネズミー大好きなんですね。要望は、場所の指定だけですか?」
その言葉に、渡の顔が大きく引きつっている。
「内装だけで済みそうな物件なら、特にこだわりはないですね」
「分かりました。工場に出来そうな場所を調べてみますので、少しお待ち下さい」
渡りは、キーボードをカタカタと打ちながら画面と格闘している。
私達は、出された緑茶を美味しく頂いていた。
茶菓子が出たら最高なのだが、そこまでのサービスは期待していない。
数分後、プリントアウトされた用紙をテーブルの上に並べられた。
一通り目を通すと、近くに温泉がある場所があった。
「この物件良いんじゃない?」
一枚の物件をアンナに見せてみたら、彼女も頷いている。
「最初に言っておきますが、それ曰く付き物件ですからね」
優良物件よりも、曰く付き物件の方が買い叩ける。
どうにかする手立てはあるし、問題はない。
「勿論、分かってます。告知義務ありと書かれてますし。病院の廃屋ですね? 写真撮った方は、大丈夫でしたか? 凄く嫌な感じするんですけど」
写真から、ドロドロとした怨念を感じる。
プリントアウトした画像ですら、そう思わせるのだから現地に足を踏み入れたら、常人ならまず死ぬ案件だ。
「琴陵さんって、そういう筋に詳しいんですか? この間も、曰く付き物件を購入されて何ともないみたいですし」
期待が籠った目で私を見つめる渡に、含みを持たせた言い方で返した。
「内緒です♡」
ガクッと肩を落とす渡に、ポンポンと肩を叩いた。
「この物件を購入します」
「それは構いませんが、下見に行きますか?」
「いえ、行きませんよ。行ったら確実に渡さんが死にますよ」
私やアンナは、加護がある。
私の神聖魔法でどうとでもなるが、同行者の渡は多分耐えられずに命を落とすか廃人になる可能性が高い。
「敷地面積も広いし、建物も比較的新しい。廃病院になったのもつい最近のようだし、内装さえすれば使えますね。念のため、内装工事の時に耐震チェックして貰えば良いかな? 近くに温泉もあるし、源泉を引き込めば施設内で温泉使いたい放題。親方に現地の職人さん紹介して貰うか……」
「そうですね。その辺りは、今のビルの内装が終わってから依頼してみてはどうですか? 特に急ぐ必要もありませんし」
「それで金額なんやけど……って、渡さん大丈夫か?」
唖然としている渡の目の前を手でフラフラして見せるが反応がない。
「渡さーん、大丈夫か?」
「……ハッ!! 済みません。意識が飛んでました」
素直で宜しい。
生気が戻った目をしている。
商談中に意識を飛ばすのは止めて欲しいものだ。
「それで予算の話をしましょう! 流石に一億は、ぼったくりです。曰く付きのヤバイ物件に出せても、2000万円が限界ですね。築年数も十三年。古くはないけど、新しくもない。この物件は、早々に手放さないと売主の家系は絶えますよ?」
場所は、ド田舎だから交通の便も悪い。
車がないと移動出来ないので、娯楽施設も少ない。
車があれば。ネズミの国にも東京にも行けるので立地としては悪くないと思う。
駅から徒歩三十分なら車で十分くらいの場所だ。
「しかし、2000万円に値引きするのは幾ら何でも無理ですよ」
「私は、他にも候補あるので無理に買う必要はないんですよね。この物件扱っているなら、早いところ売るか手を引いた方が良いですよ。今は好調かもしれませんが、要らぬ厄災被ります」
前回、四割近く値引きして貰っているので、一応忠告だけはしておいた。
渡の顔がドンドン青ざめている。
別に脅しているわけではない。
「少しお待ちを。電話で交渉してみます」
携帯を片手に奥に引っ込み、二杯目のお茶を飲み干してお手洗いから戻ってきた頃には、渡も席に戻ってきた。
「先方に相談しましたが、やはり2000万円は無理との事です」
「それなら、別の物件を探しますね」
あっさり引き下がった私に、渡が神妙な顔で言った。
「あ、あの……ここだけの話なんですが、売却人が自分と身内に起こる怪異現象を何とかしてくれたら言い値で売ると仰っているんです」
「話になりませんね。そういう輩は、解消された瞬間に話を覆しますから。それに、その怪異現象の根本は売却人の業ですよ。売れば多少マシになる程度で、恨みは血に付き纏う。それくらい恨み辛みが籠っているので手を引かせて貰います」
コピー用紙から怨嗟の声が凄い。
普通なら気分が悪くなるレベルなんだが、平然とこの物件を扱っている渡は、ある意味鈍感なのか凄い人物なのかどちらかだと思う。
「……もう一度、交渉してみます」
今度は目の前で電話を掛けていた。
交渉の結果、何故か私が電話に出なければならなくなった。
解せぬ。
「もしもし、琴陵です」
「あんたが、琴陵さんか!! 買う前に何とかしてくれ」
後ろで聞こえる死ね死ねのハーモニー。
音割れしてて聞き取り辛い。
「いや、無理ですわ。だって、貴方の自業自得ですもん。2000万円で売ってくれた後なら、今の状態から大分マシになると思いますけど。実験は楽しかったですか? 怨嗟の声が、凄いですね。相当な恨み買ってますよ? 貴方が死んだら、子供さん、その次は孫、後親類にも害が及びますよ」
「そんなのは脅しだ!!」
「じゃあ、TVとかにも出ている有名霊能力者に浄霊を頼めば良いんじゃないですか?」
「ぐっ……」
多分、頼んだ後なんだろうね。
グゥの根も出なかったのか無言になった。
「別にお宅の物件じゃなくても、こっちは良いんで」
と言って渡に携帯を返した。
「今後、●×不動産ではお宅の物件は取り扱わないので他の不動産会社にお願いして下さい」
と畳みかけている。
ナイスだ渡!
GJをあげたい。
そりゃあ、自分に災いが降りかかるのは嫌だもんな。
その言葉が決定打になり、2500万円で土地付きで曰く付き廃屋病院を手に入れる事に成功した。
その後は、勿論容子に浄化してもらうに決まっているではないか。
こうして、第三の拠点となる工場兼保養所を格安でゲット出来たのだった。