86.蟒蛇たちの攻防戦
方々に走り回って無事に内装の発注が終わり帰宅すると、グッタリとした容子達がいた。
「屍累々? どうしたよ」
容子に問いかけると、
「私一人で、全員の面倒を見るのは無理! 下着一つ買うにしても、お金の単位が分からないから会計も全部私がしたんだよ!! 過重労働だと思うんですけどー」
と文句の嵐。
こっちと向こうとでは、生活水準や文化が悉く違う。
それを説明せず、必要だからとすっ飛ばして外に出したのは私の判断ミスか。
それにしては、アンナとイザベラは特に疲れた様子はなかったように思うが、二人が規格外なだけのだろうか?
選択肢が多いと、人の思考は停滞すると言われている。
自分の好きなブランドを見つけるまでは、思う存分探求すれば良い。
給与の範囲内で自由に楽しめば良いが、出来ればイザベラのように壊滅的なセンスの無い服装を選ばないで欲しい。
「日本の一般常識は本と動画で勉強して、計算・接客に必要な業務も併せて勉強だね。仕事とは別で、平日のみ残業して一時間勉強して貰おうかな。先生役は、アンナと私と容子で回せば何とかなるっしょ」
何とかなると思いたい。
サイエスよりも、地球の方が先進的だ。
カルチャーショックはあるだろうが、私の元で働くなら一々細かいことを気にしていては務まらない。
アンナやイザベラほどとは言わないが、図太い精神を培って貰いたい。
日本は、食に並々ならぬ執念がある。
食に始まり、彼らが日本に染まる日も近いだろう。
「皆、お疲れ様。一度に色んな体験をして吃驚しただろうし、気疲れもあったと思う。これから毎日新しいことが、目まぐるしく襲い掛かってくるが、慣れるまでの辛抱です! 慣れれば、多少余裕が出来て周りと見渡せるようになる。そしたら、自分なりの楽しみを見つけられるんじゃないかな? 何はともあれ、少し遅いけどご飯にしよか」
パンパンと両手を叩いて夕飯だと言ったところで、ワルフに水を差された。
「いや、もう食ってきたんすよ」
「嘘でしょう!? 外食してきたの? 私は節約だって言って、宅飲みを強要するくせにー!! 酷いわー」
キィィイーッ! と金切り声で喚いたら、脳天にハリセンが飛んできた。
スパーンッと良い音がした。
むっちゃ痛い。
「じゃかあしいわっ! 大体、押し付けてきたの宥子じゃん。業務用スマホとパソコンの購入、人数分の衣服、必需品の購入諸々! 買い物と手続きだけで、どれだけ時間が掛ったと思ってるのさ。慣れない場所で、ガチガチに緊張する彼らをエスコートする身にもなれ。それも一人やなく十三人も! まだ、パソコンの初期設定が終わってないんだからね!」
げっ、藪蛇を突いてしまった。
「今は、食事の話でしょう。節約を豪語するなら、パンジーに夕飯を作って貰えば良かったじゃん」
話を戻そうとすると、思いっきり睨まれた。
「食材が無いのに、飯が作れるか。大体、パンジーに私の作ったご飯を再現出来るほどの力量はない! 今は、仕込み中だ。お前は、黙っとけ。つか、話逸らすな」
これ以上文句を垂れると、禁酒と嫌がらせ飯の刑になる気がする。
ここは、しおらしく謝るべきか?
「済みません。じゃあ、私がつく……ガハッ!」
言い終わる前に、容子の拳が私の頬に抉りこんだ。
軽く吹っ飛び、床にゴロゴロゴロと転がった。
殴られた頬に治癒を掛けて、容子を怒鳴りつける。
「いきなり顔面をグーで殴るか!!」
「お前に調理場荒らされたら手も出るわ」
荒らすって酷い言い草だ。
いや、そもそもキッチンに立ってもいないのに殴るってDVで訴えるぞ!
「大体、お前が作るもんは全部最終兵器になるやん」
「何よ! その最終兵器な彼女的な例え方」
「お前の料理そのものが、最終兵器だって言ってんの! あんた達、絶対に宥子をキッチンに立ち入らせんな。宥子の作った飯を食ったら、最悪三途の川を渡る事になる」
容子は、ぐるりと新人諸君と古参を見て言い放った。
「あの、サンズノカワとは何ですか?」
挙手しながら質問したのは、イーリンだ。
他の面々も分からないって顔をしている。
「三途の川ってのは、死後の世界と現世の間にある川のこと。死んだことないから、本当にあるかは知らん。宥子の料理を食べたら、死亡一歩手前まで行く」
容子よ。
ざっくり三途の川を説明しているが、その例えは酷くね?
姉ちゃん泣くぞ。
隅でシクシクいじけて居ると、ポンとアンナが肩を叩いて言った。
「皆さん外食して来たみたいですし、私達も外食しに行きましょう。駅前にある居酒屋さんが気になっていたんですよ」
滅茶苦茶良い笑顔をしている。
駅前の居酒屋だと何店舗かあるがアンナの好みなら、
「のん兵衛マル八のことか?」
と聞いたら大きく頷かれた。
あそこは料理はそこそこの美味しさだが、酒の種類はピカ一だ。
この憂さ晴らしに飲みに行くのも良いね!
「うしっ、じゃあそこで夕飯食べよう」
気分も浮上し意気揚々と出かけようとした私達に、
「ああ、二人のご飯なら冷凍庫に作り置きがあるから、それ食べてよ。外食という名の飲みは禁止。発泡酒は、二本までな~」
と容子に釘を刺された。
「何で容子らは外食して、私らはダメなんよ!!」
「そりゃ、改装費や備品揃えるのに金がかかるからに決まってるでしょう。それに、外食させたら諭吉さんが軽く三枚は飛ぶ」
「そんなに飲みませんよ!」
アンナも必死にアピールするが、容子はガンとして許してくれなかった。
「蟒蛇四匹も要らん。どうせ二人で飲んで帰ってきたら、蛇二匹がグダグダ五月蠅いからダメ! 絶対認めない。どうしても外食したいならお小遣いから出して」
小遣いという名の給与は、社長なのに月20万円。
税金や保険料や何やら出したら、手取りで16万円くらいだ。
個人的な貯金もしたいから出来るだけ使わないようにしてるのに、自分のお金で飲み食いしたら直ぐにすっからかんになる。
「ううっ……宅飲みで我慢する」
「仕方がないです。そうしましょう」
グスグスと半泣きになりながら、冷蔵庫をガサガサ漁って冷凍食品をチンして食べた。
とっても味気なかったとだけ記しておこう。