85.ビルの内装依頼してきました
翌日、内装工事を手掛けてくれた工務店を訪ねた。
「済みません。琴陵です。十時に八代社長と面会予定なんですけど。いらっしゃいますか?」
約束の時間より十五分早いが、受付嬢にお伺いを立ててみる。
「琴陵様ですね。少しお待ち下さい。お調べします」
内線で私の来訪を伝えた受付嬢は、こちらですと応接室に案内してくれた。
待っている間、温かいお茶を出してくれる。
お茶を飲みながら待つこと数分。
ガチムチのおっさんが、良い笑顔を浮かべて現れた。
「琴陵様、お待たせしました」
「八代社長、態々呼びつけて済みません。急ぎの仕事を頼みたくて。特急料金は弾むので、仕事受けて貰えませんか?」
昨夜、テレビ電話で軽く事情を説明してあるが、実際に受けるかどうかの話までに至っていない。
「大口案件は嬉しいですが、急ぎの仕事を受けるとなると、現在手を付けている内装工事の納期が遅れますよ?」
「それは、問題ないです。今、頼んでいる内装に少し手を加えて頂きたい」
アンナが作った資料を見せる。
八代の経営はどんぶり勘定だが、職人気質で腕の良い従業員を沢山抱えている。
その人柄の良さもあってか、横の繋がりも強い。
見習いにも声をかければ、作業時間は大幅に短縮されるだろう。
工賃を根切り過ぎるとCremaの悪評を立てられかねないので、仕事に見合った報酬を適正価格で払うつもりだ。
お金に関しては、Cremaの金庫番アンナの交渉術の出番だ。
「改装の変更点は理解しました。五階の再改装をするのは構いませんが、既に引っ越されたのでは?」
「完全に引っ越したわけでもないので、気にせず工事しちゃってください」
八代は、変なところで鋭いな。
「優先は、五階からで宜しいですか?」
「はい。パーテーションを増やして個室を作りたいので、時間はそんなに掛からないと思います。三階から二階も四分の一は、住居スペースにしたいと考えています。五階のミニチュウア版ですね」
イメージ図をテーブルに広げると、八代は神妙な顔になっている。
「一階は、店舗スペースでの設計に変更は無いんですね?」
「はい。各階にトイレとミニキッチン、シャワールームの設置をお願いします。二階は、大きな作業台も欲しいですね。四階は、フロアの半分を壁で仕切って、三畳の部屋をパーテーション区切って作って下さい。二十部屋お願いします。絨毯は、朱色でお願いします」
「ネット回線も引くのかい?」
「ええ、勿論です。その回線の配管も設置して貰えますか。デザインは、全てお任せします。後、前回紹介して貰った宮大工さんに一階に神棚を作りたいので話を通しておいて貰えますか? 特に四階と五階は至急取り掛かって下さい。通常の1.5倍は出します」
「今回も気前が良いねぇ。そんなに儲かっているの?」
「いや~、改装費でトントンですわ」
苦笑いを零しながら、アンナとアイコンタクトを交わす。
「費用の予算ですが、五階と四階の施工費で2300万円。三、二、一階を合わせて2000万円でどうでしょう?」
昨日のうちに、アンナに材料費や他者に依頼した際の料金を調べて貰った。
掛かる費用を計算したものを算出して、1.5倍の金額を提示している。
「急な仕事の依頼だ。少し上げて貰わないと頷けないな」
足元見てくるなー。
ここで頷けば相手の思うつぼだ。
アンナに釘を刺して貰おう。
「パーテーション一枚が定価1万円程ですし、LAN配管・椅子・机も発注します。材料費の単純計算だと、約1000万円もかかりません。特急料金として総額1000万上乗せしてます。それ以上の値上げは、こちらも金銭的に無理です。受けて頂けないのであれば、別の会社に発注しますが……」
「受けないとは言ってない。他の仕事も抱えているしなぁ。納期前倒しでやるから、もう少し色付けて貰えないか?」
アンナがチラリと私を見たので、机の下でパーを見せた。
「では、更に500万円追加でどうでしょう?」
「うーん……それなら良いか。急ぎと言うからには、五階の作業はいつから入れば良い?」
「今日からお願いします」
うふっと言ってみたら、怒られた。
「無茶にも限度があるだろう!」
「あはは、冗談です。早急に着工して貰いたいんですけど、どれくらいで入れます?」
八代は壁に貼ってあるカレンダーを見て、何やらぶつぶつ呟いている。
今抱えている仕事と回せる人材の確保、工事に必要な材料の納品など計算しているようだ。
「そうだな。早くて二週間だ」
二週間なら、サイエスに渡って時間潰せば良いか。
イザベラのレベル上げもあることだし、向こうに居れば二日のロスで済む。
いや、地球に残って社員旅行という手もある。
これは、一旦家に持ち帰って家族会議だな。
「それでお願いします。手付金500万円おいていきますね。領収書お願いします」
トートバッグを通して、拡張空間ホームから100万円の束を5つテーブルの上に置いた。
「本当に、琴陵さんは金払いが良いな」
「ローン嫌いなんで、ニコニコ現金払い上等ですよ。では二週間後、ビルに来て下さいね。その時に微調整しましょう」
領収書やその他諸々の書類にサインしたりしていると、八代がふと思い出したかのように言った。
「琴陵様の仕事を受けて以来、仕事が舞い込むようになりました。紹介した宮大工の親方も、嬉しい悲鳴を上げてるみたいですよ」
ガハハハッと豪快に笑う八代に、私の口元が引き攣る。
ヘビ様効果が、こんなところにも表れたのか??
「神原さんですね。一階に設置する神棚をお任せしたかったんですが、市販のものに頼るしかなさそうですね」
社を任せた腕利きの職人さんだ。
本当にいい仕事をしてくれた。
曰く付きで誰も嫌がって受けてくれなかったお社の建設を引き受けてくれた有難い人だ。
四十代半ばと働き盛りで、後輩はどんどん独立しているのに親方の元をガンとして離れなかった人である。
その親方である加賀見氏も、七十歳で第一線で活躍している宮大工職人だ。
「琴陵様なら受けてくれると思いますよ。私から連絡してましょう」
と言うやいなや、行き成り電話をかけ始めた。
呆気に取られる私達を他所に、勝手に話を進めている。
電話を切り終わった後、八代はグッと親指を立てて良い笑顔で言った。
「神棚作りOK出ましたよ。今回は、若い衆にやらせて経験値を稼がせたいと言ってました」
「神原さんじゃないんですか?」
「神原さんは、別の仕事を手掛けている最中で手が離せないそうです。回せるのが若手連中なので、ミニチュアのお社を作らせたい考えみたいですよ」
おっふぅっ!! なんか話が飛んでいるんですけどぉ!!!!
加賀見親方の下に居る職人達の腕が良い事は分かっている。
しかし、こうも勝手に決められると納得できん。
「若手の職人さんが作るなら、少し値段は下がりますよー。もう、八代社長が勝手に決めるん勘弁して下さいよ」
「琴陵さんなら、絶対親方のところを選ぶでしょう。良いじゃないですか。これも経験と思って受けて下さいよ」
と頼み込まれた。
しかし、アンナが黙っているわけがない。
彼女は、ニッコリと笑みを浮かべて言った。
「予算に限りはあります。後日、その若手の職人さんも交えてお値段を決めましょう。加賀見親方にも二週間後、弊社へお越し頂くように伝言お願いしますね」
こ、怖ぇええ!
修羅が居た!!
勝手に話を進められたのが気に食わないんだね。
アンナは、人にペースを乱されるのが苦手みたいだし仕方がないか。
「……っと、話し込んでしまったみたいですね。工事お願いしますね」
「お任せ下さい」
宜しくお願いしますと頭を下げて、私達は工務店を後にした。