84.帰還
自宅の鍵を出して、日本に帰還した。
最上階の個室は、奴隷の人数分用意出来ていない。
子供と女性は、優先して個室のベッドで寝て貰う事にした。
残った野郎共は、部屋が整うまでリビングで雑魚寝だ。
古参以外は、全員目を丸くして呆気に取られている。
「さて、色々聞きたい事とかあると思うが、まずは中に入って。絨毯のところは土足厳禁だからね。靴は、横に設置された下駄箱に収納して頂戴」
そう言って順番に扉を潜らせる。
エレベーターの付近は、土足OKなようにコンクリートむき出しになっているが、段をつけて朱色の絨毯が敷かれている。
三畳くらいの広さがある玄関を抜けるとドアが一つある。
扉を開ければ三十畳くらいのリビングダイニングが見え、その奥に仕切られた部屋がある。
60インチの大きなTVと、それを囲むように配置されたローテブルとソファが鎮座している。
唖然とした元奴隷諸君の背中を押し、全員中へと詰め込んだ。
「これだけ人が居ると少し狭く感じるね」
容子の言葉に、私の小さな溜息が漏れる。
中古ビルと言っても、建物の大きさは小規模のスーパーくらいだからね。
ワンフロアぶち抜いて、パーテーションで仕切れるような構造にしてある。
後から部屋数を増やせるように設計したのも、奴隷が増えることを想定しての考えだ。
備え付けのトイレは、男女別で各フロア三箇所あるし、新たに設置した脱衣所と風呂は大きい。
十人が一度に入れるくらいの大きさで作っている。
身体を洗うだけならシャワールームを作れば良いのだが、私が風呂好きな事もあって、私財を投入して大きな浴槽を設置して貰った。
私は、お風呂で足を伸ばしてのんびりしたい派だ。
「容子の言う通りだけど、徐々に奴隷を従業員にする予定で部屋を作っていたからなぁ。部屋数が、足りないのも狭く感じる要因だと思うよ」
「だよね。空き個室は五つ。やっぱり突貫で、いつもの業者に頼むの?」
「うん。四階から二階までは、住居スペースを確保した作りに変更する方向で修正した方が良いかもしれないね。パンジーの能力で私がサイエスに居なくても、行き来出来る。従業員の数が増える可能性もあるし」
Cremaは、日本とサイエス両方の生活基盤を支える柱になる。
日本で雇った従業員とサイエス組がバッティングしないようにする方法も考えないといけない。
「本気で? 奴隷を増やす気か?」
「商品を製造・販売するにしても人材とスペースがいるからね。奴隷が増えるのはやぶさかではないよ。まあ、色々準備は必要だけどね」
問題は、山積みだ。
まずは、目先の問題を片付ける方が先だ。
「さっきも言った通り、古参と女子供以外は全員リビングダイニングで雑魚寝。早急に個室を作るので、それまでの我慢してね。私物は、拡張空間ホームに自分の名前フォルダに収納すること。まずは簡単に、現在の状況説明するから黙って聞いてね」
元奴隷諸君に、ここが別世界であること。
私の目的と今後の方針・現状をざっくり説明した。
「--と言うわけで、これから皆さんは地球とサイエスの二束わらじで働いて貰います。必需品は、容子が買い物に引率するので好きものを買って来てね。パンジーの分は、容子が好み聞いて選ぶように。アンナは、私に同行して業者と打ち合わせ。ここまでOK?」
あらかたの説明を終えて、食事や布団はどうするかと言う話になった。
こちらの時間的に夜だ。
食事は出前にして、布団無しで暖房を付けて寝ることで決まった。
翌日、起きたら容子指導の下パンジーが食事の支度をしていた。
The 和食といった定番メニューが出てきたよ。
「ご飯に味噌汁、漬物と卵焼き……。せめて後一品出してくれても良いのに」
「そんな材料ない。一気に人が増えて、冷蔵庫の中身もすっからかんだからね」
確かに、合計十八人+四匹で一週間分の食材が、一度で消えるわけだ。
「一人当たり予算五万円な。スマホとパソコンは、会社名義で購入宜しく。手続きは、容子が代表してやれ。購入した物は、拡張空間ホームに収納しておくこと。容子の名刺渡しておくわ。ベッドなどの手配は、私の方でやるから安心して良いよ。アンナ、業者との打ち合わせと時間の調節宜しく」
「分かりました」
「了解。宥子、何で私が副社長なんよ?」
名刺の肩書を見た容子が、思いっきり苦い顔で私を睨んでいる。
「肩書があった方が、何かと都合が良いでしょう。よっ、脱ニート」
「……面倒臭い」
別に販路拡大しろとか言って訳ではない。
名ばかりの役職を全うしやがれ、この野郎! とは口には出さなかった。
出したら、絶対嫌がらせ飯になる。
「そろそろ、病院の通院を再開したい。一時的に腰痛を治してたけど、一度病院で検査受けた方が良いかも。継続的な通院が必要になるのは辛い」
腰痛を治癒やポーションで緩和させていたが、根本的な解決に至っていない。
期間も開いているし、確実にレントゲン検査と血液検査が待っていると思うと憂欝な気持ちになる。
「あの……病院って何ですか?」
はいと、チルドルが挙手をした。
そうか、サイエスでは馴染のない言葉かもしれない。
「うーん…、怪我や病気を治する場所かな」
「教会って事ですか? その病気は、ポーションや神聖魔法では治せないんですか?」
素朴な疑問に、私はどう答えたら良いものかと悩んでいたら、容子がズバッと言った。
「宥子の場合は、寛解しても完治は無理。背骨数が、普通の人より少ない上に骨と骨の間が狭いからね。生まれ持ったものだから、思わぬところで腰を痛めるんよ」
「クソ妹よ。その割には、腰へダイレクトアタックしてくるよな? それは、どう説明するつもり?」
私の症状が分かっていて、腰を強打してくる容子に殺意すら湧く。
「相手の弱点を攻略するのが、一番定石でしょう」
「お前は何と戦っているんだ?」
「うーん、この世の理不尽? これでも手加減はして腰回りをほぐしてあげているのだよ」
あれで私の腰のコリをほぐしていると言えるのか?
否、どう考えても悪意だろう。
胡乱気に容子を見る私に対し、彼女はシレッと無視を決め込み病院の説明を続けた。
「病院は、サイエスで言うところ教会だと思ってくれて良いよ。ポーションは、うーん……こちらで言うと薬局が該当するかな。魔法で怪我を完治させても、病気を完治させることが出来ない。アンナ以外は、戸籍が無い。日本で活動する上で、色々不便が出ると思う。その辺は、宥子が手配しているから何とかなるでしょう?」
最後、サラッと面倒な事を押し付けられた気がする。
この人数分の戸籍を用意するのか。
久世師匠に頼めば、用意してくれると思うけど、一体お金が幾ら飛ぶか分からない。
その辺り、他のもので代用出来ないか相談しておこう。
「ここに居る皆は、私達の家族。協調性は大事。でも、本当に嫌なことがあるなら、先ずは相談してね。言葉にしないと分からない事もあるし。治癒魔法やポーションで治せない病気もあるからね」
「そうそう、我慢を重ね取ったら心が壊れるし。それは、私達としても不本意だからね」
私の言葉に、容子が相槌を打つ。
経験者は語る。
「容子、明日は彼らのこと宜しく。私は、業者に一報入れるわ」
一足先に食事を済ませた私は、内装を受け持つ業者に連絡を入れた。