76.不動産巡りをしよう
翌朝、柚木達が出勤する前に、イザベラとワウルを家から追い出さなければならない。
ちゃんと説明する予定だが、今はそのタイミングではない。
ということで、
「私とアンナは、不動産巡りしてくるので、容子が二人の面倒を見ること」
「家で面倒を見ろってことか?」
「違う。この二人を連れて服などの必需品を買ってこいって事。スマホは社名で契約すること。パソコンは、会社の経費で落とすから領収書をしっかり貰うように。イザベラとワウルは、隠密を常時発動して行動する事。戸籍に関しては、久世師匠に相談する。それまでは、目立つような事はしないように」
隠密を発動していれば、感が余程鋭くなければ誰も気に留めないだろう。
彼らのスキル向上にも繋がるので、戸籍を用意できるまでは隠密行動を取って貰うのが最善だろう。
異世界からの密入国者だしね。
柚木や篁姉弟は、戸籍が出来た時点で二人を従業員だと紹介するのが良いだろう。
「予算は? 後、柚木さん達にも会わせて大丈夫?」
「予算は、一人10万円。パソコンは、20万円前後なら可。柚木さん達への顔合わせは、二人の戸籍が出来てからにする。カルテットにお留守番して貰って、柚木さん達が退社したら自宅に戻って良いよ。もし、泊まり込みになるようならホテルでも取れ。その際の領収書は、社名にする事。以上」
私は、それだけ言い残してアンナを連れて自宅を後にした。
行く先は、勿論不動産屋だ。
中古ビル丸ごと購入を実現させるために、物件探しをする事だ。
何件かの不動産会社を巡って、漸く条件に合うビルを見つけた。
五階建ての築4年のビルで、新築と云っても過言ではないのに叩き売りされている。
地価相場で考えれば2~3億前後の物件が、消費税込みで5000万円で売りに出されていた。
これは、曰く付き物件なのだろう。
間取りを見ると、全フロアが事務所になっている。
トイレとコンロが全フロアに付いて、エレベーターと階段も完備されている。
間取り図だけ見れば、物件としては魅力的だ。
実際に見に行くと、霊感のない私でも悪寒が止まらないくらい本能でヤバイと悟った。
案内してくれた不動産の社員にズバッと聞いてみた。
「ここで何かありました?」
「はい。神社を潰して建設したため、怪異現象が多発しまして。入居される会社が、次々と倒産しており買い手が見つからないんです。ここだけの話、売主は現在療養中で親族の方が代理で売りに出しているんですよ」
意外にもあっさりとゲロッた。
瑕疵物件と判断するには、少し弱いが隠して売った後に揉め事を起こしたくないのがヒシヒシと伝わってくる。
「その潰した神社は、何ていう神社ですか?」
「姫嶋神社の分社だと聞いてます」
蛇を祀っている神社ですか。
やりなおし神社として、一部では有名な神社だ。
決断と行動の神様『阿迦留姫命』は、美の女神でもある。
化粧品を扱う会社としては、是非とも縁を結びたい神様だ。
しかし、神社を潰した場所に建物を建てた時点で分社の神は怒り狂っているのだろう。
本社は、『住吉大神』や『神功皇后』もお祀りされている由緒ある神社だ。
一度伊勢に行って天照大御神の許可を貰ってから、本社にお参りして事情を話して許可を得た後でビルを購入するのが一番安全だな。
「済みません。この物件キープ出来ますか?」
「買うつもりですか!?」
私の言葉に買い手が付くとは思ってもみなかったのか、案内してくれた社員も驚いている。
神様に祟られた曰く付き物件を購入しようとする酔狂が現れれば、驚きもするわな。
「神様に祟られたビルを5000万円で購入は無理です。土地付きで3000万円なら、即金で購入しますよ」
「……一度、売主と相談させて下さい」
半額まで値切らなかったが、結構強引な値下げを要求している自覚はある。
神様の恨みを買っている時点で、売主もだが不動産会社も早々にビルを手放さないと危ない事になる。
足元を見て値切り交渉している自覚はあるので、後は売主がどう返事をするかだ。
今は売主と入居者が厄を貰っているが、時間が経過すれば関わった者全てが厄を貰う事になる。
この物件を見つけたのは、何かの縁だ。
丁重に祀り直せば、私たちに利益を齎してくれるはず。
「良い返事を期待しています。出来れば、なるべく早く返事を決めて下さい。こちらに厄が降りかかるようなら、手を引きますので」
と言って携帯番号を交換して、不動産の社員と別れた。
物件の目星はついたので、次は神社巡りだ。
「良いんですか? 私でさえも尻込みしそうな雰囲気でしたよ」
「日本の神様は、荒ぶる神様ばかりだからね。ビルを建てる前に、神主を呼んでちゃんと手続きを踏めば怒りを買う事もなかっただろうに。何もせず神社を潰すとは、罰当たりな事をした売主が悪い」
吐き捨てるように言うと、アンナは首を傾げた。
「神社は、教会みたいなものですか? ヒロコ様の口ぶりだと、神様は他にもいらっしゃるのですか?」
「そうだよ」
私の回答にカルチャーショックを受けたのか、アンナが狼狽している。
「この世界では、神様が沢山いらっしゃるんですね……」
「それは、国によって異なるかな。日本は、八百万の神がいるからね。八百万っていうのは、いっぱいって言う意味だよ。この世に存在する全てのものに、神様が存在するという考えね。いつでも何処でも神様は、直ぐ傍にいる。まあ、人が神様に祀られることもあるけど。外国は一神教が多いかな。良くも悪くも神様は神様。願ったところで何かしてくれる存在じゃない。人の心の拠り所であり、畏れ敬われる存在かな」
「それって意味があるんですか?」
「さあ? 信仰するしないは自由だし、強要するものでもない。でも、居ると考えたら凄く素敵だと思わない? 困った時の神頼みって言うし」
信仰心が深いかと言われると自信はないが、神様の存在は信じている。
「それは、少し分かるかもしれません。私も新しい事業に携わる時や、怪我した時などは教会に赴きます」
前半は分かるが、後半は異世界ならではなので無視しよう。
「話は戻るけど、日本の神様は沢山存在している。ここまではOK?」
「はい」
「神様の格にもランクがある。祟り神になっている神様よりも格上の神様のところに行って、祟り神を丁重に祀る代わりに商売させて下さいってお願いしに行く」
「失礼な事かもしれませんが、神様に親近感が湧きました」
「でしょう? 三重に伊勢神宮がある。そこに日本の最高神が居を構えてるから、今から向かうよ」
「了解です」
私は、容子のスマートフォンに電話を掛けたが留守番電話に切り替わったので伝言を残し、その足で伊勢神宮に向かった。