71.奴隷って何?
私達は、一旦自宅に戻ることにした。
自宅に戻って早々、容子はアトリエに籠ってノルマを作っている。
その間、私とアンナは容子の装飾品・装備品・服の販路と人手をどうするか相談していた。
「人を雇いたいけど、私らの秘密がバレるのは避けたい」
「三人で回すにしても、限界があります。借金奴隷を買うのは、どうでしょう? 奴隷契約する時に、誓約魔法でギチギチに縛れば情報漏洩は出来ませんよ」
アンナの口から奴隷という言葉が出てきたのに、私はちょっと驚いた。
「サイエスでは、奴隷はメジャーなの?」
「普通ですよ。中堅から大商会には、奴隷を働かせるところもあります。奴隷にも人権はありますので、契約違反や虐待を行えば主人が罰せられます」
アンナに奴隷について詳しく聞くと、大まかに二つあった。
犯罪奴隷と借金奴隷だ。
犯罪奴隷は、何等かの犯罪を犯した奴隷で一生奴隷から解放されない。
最低限の衣食住が揃っていれば、何してもお咎めなし。
家畜と同列に扱われているため、力仕事や嫌な仕事は基本的に犯罪奴隷が行う事が多い。
借金奴隷は、借金の形に落とされた奴隷で借金の代金+利子を主人に支払えば自分を買い戻すことが出来る。
犯罪奴隷と違い、人権はあるので虐待や衣食住を怠ると通報されて主人が罪に問われる。
「情報を守るなら、借金奴隷を購入して誓約魔法で口止めする方が良い。デメリットは、借金奴隷を養うお金が必要ってことでOK?」
「その通りです」
アンナの言いたい事は分かったが、今すぐ借金奴隷を購入する事は出来ない。
住む場所の確保が難しいからだ。
「奴隷を従業員にするのは良い案だと思う。ただ、現時点で衣食住を用意してあげれるほどの甲斐性がない。拠点を購入できるようになってから考えよう」
私の返答に、アンナは少し残念そうな顔をした。
馬車馬の如く扱き使っている自覚はあるので、人員補充は早急に解決しなければならない問題だ。
奴隷を買うまで、咲弥さん経由で人を回して貰えるか相談してみよう。
「話は変わるけど、容子の作品は上手く売れると思う?」
「ギルドに丸投げでも利益は出ます。何分、無名作家ですので在庫が掃けるまで時間が掛るかと思います。ギルドに卸す分とは別に、露店販売をするのも良いかと」
アンナの助言に、容子には追加で各種50個ほど作って貰おう。
欲しがっていた魔石をチラつかせれば、渋々だが作るだろう。
「複製で作った基礎化粧品セット(劣)も売り捌きたいんだけど、どうしたら良い?」
複製のレベル上げと、在庫確保を兼ねて出来そこなった在庫を破棄するのは気が引ける。
売り物にならない品をお金に変えたいが、どうしたら良いか分からないのでアンナに相談したら意外な答えが返ってきた。
「お試し品という事で、格安で提供してみては如何でしょうか? 一度試して実感出来れば、購買意欲に繋がります。付録付き雑誌と感覚は同じです」
流石アンナ、生粋の商売人は違うね!
私は、俄か商人だ。
付録付きの雑誌という発想は無かったわ。
「付録……良いね! そのアイディア頂きます。カラーコピーした紙を和綴じした冊子を付けて売り出そう」
懐かしいわ。
薄い本を手作りしていた時を思い出す。
「良いですね。ただ、冊子を付けるとなるとお値段が高くなりませんか?」
「カラーコピーと紙代が掛かるだけだから、精々100円もしないよ。冊子の見本ね」
手渡したのは、昔書いた同人小説。
有名な絵師さんと仲良くなり、一度だけ格安でイラストを描いて貰ったものである。
殆どは文章だが、所々に白黒の美麗な挿絵が入り、表紙はカラーコピーされた某同人誌の王道ジャンルのカップリングが載っている薄い本だ。
私が書いた中で一番マシな作品である。
BLに抵抗がなければ、濡れ場は朝チュンで終わらせてあるので、サラッと読めるだろう。
「紙に拘らなければ、コストはかなり抑えられるよ。コピー紙で十分でしょう」
無言で食い入るように小説を読んでいるアンナには、私の声は届いてなかった。
彼女が読み終わるまで暫く待つか。
待つこと三十分、煌々とした顔で読み切ったアンナの姿があった。
「面白い物語でしたわ」
「絵も凄かったでしょう」
「はい、このような本は初めてです」
「それは、同人誌だからね」
「同人誌って何ですか?」
良く分かっていないアンナの為に、同人誌や腐女子、BLなどの知識を植え付けた。
後に立派な貴腐人になり、コミケやアニメイトにも足しげく通うようになるとは想像しなかった。
「原作は私の部屋にあるから、暇な時にでも読んで良いよ。さっきの薄い本は絵だったけど、写真をコピーした場合がコレね」
容子と私がネズミの国で撮った写真をカラーコピーした紙を手渡した。
「これは、素晴らしいですね。画質は荒いですが、見本としては分かりやすいかと思います」
頬を染め若干興奮気味に喋るアンナに、これは売れると確信を持った。
基礎化粧品セット(普)・(良)・(極)をスマートフォンで色んな角度から取り、一番出来の良い物をカラーコピーすることにした。
ホームページの広告で使った私のスッピンと化粧後の写真も載せた。
嫌だったが、実例の体験談はあった方が良いとアンナのゴリ押しで決定した。
煽り文句も考えて、雑誌名は考えるのが面倒臭かったのでCremaに決めた。
「後で、容子の作った物も撮って冊子を完成させないとね」
冊子のレイアウトをあれこれ考えていたら、十二時を回っていた。
「そうですね。それよりお腹空きません? ご飯の支度して容子様を待ちませんか?」
「そうだね。籠って結構時間も経っているし、ご飯の用意位はして待ってあげるのも優しさでしょう」
全部、容子が作ったものなんだけどね。
盛り付けするだけで終わるのが楽で良い。
丁度盛り付けが終わった頃に、容子がお腹空いたと戻って来た。
「うぅ~腹減った。ご飯は何??」
「ごぼうサラダと蟹の味噌汁に鰤の照り焼きです」
アンナが本日のメニューを朗々と語っている。
すっかり地球のご飯に慣れたのね。
「カルテットにご飯先にあげるわ」
私に一言入れて、容子はカルテットの飯を用意した。
<おーい、カルテット、ご飯だぞ!>
飯の一言に、ワラワラと集まってくるカルテット。
それぞれの皿に乾パンとマウスが入っている。
馬鹿二匹からブーイングの嵐があるのに、容子は完全に無視している。
全員が揃ったところで、
「「「頂きます」」」
の合図でご飯争奪戦が勃発した。
洗い物が面倒だから大皿で出したのだけど、取り合いになるとは思わなかった。
「ちょ、その部分は私の!」
「一番美味しいところは私が食う!」
私の箸を押しのけ、鰤の一番美味しい部分を取ろうとする容子との攻防に、隙を突いたアンナの箸が一番美味しい部分を抉り取った。
「「あぁああああああああ!!」」
「食卓は戦争なんです。ムグムグ、美味しい」
私達に感化され過ぎじゃないか?
前は、もっと謙虚なお嬢さんだったのに。
今では、堂々とおかずを奪いに来る始末。
値切りのアンナを改名して大食いアンナにしたら良いのに!
と思っていたら、キッと睨まれました。
私の考えが読まれたか?
いや、念話は使ってない。
女の感って奴なのか!?
負けじと次に美味しい部分を掻っ攫い、ごぼうサラダも食べつくす。
容子は、しっかり自分の分を確保している。
おかず争奪戦は、アンナと私の一騎打ちになった。
完食したが、食い足りない。
「もう少し量があっても良いですね」
アンナも同じ事を思ったのか、蟹の味噌汁を啜りながら量を増やせと要求している。
「デザート出そうか?」
デザートを出そうとする私に対し、
「いやいや、滅茶苦茶食べてたでしょう。作り置きしてるデザートは、三時のおやつです! デザートは作ってません!」
と、容子は大きく両手を交差して×印を作っている。
「「何時食べるの!? 今でしょ!」」
思わず、どこかの某塾講師の物真似が同時に炸裂した。
「……食べるなら冷凍庫に入っているかき氷にして。私は、腹一杯やからパス」
一抜け宣言をした容子は放置して、私は冷凍庫を漁り練乳増し増しのかき氷を頬張った。
「容子、今度露店販売するから追加で各50個作って。MPポーションは、そこにあるからMP切れる前に飲みなよ~」
と言ったら、思いっ切り睨まれた。
「作ってくれたら、欲しがってた魔石(大)一つ個融通するけど?」
「……分かった」
魔石(大)に釣られて、容子は渋々引き受けてくれた。
後50個頑張れよと、心の中でエールを送ったが、届いたかどうかは不明だ。