69.商談しましょう後編
応接室に通され、ギルドマスターを呼び出して貰って数分。
何やら冷や汗を掻いたギルドマスターと思しきおっさんが飛んで来た。
仕事が早くて、大いに結構。
アンナがセブールでは専任だった事は、王都のギルドマスターも知っているだろう。
有能な人ほど時間を大事にする。
目の前の彼は、前者のようだ。
「容子様は、相槌を打って下されば問題ありません。全てお任せ下さい」
アンナが、容子に小声で念押ししている姿に笑いを噛みしめる。
相当気合が入っているようだ。
容子印の装飾品及び、装備品の販路を開拓する気満々だ。
私の出る幕は無さそうだ。
「ギルドマスターのマリオン・ドミトリーだ。ようこそアンナ嬢、それと可愛らしいお嬢さん達。噂は、王都まで届いているよ。お逢いできて光栄だ」
渋いイケおじ感じの紳士が、臭い台詞を吐いた。
お嬢さんと言える年ではないのだが、隣に座っている容子も微妙な顔をしている。
「ヒロコと申します。こちらは、妹のマサコです。本日は、商談をしに来ました」
すっと綺麗に背筋を正し、軽くお辞儀をする。
容子はアワアワしながら頭を下げていたが、お前には何も期待してないから大人しくしとけ。
「ふふ、して噂の美の魔法薬を売って頂けるのですかな?」
「それにつきましては、私が説明致します」
アンナが、ニッコリと笑みを浮かべながらマリオンを牽制している。
彼らの背後にハブとマングースが、睨み合っている光景が見える。
怖っ!!
「美の魔法薬は、ヒロコ殿が作っておられるのでしょう? アンナ嬢が、口を挟むのは筋違いでは?」
「ヒロコ様は、私のマスターです。交渉役として望まれてお傍におりますので、何も問題ありません」
二人の間に火花が散って見える。
これは、幻視か?
無言を貫いても良いが、アンナとマリオンの組み合わせは相性が悪いのか話が進まない。
「この度、王都にも美の魔法薬を商業ギルドに卸そうかと考えております。それとは別に、妹が作った物も卸したいと考えているのです」
私の言葉に、マリオンの眉がピクリと動いた。
「妹殿の作った物ですか。どのような物ですかな?」
「服飾及び装飾品ですね。今、身に着けている服なども妹の手作りですよ」
「王都でも見ない服装だと思ったが、妹殿の手作りか。胸元の装飾品も、彼女が作ったのかい?」
「手に取って見てみますか?」
クリップタイプのブローチを外してマリオンに手渡すと、彼は胸ポケットからルーペを取り出して色んな角度からブローチを観察している。
「これは、ブローチではないのですか?」
「ブローチで合っています。留めるのが、ピンではなくクリップ仕様になっています。服を傷付けずに着けられるのが特徴です」
「台座は銀を使用されているようですね。石は、低級モンスターの魔石ですね。石のカッティングが、素晴らしい。金貨20枚…いや、金貨25枚で如何でしょう? 身に着けられているドレスも、是非鑑定させて貰いたい」
食い付きが良いな。
用意した品は、斬新なのだろうか。
私は、チラッとアンナを見る。
アンナは、サッと予備のドレススーツを鞄から取り出しテーブルの上に広げた。
「サンプルでしたら御座いますので、ご安心を。ブローチは一点物となります故、こちらをどうぞ。こちらのブローチは、下級の結界魔法が付与されております。一度切りの使い捨てになりますが、貴族子女を相手にするなら売れますよ? 最低でも金貨150枚からですね」
ボッタクリ発言に、マリオンが苦虫を潰したような顔をしている。
「金貨150とは高過ぎる!!」
うん、私もそう思う。
彼の反応は、想定内だ。
最初から金貨150枚で売るつもりはない。
金貨100枚で売れれば、ラッキーくらいに考えている。
無名作家の作品を高額な金額で売れるとは思っていないが、売り捌く交渉はアンナがするので私と容子は観戦モードに切り替えた。
「命と引き換えれば、安い買い物だと思いますよ」
「金貨80枚でどうだろうか」
足元を見てるな~。
アンナの目から光が消えた。
これは、マリオンを敵認定しちゃったぞ?!
「商談は、不成立ということで。ヒロコ様、マサコ様帰りましょう」
席を立とうとするアンナに、マリオンが金額を吊り上げて再度交渉に挑んできた。
「金貨100枚ならどうだ!」
「王都の商業ギルドのみに卸そうと思っていたんですが、残念です。独占販売無しでなら、金貨135枚が妥当でしょうかね」
「売り上げの実績がないだろう。金貨120枚だ!」
「王家へ直接献上しても良いのですよ? 金貨130枚。これ以上は値下げしません」
値下げ交渉を打ち切ったアンナに、マリオンは唸り声を上げている。
暫く重い沈黙の後に、彼は大きな溜息を吐いて言った。
「最初に提示された金貨150枚で買い取ろう。その代わり、この商品は王都の商業ギルドでのみ取り扱いさせて貰えないだろうか?」
おお、最初に提示したアンナの値段で落ち着いた。
チラッと容子を見ると、ポケーッとした顔で二人のやり取りを見ている。
<容子、ボケた顔を晒すな。アンナが、提示した内容で進めるぞ?>
<う、うん。それで宜しく>
<了解です>
念話で話を纏めて、アンナが代表して二つ返事で了承した。
「分かりました」
凄い舌戦の末に、当初の金貨150枚を引き出したアンナの手腕は『値切りのアンナ』と言われるだけはある。
「ブローチの量産は、可能だろうか?」
アンナは、私の顔をチラと見つめてきたのでニヤッと笑みを浮かべ、親指を立てると小さく頷いた。
「同じデザインであれば、一ヶ月50個卸せます」
妹を馬車馬のように働かせるつもりなんですね!
素敵、アンナさーん!
なんて冗談はよして、50個か。
容子の複製スキルを上げるに丁度良い訓練だと思えば良いだろう。
容子、強く生きろ。
アンナは、無茶は言っても無理なことは言わないから出来る。
容子は、諦め悪くアンナのスーツの裾を引っ張っているが、無視されていてワロリンヌ。
「新作になれば、お値段も変わってくるのだろうな。その服も、売る気は無いのかね?」
「新作ブローチの件は、追々話を詰めましょう。服も販売予定ですよ。ただし、先程のブローチよりも高額になりますが」
アンナの言葉に、マリオンは首を傾げる。
「それは、素材が高価だからと言う事だろうか?」
「それもありますが、性能が桁違いに凄いということです」
とアンナが切り返した。
「まあまあ、口で説明するよりサンプル品の服を鑑定してみて下さい」
アンナからバトンタッチされて、サンプル用のドレススーツをテーブルの上に広げてみせた。
マリオンが、鑑定石でドレススーツを鑑定してものの見事に固まった。
初見なら、そうなるわな。
アンナも私も、ドレススーツを見て固まったくらいだし。
このサンプル品を鑑定すると、ドレススーツ:防刃・物防+12000、魔防+10000、付与清掃・温感調節と表示されている。
容子曰く、洗わなくて済むズボラスーツらしい。
ボタン役割をしているのは、綺麗にカットされた屑魔石だ。
タグの部分には、楽白の糸を利用して容子と刺繍されている。
「ドレススーツと言ったが、冒険者用の服の間違いではないのか?」
信じられないものを見るように、サンプルと私の顔を交互に見ている。
アンナは、容子に目くばせし説明を促している。
「一般の服ですよ~。どちらかというと、職業婦向けに作った服です。一応、カジュアルなドレススーツなので、敷居の低いパーティなら出れると思いますけど。防具なら、これが手頃ですね~」
容子は、テーブルの上に防具一式のサンプルを出した。
マリオンは、防具一式を鑑定してまた唸った。
マリオンが何か言いたそうなのを察知した容子は、ヘルプの視線を私に向けて来る。
アイコンタクトで黙っとけと念押しすると、戦線離脱とばかりに容子はお茶を啜って大人しくしている。
「この防具も素晴らしい品ですな。 是非とも作り方を伺いたい」
「飯の種をお教え出来ませんわ。生産ギルドで特許申請する予定なので、いずれ作り方は分かると思いますよ」
と言っておく。
「商業ギルドで特許申請をしてくれ!!」
必死だね。
でも、商業ギルドで特許申請出してもあまり旨みがないんだよね。
「商業ギルドは、服や防具を卸しましょう。生産ギルドに特許申請は出しますが、これと同じものを作れるとは限りません。ある意味、独占状態ですよ」
フフフと笑みを浮かべて、容子以上の物は作れないと断言したら、マリオンはすんなりと特許申請の件は引いてくれた。
聞き分けが良い人は好きですよー。
頭でエアソロバンを弾いている姿が目に浮かぶわぁ。
「服のみオーダーメイドで、注文を受けましょう。ただし、こちらは庶民です。無作法を許してくれる方に限ります。ブローチと防具に関しては、一定数納品するということで宜しいでしょうか? 素材次第では、内容の変更ありと付け加えて下さい。貴族の仲介は、マリオンさんが行って頂けると助かります」
貴族とコネクションが作れる絶好の機会だよ~と匂わせると、マリオンはニヤリと悪どい笑みを浮かべている。
やっぱり商人って腹芸が出来ないとやっていけないんだね。
再認識したわ。
「分かりました。そちらの手配はお任せください」
「話は変わりますが、こちらは御存じですか?」
取り出したのは、基礎化粧品セット(普)である。
「これは! 王都でも噂になっている美の魔法薬ですよね?!」
「ええ、これも王都でも卸したいと考えています。転売する輩のせいで、こちらも商売の邪魔をされているので牽制も含めて卸したいと考えているんですよ」
琴陵印と謡って、偽物まで出回っている。
そんなの私が許しません!
「これは(普)ですが、改良した物を用意しました。豪商向けの基礎化粧品セット(良)は、金貨50枚。貴族向けの基礎化粧品セット(極)は、金貨74枚で販売しようと考えています」
基礎化粧品セット(良)と(極)を見せると、マリオンが食い入るように見て言った。
「これも、我がギルドで独占販売して頂けると!?」
食いつきが良いね。
でも、独占販売は認めてません。
「王都でも卸しますが、他の場所でも卸します。Sランク冒険者でもあるので、素材調達などで国を離れることもありますしね。独占販売は、まず無理です」
「商会を作ることは考えておられないのですか?」
「今のところは、考えていないです」
「では、王都に滞在している間は卸して頂けるということで宜しいでしょうか?」
マリオン、粘ってくるね。
商業ギルドを通して卸すつもりだから良いんだけどね。
「ええ、構いませんよ。先程提示した金額で販売して下さい。取り分は、商業ギルドが一割です」
「そこは、三割でしょう」
「いえ、一割です。別に商業ギルドに以外に卸しても良いし、露店で売っても良いと思っていますので。卸す個数もまず、(普)を1000セット・(良)を700セット・(極)を200セットと考えています。取り分一割でも、大きな金額が商業ギルドに落ちますよ? 嫌なら、取引は白紙ということで構いません」
それ以上欲をかくなら卸さない、と笑みを浮かべたら、
「その内容で承ろう」
と即答された。
うしっ、第一関門突破だ。
「良い商売を」
「ああ、良い商売を」
握手を交わし、大まかな商談は成立した。
後日、基礎化粧品セットの量産に悲鳴を上げる私と、同じく装飾品や装備品・服などの複製に悲鳴を上げる容子がいた。