68.商談しましょう前編
無事Sランクに昇格しました! と、喜んでいられない。
メリットも大きいけど、デメリットもある。
その大きな要因は、指名依頼と強制依頼だ。
Sランク冒険者を指名するには、莫大なお金がかかる。
勿論、ギルドが間に挟まるので中抜きされたはした金で雇われる事になる。
指名依頼に関しては、のっぴきならない事情が無い限り拒否は出来ない。
強制依頼は、冒険者側に拒否権が無い依頼である。
世界を巡って邪神をぶっ殺す算段を付けなくてはいけないのに、足枷が付くと分かっていたらランクを上げなかったのに!
本気要らねぇ。
嬉しくないわぁー。
唯一、冒険者の権利として戦争へ介入不可という条項があるだけマシか。
「何、黄昏てんのさ。戦争の道具にされないだけマシだと割り切りなよ」
「早々、指名依頼も強制依頼もありませんよ」
容子とアンナに発破を掛けられ、私は萎えた気持ちを奮起させた。
「そうだよね。ぼやいても仕方がない。商談に行こう!」
「その調子です。王都でも、ヒロコ様の基礎化粧品セットの名は知られていますからね。この機会に、王都で店を構えて売り出しませんか?」
と、アンナが商い話を持ち掛けて来る。
基礎化粧品セットが、王都でも噂になっているのか。
嬉しいが、今回は別の目的があるのだよ。
容子が作った物を売り捌きたい。
「店を構えたら、動けなくなるから却下。
容子曰く、王室御用達と謳われる店の殆どが自分で作るより数段劣る物ばかりだと豪語していた。
唯一褒めていたのは、魔鉱石を使った食器だ。
お値段もさることながら、魔法付与されている物は安くても金貨百枚は下らない。
「魔鉱石を使った食器を逆輸入して日本で売れないかなぁ」
「高値では売れないだろうね。久世師匠達へのお土産にはなるんじゃない?」
サイエスで購入できる商品に、購買意欲を掻き立てられるような魅力は感じられない。
逆輸入できる品を見つけるには、気の遠くなりそうな時間が必要になるだろう。
「それよりも! 今日は、容子の作った物を売り込むんだから気合入れてね。作るだけ作って放置されても困るのよ」
借りた宿の一室で、容子特製のお洒落可愛いスーツに着替える。
容子に女性誌(付録付き)を片っ端から読ませ、よく似た形に刺繍やレースをちょい足しアレンジを加えたドレススーツだ。
「着替えたら化粧して商業ギルドに乗り込むよ~」
リクルートスーツでは様にならないので、態々ドレススーツを作らせたのに、容子は早々に一抜け宣言をした。
「私関係ないしパス」
「何言っているんですか! 製作者が居てこその商売です。早く着替えて下さい」
アンナは、容子の首に縄を括って引きずってでも商業ギルドに連れて行く気満々だ。
言っていることは間違ってないので、アンナの意見に同意を示す。
「容子の顔を売る為に、態々アンナと私が骨を折って販路を確立させるために動いているの分かってる? 作ったら作りっぱなしは止めろ。金になる物を作れ。後、お前に拒否権はない。お前は、赤べこのように頭を縦に振っとけ。分かったか?」
容子に商才を期待してない。
端から戦力外通告をしてやったら、容子は地味に凹んで笑える。
化粧は、Your Tubeで研究して何とか形になった。
化粧を施した事で、コケシが市松人形にランクアップしたくらいの変化した。
素直に喜べないのは、何故だろう……。
ファンデーションと口紅の試作品を使ってみたが、仕上がりはまずまずと云ったところだ。
グロスやアイシャドウ・マスカラは、まだ開発出来ていない。
今後、チークとアイシャドウも開発して売りに出したい。
口紅は、ベビーピンク・ワインレッド・マッドレッドの三色用意した。
容子はベビーピンク、アンナはワインレッド、私はマッドレッドを塗っている。
化粧をしてギリ成人に見られる童顔を、年相応に見られたいのが本音だ。
「うーん……マッドレッドだと唇だけ浮くなぁ」
「ベビーピンクを重ね塗りすれば良いじゃん」
鏡を見ながら唸っていると、容子がアドバイスをくれた。
私は、彼女のアドバイスに従って口紅を重ね塗りした。
「どうかな?」
「さっきよりはマシになった」
失礼な事を宣う容子に対し、
「似合ってますよ」
アンナは、ちゃんと褒めてくれた。
社交辞令だったら悲しいが、マッドレッド単体よりは混ぜた方が良かったようだ。
しかし、化粧一つで顔が変わるのは恐ろしいね。
化粧をしていたら、化粧美人の称号が取れそうだ。
「準備も出来たし、出陣だ!」
儲けるぞと意気込む私とアンナとは正反対に、消極的な容子を引きずって商業ギルドへ向かった。
商業ギルドも、王都ならではと言うべきか。
規模が違う。
大手デパートかっ! て突っ込み入れたくなる大きさだ。
王都の商業ギルドマスターへの渡りを付けるのは、アンナの仕事だ。
私や容子では、アポがあっても会えるか分からないしね!
アンナは、カウンターで仕事をしている職員に声を掛けている。
「セブールのアンナです。マリオン様にお会いしたいのですが、いらっしゃいますか?」
「値切りのアンナさんですか!? 何故ここに?」
相変わらず恥ずかしい二つ名だね。
折角美人なのにアンナ形相が、凄い事になっているよ。
渋い顔を見ると、二つ名は気に入ってない事を物語っている。
「恥ずかしいので、その二つ名は止めて下さい。それより、ギルドマスターにお会いしたいのですが。お会いできますか? 出来ますよね?」
困った顔をした受付嬢に、私は心の中で合掌した。
あれくらい強引でないと、魑魅魍魎が跋扈する商業ギルドでやっていけないだろう。
アポなし凸されたら、幾ら知人でも通すわけにはいかないのは分かる。
それを見越して、ちゃんと手段を用意しているのですよ。
アンナがチラッと、私の顔を見て来たので小さく頷いた。
アンナは、ショルダーバッグから基礎化粧品化粧品セット(普)を取り出して受付嬢に差し出した。
「これ、ご存じありません?」
化粧箱に入った基礎化粧品を見せると、受付嬢はガン見している。
「こ、これは……! セブールで噂になっている美の魔法薬ですよね? どうやって手に入れたんですか?」
受付嬢の目が、ハンターになっている。
掴みは、上々だ。
アンナは、ニンマリと笑みを浮かべ囁くように言う。
「基礎化粧品セットの改良版の販売と、とある作家が手掛けた商品の販路開拓の為に顔を出しました」
意味深な言葉を含めて差し出した指輪に、受付嬢は手袋をはめルーペを取り出して鑑定している。
鈴蘭をモチーフにしたシルバーリングには、綺麗にカッティングされた小さな屑魔石が嵌められている。
容子曰く、小回復しか付与出来なかった駄作らしい。
屑魔石の使い道が出来たのは喜ばしいが、屑魔石では中回復付与は殆ど出来ず失敗作を量産した。
デザイン以外はダメな、と駄目出しした品である。
「小回復の付与魔法付きの指輪。しかも可愛い!! どこで手に入れたんですか?」
「それをこれからギルドマスターとお話しするんですよ。ご都合は、如何かしら? サンプル品なので、差し上げますよ」
アンナは、シレッと基礎化粧品セットと鈴蘭の指輪を渡している。
「ありがとう御座います。直ぐに呼びますね。」
現金なもので、受付嬢は渡された袖の下をいそいそと仕舞っている。
ポケットないないにするのか~。
まあ、良いんだけどね。
後で怒られないと良いけど、私には関係ないよね!
チラリと私に目配せをするアンナに、グッと親指を立てて満面の笑みを返した。
私の意図をくみ取って、良い仕事をしてくれる。
若干一名怯えている容子がいるが、放置だ。