64.もう直ぐ年末調整の時期です
やっぱり、原付バイクは良いね。
ガソリン代は掛かるが、移動手段としてはかなり優秀だ。
アンテッドモンスターの巣窟を抜けて、やっと原付バイクの出番が来たよ。
容子の前衛的な神聖魔法に笑ったら、嫌がらせ飯にされて落ち込んでいた気分も少しだけ浮上した。
「近くの村に立ち寄って、ドロップ品を売り払う?」
寄り道するかと聞くと、容子は珍しく首を横に振った。
「お金は沢山あるし、さっさと報告済ませた方が良いんじゃない?」
「そうですね。私も容子の言葉に賛成です。ダリエラが何か仕出かす前に、報告をしたいので真っすぐ王都を目指しましょう」
その言葉に、今回はどこにも立ち寄らず真っすぐ王都を目指すことになった。
拡張空間ホームに眠っている素材もドンドン増えいるし、素材を吐き出してお金に換えたい。
獣道を走りながら、合間合間に自宅の鍵を取り出してサイエスと自宅を行き来した。
立ち上げた会社の運営と二束わらじの活動は、想像以上にハードである。
柚木と篁姉弟が雑務をこなしてくれているので、今はギリギリ回せている状態だ。
王都と目と鼻の先にある森で、私達は一旦自宅へと戻った。
「社長、お帰りなさい。不在中の注文票です」
柚木に渡された注文票は、厚さ三センチは越えている。
「本気で?」
「バイト増やして下さい。篁姉弟だけでは、コールセンター業務は回せません」
パラパラと内容を見ると、約一万件近い注文数になっている。
受注生産で安いとは言い難い値段なのに、注文が殺到しているのは嬉しい悲鳴が上がる。
「基礎化粧品セットの梱包と発送作業が間に合ってないようだけど。柚木さん、大丈夫? 顔色悪いよ」
「お三方が、中々戻って来なかったから泊まり込んで仕事してたんですよ!」
とキレられた。
「えっと、ごめんね? 時間外労働・休日出勤手当とは別に、三人には特別賞与を出すよ。篁姉弟と交代で休んで。座布団で悪いんだけど、それ畳の上に敷いて敷布団代わりにして頂戴。直ぐに布団買ってくるから」
「ちょっと相談してきます」
柚木が篁姉弟に仮眠の順番について話をしている間、私は容子にアンナを連れて布団を買いに行って貰った。
二人が戻ってくる間に、篁姉→弟→柚木の順番で休憩を取るとのこと。
アンナもいるので、三人纏めて仮眠してくるように促した。
「もう少し、頻繁にこっちに戻っておけば良かった」
ガッデムと頭を抱えている私に、頑張れと背後で応援しているカルテットと容子がいる。
「頑張れの中に容子も入っているんだけど。琴陵印の化粧瓶の制作は、容子が担当でしょう。検品と梱包は私が中心に行うから、アンナは電話対応だよ」
「帰っても仕事とか嫌だ。誰だよ、会社作ろうなんて言った奴は」
「容子だよ! 化粧品でお金稼げって言ったから、会社まで立ち上げたのに。つか、口コミ怖い。広がるスピードが速すぎる」
「受注生産に切替えたのに、そんなに注文来てるの?」
「これ見ると分かるよ」
渡された紙を見せると、容子がうわっと悲鳴を上げている。
「私は梱包・発注作業に取り掛かるわ。それぞれ持ち場に行って仕事して頂戴」
アンナを仕事部屋に送りだし、容子は拡張空間ホームに作ったアトリエに行ってしまった。
私は、三人が起きてくるまで延々と梱包作業をしていた。
受注生産も数を制限しないと、社員の体が持たないと痛感した。
一月5000セットに限定し、それ以上は予約注文へと変更するように広告を依頼した会社に修正して貰って再掲載し直した。
これで、少しは収まってくれると良いのだけど。
WEBサイトを作ってくれている会社にも連絡して、ちょこちょこレイアウトも変更して貰った。
サイエスの販売分も考えれば、こっちの世界では一月5000セットが限界だろう。
「容子は、瓶を各一万セット作ったら、梱包作業に移って。その際、宛名ラベルを貼り忘れないようにね。私は、基礎化粧品セットの作成をしてくる。アンナは、三人が起きてきたら引継ぎをお願い。変更内容は、この紙に書いてあるから読んでおいて。引継ぎが終わったら、容子を手伝って」
「分かりました」
「各自、仕事が終わったら全員で梱包作業と発送だからね! カルテットは、大人しく待機。邪魔したら、三日間ご飯抜き!」
そう厳命し、それぞれ仕事に移る。
拡張空間ホームで作業すると時間の感覚が狂うので、自室でもくもくと作成し、出来上がった物は拡張空間ホームのCremaフォルダに入れる作業を繰り返した。
半日かけて、一万セットを作り終える事が出来た。
心身ともにヘロヘロだ。
ステータスを見ると、
スキルを見ると薬師8→10になり、複製1という新たなスキルを取得していた。
同じものを延々と作り続けていたから、複製を得たのだろうか?
うーん、どういう経緯で取得したのが謎だ。
恐らく基礎化粧品セットを作っていた事が絡んでいるのは間違いないだろう。
「ちょっと試してみるか。複製」
化粧水(普)を複製したら、化粧水セット(劣)になった。
これは売りに出せない。
容子に要相談だ。
リビングに行くと、柚木とアンナがせっせと箱詰めをしている。
「容子の方は?」
「まだ、籠っているみたいです」
「流石に一万セットは、厳しいか」
私は半日籠ってノルマを達成したが、容子はそれぞれ異なる容器を四つ×一万セットなので、単純に四万個作らないといけない。
ご愁傷様ですとしか言いようがないが、ふと先程の複製を思い出した。
「ちょっと容子のところに行ってくる」
席を外しアトリエに行くと、容子がウガーッと唸りながら黙々と作業している姿があった。
声を掛け辛い。
無言で立ち去るのもあれなので、思い切って容子に声を掛けた。
「容子、ちょっと良い?」
「あ? まだ終わってないんだけど」
ギロッと睨まれた。
ヒーッ!!
同人誌の締め切り前みたいな感じになっている。
邪魔したら殺すオーラが半端ない。
「邪魔してゴメンね。ちょっと複製ってスキルを取得したんだけど。使えそうじゃない?
「何、そのチートなスキルは!?」
食い気味に来たぁぁあ!
同じものを延々と作らされるのは嫌だよね。
「調合しながら複製出来たらなぁーと考えていたら、何か取得していた。もしかしたら、容子も取得しているんじゃない?」
「よし、ステータスオープン」
容子のステータスの中にも、案の定と言うべきか複製のスキルがあった。
ただし、レベルは1だ。
「さっき、化粧品セット(普)の複製をしたら(劣)になったんだよね」
「言いたい事は、何となく分かった。瓶(極)を複製してみるわ」
複製した瓶は、どう足掻いても(劣)にしかならなかった。
ダメじゃん。
振り出しに戻ったと頭を抱える私に対し、容子はポンッと手を叩いて言った。
「複製のレベルが低いから(劣)になるのかも! ポイントでレベル上げて、再度複製してみよう」
容子と私、それぞれ複製1→10に上げて再度チャレンジしたら瓶(極)を複製すると瓶(普)が出来た。
瓶(良)だと複製して出来た瓶は(劣)になり、瓶(劣)で複製すると瓶(粗悪)が出来た。
複製のレベルを上げれば、元と同じ品質を複製出来るのだろう。
「瓶(極)をジャンジャン複製する」
複製する度に結構な魔力を消費するので、そっとMPポーションを置いてアトリエを出た。
MPポーションでお腹がたぷんたぷんになる前に、目標のセット数が達成出来れば良いなと思った。
日を跨ぐ前に、無事梱包まで終える事が出来た。
柚木と篁姉弟も泊まり込みで作業してくれたのには、本当に感謝しかない。
翌日、シロネコヤマトに集荷を依頼して無事発送した。
一万セットの送料も馬鹿にならないが、それ以上に稼いでいるので銀行通帳の0の桁が面白い事になっている。
来月は師走なので、確定申告も近い。
外注に頼むことも考えたが、琴陵家の内情を外に漏らすのは危険なので、私達の中で一番頭が良いアンナに税理士になって貰うことにした。
アンナは、確定申告するための税理士の資格を取ってもらうべく急遽勉強して貰っている。
元々、商業ギルドで似たような仕事をしていた事もあり、勝手は違えど飲み込みが早かった。
ギリギリで試験申込に間に合い、実際試験されるのは12月。
発表は3月だが、受かっているだろう。
アンナは、お金大好きで私と従魔契約したくらいだしね。
タイトなスケジュールでも、彼女にお金の管理を任せれば上手く使って試算を増やしてくれると信じたい。