58.ようこそ日本へ ⁑
長い一日だった。
やっと戻ってこれた。
愛しい自宅に!
「ちょっとストレス発散するために出掛けたら、災難が降りかかるわ、厄介事に巻き込まれるわで散々だよ。疲れたぁ。アンナさん、靴は脱いでね。我が家は、土足厳禁だから」
「あ、はい」
シューズボックスを指さして、土足厳禁を言い渡し、一直線にリビングへ向かう。
「本気で疲れた」
私は、ドサっとソファーに腰を下ろした。
テシテシとソファーを叩きながら、アンナを呼ぶ。
「アンナさんは、取り合えず座って頂戴。容子は、飲み物持ってきて」
と命令したら、容子は渋い顔をした。
「人使いが荒いな!」
ブツブツ文句言いつつも、飲み物の用意をしてくれる。
冷蔵庫の中身を確認した容子は、私達に向かって言った。
「コーヒー、紅茶、番茶、コーラ、酒。どれが良い?」
「酒って言いたいところだけど、歓迎会は諸々の準備が出来てからだよ。私は、コーラで。アンナさんは、何が飲みたい?」
「あの、紅茶とお酒以外は飲めますか? その聞いたことがないので、凄く興味があるんです」
アンナが知らないということは、コーヒーや茶葉も売れる可能性があるってことか。
「暫くこっちに滞在するから、好みの物を見つければ良いよ。容子、アンナさんは私と同じで良いよ」
「OK牧場」
切子グラスに注がれたコーラを見て、アンナの顔が曇った。
色が、色だしね。
躊躇したくなる気持ちは分かるわ。
「見てくれはアレだけど、甘くて美味しいよ」
個人的には、ビール片手にスルメを齧りたい。
今は、糖分補給が先だ。
カルテットは、それぞれ専用の水を用意して放置した。
「ヒロコさん、ここは一体どこなんでしょうか? あのドアは、何だったのですか?」
「説明なしに連れてきたから、アンナさんが混乱してるよ。宥子、最初に軽く説明しておくべきだったんじゃないの?」
アンナの様子に、容子が苦言を呈する。
言いたい事は分かるが、宿で話す内容ではない。
正直、他人に聞かれたくない話だ。
「百聞は一見に如かずと言うでしょう。実際に、見せた方が早い。ここは、別世界の日本という国の私の家だよ。私は、サイエスの邪神に拐かされた。その時に、日本の私物を使えるようにしろと交渉したの。共同名義の自宅があったから、結果的に日本に戻れたんだけどね。裏口か窓を使わないと、私は外に出られないんだ。私がサイエスに滞在していれば、契約した者もサイエスを行き来できる。時間の流れも違うし、その辺は追々話すよ」
「宥子の言う通り、一度に説明されても混乱するよね。それより、加護やスキルについて説明したら?」
容子の指摘に、私は確かにと頷く。
「まずは、必要なスキルを取得しよう。言語最適化・隠密・索敵・隠蔽の四つは習得して欲しい。言語最適化以外のスキルレベルは、取り合えず10まで上げれば大丈夫かな」
言語最適化のスキルがないと、日本語が読めないだろう。
日本語以外の多言語も理解できるようになる。
「宥子、加護はどう説明する?」
「崇め奉っている神様が、気まぐれで加護をくれたとしか言いようがないね。信仰しているのは、この国の神様だよ。加護をくれた神様は、須佐之男命と櫛稲田姫命の夫婦神。武神と農耕神で、御利益は長いから割愛するね。気になるなら自分で調べて」
「一神教ではないのですね」
「一神教の国もあるけど、この国は多神教だね。八百万の神様がいると信じられているんだ。国民全員に信仰心があるかは、別の話にだけどね。憶測になるけど、私が契約した者は加護が一時的に与えられた状態なんじゃないかな。貰えるものは、貰っておけば良いよ」
そう答えると、アンナは微妙な顔をした。
宗教観念は、早々変わるものではない。
今は、現状に順応することを第一に考えれば良いさ。
「アンナさんの部屋は、アトリエをそのまま使って貰う形で良いよね? 荷物は、拡張空間ホームに収納するし」
「作業部屋が、アンナさんの部屋ってことで良いんじゃない? 寝具や服などの買い出しもしないとね。部屋を案内するよ」
リビング横にある三畳一間の部屋を案内する。
作業部屋にあった物は、それぞれ拡張空間ホームの個人フォルダに仕舞った。
窓を開けて換気しつつ、物が無くなった部屋を掃除する。
これは、アンナにも手伝って貰った。
「狭いけど我慢してね」
「いえ、十分な広さです。個室を頂けただけで感謝しています」
と謙虚な返事が返ってきた。
いい子だ。
「布団がないから、必要な物を買いに行こうか。その恰好で出歩かれると、コスプレしている様に見えるし」
「そうだね。似合っているけど、外に出歩くのは注目を浴びるよね」
私の意見に、容子も同意し頷いている。
「そんなに変ですか?」
「目立つという意味では変かな。取り合えず、私の服を貸すから着てみて」
二階に上がり、ダボッとしたメンズパーカーにパンツを持って降りる。
着替えて貰うと、パンツの丈が短かった。
「分かっていたけど、身長差を考えればそうなるよね……。ウエストは入った?」
「少しキツイですが、何とか」
アンナの返しに、私は微妙な気持ちになる。
私もボンキュッボンになりたかった。
「凹んでも、お前が貧乳なのは変わらないぞ」
「容子、五月蠅い。罰として、アンナさんを家の中案内して来い」
私は、ブスッと不貞腐れてシッシッと二人を追い払った。
容子が家の中を案内している間、私はスマートフォンを使ってタクシーの予約とアウトレットモールの場所を検索していた。
郊外にあるが、入っている店は多様で必要な物は全て揃えることができる。
「一応、この家の案内は済んだよ」
一通り案内が終わったのか、容子がアンナと共にリビングに戻ってきた。
「お帰り。てか、お前…10000セット忘れてないよな?」
容子は鳥頭だから、忘れられてないか心配だ。
軽く睨むと、容子はサッとアンナを盾にして身を隠している。
「忘れてない! 言われなくても、ちゃんと作るってばぁ!!」
容子、涙目になって必死だ。
「それよりも、アンナさんに渡したかったものがあるの。サイエスとこっちでは、時差があるから時計を用意しました」
ジャジャーンと効果音をつけながら取り出した時計は、細身でバリキャリ風のお洒落な腕時計だが、GMT機能が搭載されている。
「それ、Rosemont Back In TimeのB910-YW-BRじゃ……」
上がサイエスの時刻を刻み、下は日本時間に合わせていると容子が説明している。
私には、ゴツイ腕時計しかくれなかったくせに。
扱いが酷くね?
「私も華奢な時計が良かった!」
勿論用意しているよね? と手を出して、クレクレ攻撃したら無いって言われた。
「既に持ってるでしょう。それで我慢しろ! これは、B910-YW-BRを模倣して作った試作品だよ。ドロップした素材で作った一点物だから宥子の分は無い。アンナさんは、今後広告塔になって貰う予定なんだからね。先行投資するのは当たり前でしょう。私の作った作品を身に着けて、色んなところで売って貰うんだから。平凡コケシは引っ込め!! 最初にあげたゴツイ時計を使っとけ」
と罵られた。
「平凡コケシは言い過ぎだ! お前も私と顔の造形が、対して変わらない癖に!!」
そんな乙女心が無理解な妹に対し、私は怨嗟の言葉を吐き続ける。
「それより、宥子は会社があるでしょうが。そっちを何とかしなよ。私は、アンナさん連れて必需品揃えて来る」
容子に、痛いところ突かれてしまった。
サイエスでも気の抜けないタヌキ共と商談、日本では化粧品セットの作成と発送作業と仕事が溜まっている。
「今日は土曜日だもん。土日は、休みです」
と言ったものの、気になる。
タブレットPCでメールをチェックすると、新規のお客さんがわんさかいたよ。
私の休日は、一体いつになるのやら。
完全予約制の商品だけど、規模がどんどん増えている。
今のところ、化粧品セットは私しか作れない。
出来上がった商品の梱包作業を外注することも考えた。
色々機密事項が多すぎて、他社に委託できない状況だ。
今後、事業拡大するなら私が作る同等の品質の物を日本でも作れるように量産体制を整えなければならない。
サイエスで奴隷を買って働かせる方法もあるが、行く行くは工場で同等の品質を作れるような設備を整える必要がある。
今の自宅をマンションに建て直して事務所兼自宅にするのもありか。
中古で買った家のリフォームは、以前からする予定だった。
それか、サイエスで稼いだお金を咲弥さんに現金化して貰い、マンションを一棟購入するか。
うーん、悩ましい。
ここら辺は、容子と応相談だな。
「私達は、買い物に行ってくるわ」
「私も一緒に行く」
私だって買い物してストレスを発散したいのだ!
「会社は休みでも、仕事があるだろうが」
「息抜きは必要です! 納期は守っているから大丈夫……と思う」
受注生産に切替えてから、今のところ納期は守られている。
と言うか、守っている。
数字を見ると眩暈を起こしそうになるが、調合から薬師になった事で作る作業が早くなった。
生産効率が上がったのは喜ばしいが、それに比例して発注量も増えている。
何時まで経っても追いつかない……。
でも、遊びたいんだ!
偶には、息抜きしたい!
そうじゃないと、私が死んじゃうよ。
ストレスで!!
「納期が問題ないなら良いんじゃない」
と同行の許可が下りた。
「予算はどうする?」
「うーん、十万円で良いんじゃない? 宥子は、欲しい物は自腹で払えよな」
「言われなくても分かってるわ! スマホの名義をCremaに変更して数台契約するけど良いよね?」
「構わないけど、何で今このタイミングで名義変更するのさ」
「柚木さんや篁姉弟、アンナさんと従業員が増えてきたからだよ。会社名義の方が、経費で落ちるでしょう」
柚木や篁姉弟には、最低限の機能しか付いていないスマートフォンにする予定だ。
これから従業員を増やす可能性もあるのだから、今のうちに税金対策を講じた方が良いだろう。
そんな事を考えながら、私達は予約したタクシーに乗ってアウトレットモールへ出発した。
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名前:アンナ
種族:人族[サイエス人]
レベル:3
職業:無職
年齢:22歳
体力:5
魔力:151
筋力:7
防御:8
知能:375
速度:1
幸運:412
■装備:白のシャツ・黒のロングスカート・レッドボアの革靴
■スキル:値切り53・交渉23・魔力操作1・生活魔法5・魔力操作1・風魔法2(中級)・並列思考1・言語最適化・隠密10・索敵10・隠蔽10
■ギフト:鑑定10
■ギフト:拡張空間ホーム共有化
■称号:ヒロコの従魔(制約魔法試行中)
■加護:須佐之男命・櫛稲田姫命
■pt統合
所持金:金貨21枚、銀貨8枚、銅貨13枚、青銅貨9枚
商業ギルド貯金:金貨1180枚・銀貨1枚・銅貨6枚・青銅貨6枚
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