55.商業ギルド受付嬢アンナの暴走
冒険者ギルドで報告と云う名の文句を言って、ちょっとスッキリした。
その足で商業ギルドに行き、基礎化粧品セットを納品している。
髪と肌が艶々した受付嬢が、ここ多くなっている。
モニターサンプルを渡しただけあって、良い宣伝になっているようだ。
本格的に販売しましょうと、鼻息荒くグイグイと言い募るアンナに負け、商品化したら爆発的な人気が出ました。
それを狙って、受付嬢限定で頼んだんだけども、ここまで口コミが広がるとは予想外の展開です。
今では、セブール内では誰もが知っている商品となっているとか。
流石、領主のお膝元の街だけある。
多分、領主の耳にも入っているだろうな。
元の世界と比べたら、この世界の人達の生活基準が低い。
正しく使用すれば、一週間で効果が出始める。
『即効性のある化粧品』と勘違いするもの無理はない。
念のため、個人差があることや注意事項を伝えた上での販売をお願いしている。
中級ポーション作りの時に、ついでに作った美容液(劣)の在庫が残っている。
正規品から弾かれた物なので、売り物にもならない。
しかし、格安でも良いから売り捌きたい。
という事で、アンナに相談してみた。
「相談に乗りましょう」
と、相変わらずVIP仕様の対応あざっす!
フカフカのソファーに座り、商談スタートだ。
「美容液について少し相談があるのですが」
「美容液も好調に売れていますよ。基礎化粧品セットは、噂を聞きつけた商人や貴族がこぞって買い占めに走って購入制限を掛けようか考えています。それで、美容液に何かありましたか?」
「買占めが起きているんですか。う~ん、買い占めたところで長期保存が効くものではありませんからね。私が推奨しているのは、精々一ヵ月です。それ以上は、効果は保証出来ませんよ。購入制限は、許可します。一人一セットでお願いします。バラで購入する分は、上限五個まででお願いします」
商人は、転売目的か貴族とのコネクションに使うつもりだろう。
貴族は、優位に立つ武器として使う可能性が高いな。
私は、多くの人の手に渡って欲しい。
一般庶民がお洒落を楽しみ、ここぞという時の為の下準備の投資として買って貰いたい。
だから、あの値段にしたのだ。
それをこんな形で壊されるのは困る。
「了解しました。それで、本題の美容液について何かありましたか?」
「これを見て貰えますか」
テーブルの上に置いたのは、美容液(劣)だ。
寝不足や疲労が溜まっている時に作ると、美容液だけは失敗してしまう。
薬師になっても、(劣)を生み出してしまうのだ。
溜まった美容液(劣)の在庫を吐き出したい。
「一般向けの美容液が金貨2枚なので、これは金貨1枚で販売したいと考えています。無くなり次第終了します。お試しという形で、単品販売出来ますか?」
「効果のほどは、どれほどですか?」
そこ気になるよね。
(劣)と言っても、同じ材料から出来ているから品質上問題はない。
「効果は人によって(劣)であっても、材料は変わりません。個人差があるので何とも言えませんが、(普)とほぼ同等です。捨てるには惜しいが、正規の値段では売れない代物と云ったところでしょうか」
ちゃんと説明になっているだろうか。
ちょっと不安だ。
プレゼンって難しいね。
「了解しました。お試し用という事で、単品販売のコーナーを設けます。私も、(劣)を試したいのですが宜しいですか?」
「構いません」
「分かりました。化粧水などで(劣)があれば、セットで売り出すことが出来ます。如何なさいますか?」
「今のところはありませんね」
そう答えたが、私は少し考えてから提案した。
「量は減りますが、二週間分の基礎化粧品セットに化粧落としをお付けするのはどうでしょう?」
「化粧落としですか?」
「化粧をしっかりと落とさないと、毛穴に汚れが詰まってしまいますからね。既存の化粧落としよりも、美容効果や保湿力があります。化粧落としも売り出す予定だったので、丁度良いかと思って」
「それは、良いですね。化粧落としのモニターは募集されますか?」
「お願いします」
「では、こちらで受付嬢を厳選しますね」
「今回は、性別に拘っておりません。男性でも肌トラブルなど抱えている方がいるのなら、その方をモニターにして頂いても構いませんよ」
前回は女性オンリーだったので、今回は男性も参加OKにしておいた。
冒険者はともかく、商人は身だしなみを求められる。
ニキビや体臭が気にしている方には、良いモニターになってくれるだろう。
「分かりました。ところで、先日マサコ様よりお売り頂いた杖はどこで入手されたのでしょうか?」
やっぱり来るよね、その質問。
適当にでっち上げても、直ぐばれるような嘘を吐くのはご法度だ。
ここは正直に云うか。
「手に入れたのは素材だけで、作って貰ったものです。ああ、先に言いますが製作者を教える気はありませんよ。私は、武器を販売する気は毛頭もありません。今回は、手違いで彼女が勝手に売り捌いただけです。私は許可してません」
そう、許可はしていない。
あんなフザケタ名前のチートアイテムを他人に売るなんて、鴨がネギを背負って鍋の前まで歩いてきているみたいなものだ。
「武器を売って頂ければ、更なる利益や中央とのコネクションも取れますよ」
他にも売って貰おうと画策しているのが丸分かりです、アンナさん。
私には、デメリットの方が大きい。
今回の一件で、注目を集めてしまっただろう。
今後、変な輩に目を付けられると色々動きに制限が掛かってしまう。
「正直に申し上げると、武器で得た利益や中央のコネクションは魅力的だとは思えません。私は、万人受けする物を売りたいのです。容子が売ってしまった杖は、世に出すつもりはありませんでした。今回の件で、私を囲おうとする輩が出るでしょう。囲われる前に、この街を去るつもりです。基礎化粧品セットは、訪れる街のギルドに卸します。そこは、安心して下さい」
そこから勝手に流通させて下さいねと暗に云えば、物凄く引き留められた。
「ま、待って下さい! この街を出られるんですか?」
「武器の件もありますし、何より冒険者ギルドの不祥事でひと悶着ありました。報告も兼ねて王都へ旅をする予定です」
私の言葉にショックを受けたアンナが、動かなくなった。
声を掛けても無反応なので、どうしようかと思案していたら容子から念話が入った。
カルテットが作ったフザケタ武器を買いたいという人がいるとのこと。
容子的に遠回しに無理と断ったみたいだが、全く通じなかったらしく私と交渉したとのことだ。
面倒臭いと思いつつも、納品の関係も考えて、明後日ならとOKを許可を出した。
会っても絶対売らないがな!
念話が丁度切れた頃に、アンナの意識が戻ってきたようだ。
「……はっ! 済みません。私としたことが」
「大丈夫です。急な事でしたから、戸惑いますよね」
「ヒロコ様、冒険者ギルドでどのような事があったのか差し支えなければ教えて頂けますか?」
うん? 何でそんなこと聞きたがるのか分からない。
だが、あの女が失脚するなら良いかとザックリと概要だけ話をした。
「……と言う訳で、王都のギルドへ直接報告に行こうと思っています」
「あの糞アマ……失礼しました。そう云う理由があったんですね。ヒロコ様、少し席を外しても良いでしょうか?」
「? 構いませんが?」
?が頭の上で乱舞している私を後目に、彼女はさっさと部屋を出て行ってしまった。
今回の目的は、一旦達成した。
後は、納品と代金の受け取りだけだ。
容子に念話を入れてみるが、繋がるけど酔っ払いみたいなフザケタ返答しか返ってこない。
多分酒場で飲んでいるんだろうなぁ。
ああ、羨ましい。
私もキンキンに冷えたYビールが飲みたい!
さっさと商談終わらせて、家でゴロゴロしたい。
うーあ”ーと、おっさんのような声が出たが気にしない。
今、誰も居ないしね!
三十分ほどでアンナが戻ってきた。
少しとは言われたけど、全然少しじゃないと思うのは私だけだろうか?
時間に正確な国柄なのか、日本人の働き蟻根性が染みついているからなのか、検証する気はないけど放置された気分だった。
「お待たせ致しました。私も、これからヒロコ様と共に行動致します」
「Why? イヤイヤイヤ、アンナさんお仕事どうするんですか! さっきモニターの件お願いしたじゃないですか」
「はい、その件は先程引継ぎを行いましたのでご安心下さい」
「ギルド職員が、勝手に出奔したらいかんでしょう」
「大丈夫です。辞表も出しましたから」
「NoooooO!」
ムンクの叫びのように絶叫する私。
容子が居たら、絶対指さして笑い転げていたに違いない。
思いっきり良すぎじゃないですか?
いや、そもそも異世界人を隠してサイエスで活動しているのに、着いて来られると色々と面倒なんですけど。
どうやって断ろう。
「ヒロコ様、私が居れば色々楽ですよ? 化粧品などの売買手続きなど全て私が手配致しますし、他のギルドでも顔は利きますので、どうぞ同行を認めて頂けませんか?」
案に認めろと言われても、正直物凄く困るんだが。
アンナの仕事に対する姿勢は、非常に好感が持てる。
勿論、その仕事ぶりにも信用はしている。
だが、信頼できるかと言われるとNoだ。
それと、これとは話が別問題。
辞表を出したと言うのなら、本気で私と同行したいと思っているのだろうが。
正直困る。
第一、寝食を共にすることも出来ない。
いや、しようと思えば出来るけど。
私は、自宅でないと眠れないのだ。
「……まずは、妹に相談させて下さい」
「分かりました。私は、その間荷物を纏めて止まり木の宿でお待ちしておりますので」
何で私が泊っている宿を知っているんだよ!?
ニッコリと微笑んだアンナを見て、ガクッと肩を落とした。
宿泊先を教えた覚えはないのに、しっかり把握されていて怖い。
サイエスでは、プライバシーはあって無いものなんだね!
「出来るだけ早めに解答します。先に、基礎化粧品セットと調味料の売買をしましょう」
「ありがとう御座います。よい返事を期待していますね」
うわぁー、しっかり念を押されたよ。
これは、帰ったら早急に家族会議開かないとダメな案件だ。
はははは、と乾いた笑みを浮かべて商談に入りゲッソリとした面もちで宿に戻ったが、容子とカルテットは朝まで戻ってこなかった。