45.類は友を呼ぶ ◆
基礎化粧品の試作品を見た容子の眼が、ギラギラと煌めいて怖かった。
「待ってました! 超良品じゃないの。これよ、これ! 金貨の山が見えるわぁ。ウヒヒヒヒッ」
き、気持ち悪い。
下品な笑い声がリビングに響いた。
蛇達が、魔王の誘いで酔い潰れていて良かったね。
今の容子を見たら、絶対ドン引きして当分近寄らないと思う。
「捕らぬ狸の皮算用って言葉知ってる? パッチテストもまだなんだけど」
「今までの化粧品でも、十分効果は発揮しているでしょう。スキンケアがしっかり出来れば、十代前半の肌も夢じゃない!」
そのスキンケアの一番重要なのは、毛穴の掃除と保湿である。
市販の石鹸では、せっかく作った基礎化粧品セットの効果を半減させてしまう。
「幾ら基礎化粧品が良くても、毛穴の汚れを取るクレンジング用品を作らないと意味ないんじゃない?」
「確かに、それな! 宥子が、クレンジングバームを作れば良いじゃん」
サラッと何気に仕事を増やすような事を言われた。
「これ以上、私に働けと? 嫌だよ」
「全部揃えれば、一つのブランドとして売り出せる。そこらの化粧メーカーより効果は抜群になること間違いなし。そして、私が考えた値段はこれだ!」
テロリロリンと後ろに効果音が出そうな勢いで渡された紙には、どこの悪徳業者だと怒鳴り散らしたくなる値段設定だった。
★貴族向け
高級化粧水(極)金貨15枚
高級乳液(極)金貨20枚
高級美容液(極)金貨25枚
シャンプー(極)金貨20枚
リンス(極)金貨20枚
コンディショナー(極)金貨20枚
ボディソープ(極)金貨15枚
石鹸(極)金貨10枚
★富豪向け
化粧水(良)金貨10枚
乳液(良)金貨15枚
美容液(良)金貨20枚
シャンプー(良)金貨15枚
リンス(良)金貨15枚
コンディショナー(良)金貨15枚
ボディソープ(良)金貨10枚
石鹸(良)金貨8枚
★一般向け
化粧水(普)金貨5枚
乳液(普)金貨11枚
美容液(普)金貨15枚
シャンプー(普)金貨5枚
リンス(普)金貨5枚
コンディショナー(普)金貨10枚
ボディソープ(普)金貨4枚
石鹸(普)金貨3枚
私は、無言で容子の横っ面を引っ叩いていた
容子は椅子から転げ落る。
「何で殴られなきゃならんの? 酷い、酷過ぎるよ! 効能だけで倍吹っかけても良いところを、良心的なお値段にしたのに。」
「お前は、ボッタクリ犯か? もっと現実見ろ」
更にバチコーンッと、スリッパで脳天を叩いてしまったのは不可抗力だ。
目先の金に目がくらんで、容子の法外な値段設定に頭が痛い。
流石、金の亡者。
そんな値段設定しても売れるわけないだろうのに。
「そもそも、基礎化粧品とか何? ってレベルの世界やぞ。洗顔後のケアが如何に大切か力説しても理解を得られるか分からんのに、強気な金額設定して商談がポシャったら目も当てられんわ」
「いやいや、姉ちゃんよ。サイエスでは、粗悪品の臭い石鹸で顔を洗い、ポーションもどきを化粧水代わりに使っているんだぜ。売れないはずがないだろう」
「基礎化粧品とういう概念がない場所で、一から販路を作るなら小出しにして様子を見ながら売るのが定石でしょう。私のターゲットは、一般層なの! 富裕層よりも冒険者や一般人の方が、数は圧倒的に多いんだよ。薄利多売ってわけじゃないけど、客単価を下げて多くの人に購入して貰えた方が口コミも広がるし、リピート率も高いでしょう」
まずは、ちょっと高いけど手が届く範囲の値段に設定すれば良い。
口コミでその良さが広まれば、買う人は絶対いる。
「まあ、確かにその通りだね。金を持っている奴からは、ガッツリ取ろうよ。一般向けの入れ物は百均で良いとして、差別化を図るなら富裕層と貴族向けの入れ物は分けた方が良い。瓶なら私が、見栄えの良いものを作るよ。名前が広まれば、必ずブランド化する!」
装飾の凝った入れ物を作って差別化を図りすみ分けさせる。
容子の提案は、私も考えていた。
勿論、品質と顧客の棲み分けもする。
入れ物の価値を高めることで、中身が同じでも高価だから更なる美が期待できると思わせることが可能だ。
この先、調合スキルが上がれば更に質の良いものやバリエーションも豊富になるだろう。
「当たれば、一世を風靡出来る商品になるだろうね。基礎化粧品だけでなく、ファンデーションやチーク・口紅・グロス・アイシャドーなどの化粧品も作って売りに出したいし」
「化粧品に着手する前に、クレンジングバームを作らないと。クレンジングと化粧品はセット売り必須だよ」
容子の言葉に、私は小さく頷く。
石鹸はあっても、化粧落としが無いのは肌トラブルを招いてしまう。
「クレンジングバームは、Your Tubeを参考に作ってみるよ。後は、化粧の仕方だよね。正直、化粧したくないで御座る」
私自身化粧に全然これっぽっちも興味がないので、そこはYour Tubeを見たり雑誌を見て研究する必要があるだろう。
その時は、容子を実験台にしてやる。
「宥子が基礎化粧品を作っている間に、入れ物だけでも見栄えが良い物を探してみたんだけどさ。既製品では、どうしても限界があるから作ってみた」
と容子は、拡張空間ホームから試作品の小瓶を取り出してきた。
貴族用は蓋の部分が太陽を模した形に、富豪用は蓋の部分が月をの模した形と凝ったデザインになっている。
貴族用と商人用の瓶に、思わずうっとり見とれてしまった。
「全ての瓶に琴陵の刻印を入れれば、コピー商品との区別が付くでしょう。その分、値段は張るけど」
「刻印の案は採用するけど、提案した値段は却下! 金貨一枚が、こっちでは1万円相当に値するんだから。もっと現実的な値段を付けるべきでしょう」
容子の提示した値段表を赤ペン先生宜しく、綺麗に修正してやった。
それが以下の通りだ。
★貴族向け
高級化粧水(極)金貨9枚
高級乳液(極)金貨12枚
高級美容液(極)金貨15枚
シャンプー(極)金貨5枚
リンス(極)金貨7枚
コンディショナー(極)金貨15枚
ボディソープ(極)金貨6枚
石鹸(極)金貨5枚
★富豪・商人向け
化粧水(良)金貨5枚
乳液(良)金貨10枚
美容液(良)金貨9枚
シャンプー(良)金貨3枚
リンス(良)金貨6枚
コンディショナー(良)金貨10枚
ボディソープ(良)金貨4枚
石鹸(良)金貨3枚
★一般向け
化粧水(普)金貨2枚
乳液(普)金貨5枚
美容液(普)金貨7枚
シャンプー(普)金貨1枚
リンス(普)金貨3枚
コンディショナー(普)金貨5枚
ボディソープ(普)金貨1枚と銀貨5枚
石鹸(普)金貨1枚
「この値段で売り出すの!」
「直ぐに値崩れするじゃんか! 宥子が、サイエスには基礎化粧品の概念が無いって言ったんでしょう、付け入る隙があるなら、ガンガン埋めていかないと儲からないよ」
ムッキーと怒鳴ると容子の頭をスリッパで叩く。
お前は、ちっとは冷静になれや。
「暴利過ぎると目を付けられるからダメ。容子は、サイエスの物価を調べたりしたか? してないだろう。私は、ちゃんとしてあの値段を提示したの」
私は、町中を歩いてウィンドウショッピングをしながら市場調査をしている。
各ギルドで売買をしている物価に関しても、容子よりも詳しいと自負している。
ギロッと睨みつけると容子の眼が泳いでいる。
ああ、これは絶対適当に付けたな。
欲望のままに、高値で売ろうと思ったんだね。
「した事ないけど……。こっちでも、基礎化粧品は高いじゃん。提示した値段でも買う人は買うよ」
容子は、やっぱりウィンドショッピングをしていなかったみたいだ。
こちらで良品が手に入るのだ。
本当に足元を見て吹っかけて来るあたり、我が妹ながら屑過ぎる。
私は、呆れて大きな溜息が零れ落ちた。
「商品がどんなに良品でも、売れなければ意味はないよ。まずは売る事が一番重要! 二番目はブランド化! 三番目は、そこそこ手の届く値段である事。ちょっと背伸びしたら平民でも買えるがコンセプトなんだから。値段は私に任せなさい」
市場価格も知らずに値段付けるなと叱れば、容子は不貞腐れた顔をした。
いや、25歳の婆がそんな口を尖らせて怒ってますアピールされてもキモイだけだから。
私が決めた値段に変更はさせないと分かったと知ると、容子は気持ちをさっさと切替えた。
テレレッレレーッと、効果音付きで拡張空間ホームから白い物体を取出した。
「ジャッジャーン!! 楽白ちゃんの糸で作ったニット型の防具です。袖が、ウォーマネックになってて可愛いでしょう♡ ショートパンツの裏にはウサギの尻尾を付けてみました。因みに楽白ちゃんとお揃いでーす♪」
そう言って、パーカーのフード部分にいた楽白がウサ耳尻尾のついた服を着て現れた。
胸キュンして、萌え死にそうになった。
「キィィィヤァァァッァーッ♡ 写メ! 写メ取らないと!! 超可愛くなってる。楽白ちゃんっ!!!」
思わずハアハアハアと息を切らせてにじり寄る私を見て、身の危険を察したのか、楽白はサササっと容子のフードへ隠れてしまった。
「楽白ちゃーーーーーーん!!!」
思わず逃げた楽白に手を伸したら、容子が落ち着けとばかりに脳天にチョップを落とされた。
「そこの変態、落ち着け。鑑定してみなよ。凄い性能だから」
落ち着けって事かい、妹よ。
そうだね。
変態じみていたね。
少し冷静さを取り戻した私は、言われた通り手渡された物を鑑定したら色々と凄かった。
ニットシャツ・パンツ共に、防御力+1000・永続回復(小)・攻撃力+150・ブースト+150・ステータス異常無効というスーパーアイテムだった。
「容子、これ売れるわ! いくつ作れる? 他にはないの? 商業ギルドに売りつける!」
RPGなら、丁度中盤辺りに出そうなアイテムが目の前にあるのだ。
これは、商業ギルドに売り飛ばして金に換えるべきだろう!
そう提案したら凹られた。
「唸れ私の右手!」
バッチコーンと容子の平手が、私の頬に打ち込まれる。
懇親の力で引っ叩かれたので一瞬意識が飛んだよ。
「何すんだゴラァ!!」
ガチ切れで怒鳴る私に対し、
「コレ売りもんじゃねーべさ! 私達の命綱だよ!? 今まで防御力皆無の服で戦闘してきたんだってこと自覚しなさいよ。ただでさえ運が悪いんだから、格上と遭遇した時に一撃でも当たれば、重症間違いなしだぞ。それを回避するための防具を何故売ろうとか言うかな」
死にたいのか、ぁあ!? と脅され、あまりの剣幕にゴメンナサイと謝った。
カタコトだけど気にしないで。
アノ右手ガ怖インジャナイモン。
問答の末に機織り機を購入する代わりに、量は少ないが定期的に女性冒険者をターゲットとした防具を作る事で決着がついたのだった。