40.師匠が逃走したので仕事を回されました
拡張空間ホームを無心した事に対し、容子がご機嫌伺いのためにミュンミュンのトートバッグをくれた。
「めっちゃ可愛い♡ よく買おうと思ったね。最低でも16万くらいするのに。でも、ありがとう!」
福袋やアウトレットモールで買った物だったとしても嬉しい。
自分で購入するのには、躊躇してしまう値段だ。
「よし、受け取ったね。お仕事の時間だよ」
トートバッグを手にニヤニヤしている私に向かって、容子が不穏な事を宣った。
「……凄く嫌な響きなんだけど。それって、久世師匠絡み?」
「うん。今日、咲弥さんからメールが来てた」
以下のメールの内容が、これだ。
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件名:久世が失踪しました
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咲弥です。
急ぎの案件があります。
命の危険はありません。
以下の住所まで行って来てください。
いつものお仕事です。
集合時間:10時(時間厳守)
集合先:S県K市〇〇町1-9-33□□ビル4F
依頼人:冨田馨様(40代・女性)
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容子が、タダでミュンミュンのトートバッグをくれるわけがないか。
「一応聞くけど、ミュンミュンのトートバッグは報酬の前払いだったりする?」
「いや、全然関係ないよ。それは、私が用意したし。受けるなら、仕事料とは別に迷惑賃が支払われるだろうし」
容子の言葉に、私の顔が曇る。
急ぎの案件は、良い思い出が無い。
「霊的なものか、人かくらいは書いて欲しい」
「多分、どちらも含まれている可能性があるから、書かなかったんじゃないかな?」
久世は、普段はしがない占い師をしている。
私は知らなかったが、業界内ではそれなりに有名な霊媒師らしい。
因みに私は、久世と直接会った事はない。
容子経由で、単発の高額バイトとして雇われることが時々あった。
理由は、私の縁結びと容子の縁切りの力を借りるたい時である。
「こっちに滞在している期間中に終わらせたいね」
「そうだね。早くサイエスに行って素材集めしたい」
「しかし、久世師匠は何で逃亡したんだか?」
「咲弥さんが、余りにも仕事しないからってゲーム一式捨てたからさ。多分、ストライキみたいだよ」
「学習能力が無いね。本当に懲りないと言うか…」
咲弥は、久世師匠のビジネスパートナー兼秘書をしている。
お金に対してシビアだけど、失敗しても成功しても提示した報酬は必ず払ってくれる。
私達に回される仕事の大半は、悪縁を切り良縁を結ぶことだ。
必ずしも成功するわけではないし、相手によっては本人以外の身代わりが必要になる場合もある。
「特に時間していは無いけど、今から向かうって咲弥さんにメール入れておけば大丈夫かな?」
「容子、追加情報で依頼内容の詳細をメールで送って貰って」
前情報は、あった方が良い。
何も分からないままで依頼者のところに行けば、相手も不信感を抱くだろう。
「OK。その内容でメールした」
「その間に、出かける準備をしよう」
グレーのリクルートスーツに着替えて、髪をセットし化粧を施すとフレッシュな新入社員に見える。
「蛇達は、留守番かな。部屋を荒らされないか心配だけど」
行動範囲が広がった事とサクラや楽白も加えて、悪だくみをしないとも限らない。
置いて行くことに抵抗がある。
「拡張空間ホームに入って貰えば良いんじゃね? 咲弥さんから、連れて行くように追加で指示が来てるし」
どこまで把握しているんだろう。
多分、容子が無意識のレベルで情報を流しているのだろう。
全て筒抜けだと思った方が、良いかもしれない。
急遽拡張空間ホームに憩いフォルダを作り、宥子フォルダに収納していた使っていなかった炬燵と座布団を出し、テーブルの上には水を用意した。
浅い収納ボックスにペットシートを敷いた物も設置する。
「呼ぶまでは、ここで待機すること!」
<食いもんが無いで?>
<水やなく酒が良えわ>
<甘いのが食べたいですの~>
次から次へと要望が飛んで来る。
楽白も必死に両手を挙げてフリフリダンスを披露している。
彼らの要望を無視しても良いのだが、咲弥さんが連れてこいと言ったのなら、力を借りる可能性もある。
「Milk fudgeを置いて行くから、一人二個までな」
味はキャラメルだが、食感がザクザクして美味しい。
糖分補給が出来るので、頭を酷使した時や、食事を抜いた時に丁度良い。
<やったー! お菓子ですの~♡>
サクラはテーブルの上をピョンピョン飛び跳ね、楽白はキシャキシャッと歓喜の声を上げている。
蛇二匹は不満そうな顔をしているが、文句を言うと没収されるのが分かっているので無言を貫いている。
「宥子、そろそろ家を出ないと間に合わんよ」
「了解。交通手段は?」
「タクシー手配した。交通費出るし」
容赦が無いな。
移動が楽で良いけど、後で咲弥に怒られないだろうか。
ちょっと心配だ。
裏口から出て、門の前に駐車したタクシーに乗り込み、依頼人の冨岡さん宅に向かった。
高速を使って車で一時間ほど走り、目的地に到着した。
日曜日だからか、オフィス街には人が閑散としている。
□□ビルから感じる淀んだ空気に、私は嫌そうに顔を顰めた。
タクシー代を払い、車から降りてビルの裏口に回り、エントランスでチャイムを鳴らす。
インターホン越しに、疲れ切った女性の声がした。
「はい、どちら様ですか?」
「デリバリー・シャーマンの琴岡ユウコと申します。冨岡薫さんは、いらっしゃいますでしょうか?」
デリバリー・シャーマンは、久世の屋号である。
センスが無い屋号だが、笑ってはいけない。
この手の仕事をするときは、偽名を名乗るのが通例らしい。
深くは知らないが、その忠告は聞くのが正しいのだろう。
「貴女が、久世先生ですか?」
「違います。私達は、弟子です」
即答で容子が否定する。
こんな小娘が解決出来るのかと懐疑的な顔をされたが、咲弥から送られてきたメールを開示すると頼む気になったようだ。
「何があったのか、詳しい話を伺いたいので中に上がらせて頂いても宜しいでしょうか?」
「ええ、どうぞ」
冨田に促されて、ビルの中に上がり込み応接室に通された。
お茶を出して貰っている間に、拡張空間ホーム内にいるカルテットを呼び出し、ビルの中を調べて貰う。
「私どもを頼ったという事は、霊障で悩まされて困っているという事でしょうか?」
視界の端にチラチラ見える、子供やお年寄り、身体が潰れた貞子のような奴らが見える。
私の言葉に、冨岡がポツリポツリと呟きながら起こった怪異を説明してくれた。
「駅からも近くて家賃も安かったので飛びついて契約したのがいけなかったんです。後から知ったんですが、元々病院の跡地に建てられたんです。二十人いた従業員は、お化けを怖がって辞めていきました。今では、四人しかいません。何とか仕事を回していますが、これ以上人手が減ると会社を畳むしかないんです。ここにいるお化けを何とかしてください」
「場所が悪いですからね。一時的な対処と、永続的な対処は方法が異なります」
必死の形相に、私はどうしたものかと考える。
幽霊からは、害意を感じられない。
祓ったところで、陰気な場所だから新しい幽霊が棲みつくだろう。
その場しのぎの方法で解決するのは無理がある。
「まずは、ビル全体を見て回っても良いですか?」
「他の階は、閉まっています。このフロア内であれば、自由にどうぞ」
「ヨシコは水回りから、私は非常階段から見回るでOK?」
「了解。あの子らは、どうする?」
先に偵察させているカルテットをどうするかと聞かれたので、
「見つけ次第回収宜しく」
と返した。
「了解」
「あ、あの! 私も同行して良いですか? ここに一人でいるのは怖いんです」
震えたか細い声で力なく主張する冨田を見て、私は二つ返事で了承した。
「では、私と回りましょう」
すぐさま念話で、指示を出す。
<容子は、カルテットの回収を最優先にして>
<了解。回収したら拡張空間ホームに入って貰うわ。報告は、念話でOK?>
<それで構わないよ>
話が纏まったので、冨田の後ろに続きフロア内を案内して貰う。
ビル全体が霊の溜まり場と化しているのは、間違いないだろう。
フロアを一周して戻ってきたところで、容子も戻ってきた。
「そっちは、どうだった?」
「老若男女問わずにいるね。身体の一部だけ出て来る奴もいるよ」
<後、カルテットの話だと悪さする奴は、手だけとか、足だけとかの奴らだけだって>
と追加報告を念話でくれた。
「やっぱり! このビルは呪われているんだわ」
一人怖がる冨田を、容子がまあまあと宥めている。
「一番の解決方法は、このビルから引っ越すことです」
「それが出来たら苦労しません。お化けが出る以外は、好条件な物件なんです。引っ越すなんてありえません」
想定内の答えで、私は第二の案を提示する。
「冨田様の会社は、人手が足りないんですよね? なら、ここに居座る幽霊達に仕事をさせましょう」
「「は??」」
私の提案に、冨田だけでなく容子まで、あんぐりと口を大きく開けている。
「人件費0円ですよ。扱き使っても、相手は死んでいるので馬車馬のように一日中働かせることが出来ます。冨田様は、家主のようなものです。店子に不法滞在した家賃分を労働で払わせれば解決します」
「……鬼畜だな」
「縁切りしても、別の奴が棲みつくだけだもの。敵意は無い幽霊だけ縁を結んで、それ以外は、お前が縁切りすれば良い。辞めた人の分まで働いて貰えば、お金も掛からず仕事も捗る。一石二鳥でしょう」
私の主張に、容子は困った顔になり、念話を飛ばしてきた。
<そんな事して、本当に解決するか?>
<話を聞く限り仕事に忙殺されているっぽいし。幽霊に無理矢理仕事を手伝わせれば、相手が嫌気を差して逃げ出す。縁は、細く薄く結ぶよ>
<それは、ありうる。宥子が結んだ縁以外は縁切りするね>
<宜しく>
大まかな作戦が決まり、まず容子がビルに憑いた霊の縁を切る。
私が、無害で働けそうな奴と冨田の間に、薄く細い縁を結んだ。
「終わりましたよ」
「これで終わりですか? 御祈祷とか、お経とか唱えないんですか?」
いや、そもそも私達は祈祷師でも僧侶でもない。
ただの人間である。
「悪い霊は散らしましたが、場所が場所なんで戻って来る可能性が高いですよ。私としては、引っ越しが一番手っ取り早くて縁が切れるので良いんですがね。冨田様には、その気がないようなので上手く霊と付き合って下さい。これだけ強い霊場なら、幽霊でも書類作りや雑用・掃除くらいは出来ます。幽霊はパワハラで対応すれば、根性の無い奴から消えていきますよ。ああ、手や足しかない奴は手で殴っても良いし、蹴り飛ばしても良いです。何の役にも立ちませんから。もし、どちらも嫌ならこれを差し上げます。そこの壁に生えている手を見かけたら、こういう風に叩き落として踏んで下さい」
30cmの木製定規でバシッと壁から生えた手を叩き落として踏みつける。
手の痕だけが残り、嫌な気配は散っていった。
「踏むという行為は、踏んだモノの動きを封じる意味もあります。簡単な対処法です。私どもの仕事は、これで終了となります」
「私は、霊を何とかして欲しいと頼んだんですよ!!」
「最初に申し上げましたよね、場所が悪いと。一時的に散らしても、直ぐに元に戻るともお伝えしましたし。永続的な対処法をお教えしたでしょう。後は、気を強く持ってご自身で対処するしかありません。では、失礼します」
これ以上、ここで言い争っても平行線のままで終わる。
今回の依頼者は、ハズレだったと報告するべきだろう。
さっさと撤収して、咲弥に今回の対応についてメールで報告を入れた。
冨岡からクレームが入るかもしれないと思っていたが、後日お礼の電話が久世宛てに入ったそうだ。
何でも納期が重なり、精神的に限界を超えた社員達が、一切の躊躇なく幽霊を扱き使って乗り切れたのだと。
それが切っ掛けで、今では霊を気にしなくなったらしい。
良かった、良かった。