33.仕入れと下準備
自宅に戻る前に、スマートフォンのアラーム設定を使って84時間後にアラームが鳴るよう設定していた。
大口取引の為、二・三日で用意すると言ったが、納品は早いにこした事はない。
砂糖・塩・胡椒を業務用スーパーで買い付けに行かねばならない。
商談は、スピードが命なのです!
「容子、今良い? 私、業務用スーパーと100円ショップに行ってくる」
「何しに?」
「砂糖・塩・胡椒の買い付け。大口取引があるから、容器も見栄えが良いものを選ばないとね」
「いってら!」
グッと親指を立てて送り出す愚妹よ。
本当に金の事になると、テンションが上がるんだな。
今度から心の中では、容子のことは守銭奴と呼ぼう。
一気に買い込んでも、アイテムボックスに仕舞えば重たくない。
しかし、魔法が認知されていない世界で使用するのは拙い。
現代は、監視社会化が加速している。
一度ネットに情報が出回れば、消すのは容易ではない。
デジタルタトゥーという言葉があるくらいだ。
半永久的に消えないと考えて、行動は慎重になるべきだ。
重たい荷物を抱えて自宅を往復したくない。
「リアボックスに入れれば良いじゃん」
55L の大容量リアボックスを買ったは良いが、仕事が忙しくて取り付ける暇が無かった。
嘘です。
説明書が、英語で書かれていて解読出来なかっただけです。
今の私は、無職である。
そう、時間は有り余るほどあるのだ!
今は、全言語能力最適化というチートスキルがある。
下駄箱に埃を被った箱を引っ張り出し、靴を持って裏口から外に出る。
愛車を前にして、箱からリアボックスを取り出した。
ベースキャリアを車体のリアキャリアに取り付ける。
金具を〆るのに時間が掛ったが、ボックスまで取り付けたところで30分経過していた。
「車体とミスマッチだわ。リアボックスの厳つさが、異様に際立つ……」
利便性を考えれば、不格好でも便利なら問題なし!
徒歩5分の場所に、100円ショップと業務スーパーがある。
中古だけど、便利な場所に家を買って良かったよ。
リュックサックを背負い、原付バイクで100円ショップに向かう。
直径10センチ程の大きさの壺と硝子瓶も数点購入し、リュックサックに入れる。
業務用スーパーに行く道すがらにある、手芸店で無地の本麻生地を一反購入した。
リュックを通じて、アイテムボックスに入れる。
業務スーパーに寄って、塩・砂糖は1Kgをそれぞれ二十袋購入し、胡椒はホワイトペッパー1Kgを二袋を購入した。
総額で、税込み18600円也。
元手2万円が、約200万円に変わると思うとゾクゾクする。
胡椒の単価は高いが、リターンも大きい。
サイエスで売り捌けば、確実に大儲け出来る。
リアボックスに積めるだ積けみ込み、乗り切らなかった分はこっそりとアイテムボックスに収納した。
駐輪場の監視カメラは、死角になる場所を選んでいる。
何より索敵と隠密が地味に効果があり、駐輪場を訪れる客や店員にも気付かれていない。
スキルの使い勝手が良い分、頼り切りになりそうだ。
意気揚々と帰宅し、裏口に原付バイクを停める。
裏口のドアを開けてリュックを下ろし、リアボックスの中に入っていた袋を廊下に詰んだ。
パタンとドアを閉めて、早々に購入した荷物をアイテムボックスに収納した。
「ただいま」
「遅かったね。たかだか5分の距離で、どうしたらそんなに時間を喰うの?」
「表立ってアイテムボックスを使えないからだよ。埃が被ってたリアボックスを引っ張り出して設置したり、店を梯子していたら、思ったよりも時間が経っていた。それだけだよ」
「ふーん、お疲れ様」
興味が失せたのか、容子はどうでも良さげに労いの言葉を投げかけてきた。
「容子のミシン借りるよ」
「……何故に?」
嫌そうな顔をする容子に、私は10Kg入る袋を作るからとだけ答えた。
「嫌だよ。壊されたくない」
即答で断られた。
「じゃあ、容子が縫ってよ。生地は用意してあるから」
何で私がと言いたげな彼女に、
「売掛の1%を支払うよ?」
と話を持ち掛けてみた。
「……因みに売値は幾ら?」
「日本円で総額200万円くらい」
「分かった。縫ってあげる。その代わり、先払いで宜しく」
ヌッと出された手に、私は渋い顔になる。
財布の中身は、寂しい状態だ。
「今、手持ちがない。成功報酬で、後日色付けて払う」
「じゃあ、プラス一万円上乗せで」
本当に足元を見て来やがる。
我が妹ながら、お金にがめつ過ぎやしないだろうか?
嫌と言ってられない状況なので、私は二つ返事で了承した。
「それで生地は?」
「アイテムボックスの中に本麻の反物が入っているから、それを使って良いよ」
「了解。枚数は?」
「4枚必要。大き目に作って欲しい。余った材料は、容子の好きにして良いよ」
「太っ腹だねぇ。裁断と裁縫で大体30分あれば作れる。その間に、胡椒を壺に詰め替える作業でもしていたら?」
「そうする」
私は、容子に巨大な麻袋を作って貰っている間に胡椒の詰め替え作業とおまけで付ける瓶を箱詰め作業をした。
袋が出来上がったと念話が入り、容子の部屋まで受取りに行く。
「入れるなら、玄関にレジャーシートを敷いてからやって」
「容子、どこから入れるつもりなの?」
袋の口が閉まっていては、入れたくても入れられない。
不良品かと思ったが、容子は飽きれた目で私を見て言った。
「ここにあるでしょう。そこから、流し込むように入れればOK。ハンディミシンを貸してあげるから、口を閉じる時に使うと良いよ」
「ありがとう」
最後は、自分でやれという事ですか。
そうですか。
私は、やれやれと肩を落としながら袋詰めに没頭した。
チマチマと時間を掛けて袋詰めした甲斐もあり、見た目も悪くない出来栄えだ。
商品を間違えないようにという気遣いなのか、容子が小さく『砂糖』『塩』と刺繍してくれたのは嬉しかった。
しかし、その文字の意味を理解できるのは私だけなのでアンナ達には記号として覚えて貰おう。
納品用の商品をアイテムボックスに仕舞い、う~んと背伸びをする。
「容子、夕飯は外食でOK?」
「奢りなら構わんよー」
その日の夕飯は、回転寿司でウニを食べまくった。
三日と半日が経過し、スマートフォンからネズミーのテーマソングが大音量で流れて来る。
「もう、そんな時間か。容子、サイエスに出発するよ」
返事がない。
何か作業でもして、没頭しているんだろう。
私は商談がある。
取り敢えず、容子は置いて行こう。
メモをテーブルに残し、私はサイエスへと旅立った。
サイエスでは、丸一日経っていた。
時刻は夕方の16時。
今日は宿で寝て、明日朝一で商談だな。
予定を伝えるべく、スマートフォンを取出しアドレス帳にある『愚妹』をタップする。
数秒のコール音の後、罵倒された。
「何で置いていくのよ、馬鹿! 声掛けてくれても良いじゃん」
「声掛けたのに無視したのは、お前じゃん。明日、商談があるからサイエスで泊っていくわ」
「は? 私もそっちに行くから帰ってこい」
無茶苦茶な事を言い出したぞ。
「嫌だよ、面倒臭い!」
「ドケチッ」
ケチも何も、仕事なんだから仕方がない。
金を稼げって言ったのはお前なのに、本当何言ってんだコイツは。
「私も行くもん」
「いや、くんなし」
「嫌だ! 私もそっちに行くんだから」
そう言って一方的にガチャ切りされた。
自宅の扉が現れたと思ったら、容子が飛び出してきた。
「何で来ちゃうかね。寝心地の悪いベッドでそんなに寝たいのか?」
「失礼な。私が一人でサイエスに乗り込んだ時の検証だよ」
それらしいことを言っているが、単にサイエスで羽を伸ばしたいだけだろう。
「お願いだから、余計な事はしないでね。憲兵沙汰になったら、見捨てるから。本気で」
念押ししたが、この脅しがどれくらい効果があるか分からない。
容子が、大人しくしてくれれば良いのだが。
それは、永遠に叶えられない淡い期待でしかないのだと思いながらも、大きな溜息が漏れた。