24.ペットのギャップに撃沈しました
「宥子、次の村まで後どれぐらい掛かるんだ?」
まだ、歩き始めて一時間も経っていない。
知るわけないだろう、ボケェ。
とは口に出さないが、堪え性が無さすぎるぞ愚妹よ。
国内地図を表示させながら、ひたすら歩く。
遅々として進んでいないが、一番近い村まで運が良ければ夕方に着くかもしれない。
セブールの街を指しているなら、この調子で進めば数日はかかるだろう。
普段運動をしない容子には、黙々と歩き続けるのは一種の苦行かもしれない。
私もインドアだったから、その気持ちは分かる。
サイエスに誤召喚されて、問答無用でモンスターと戦わされる。
レベルで腕力や脚力を補正されても、元来の体力は皆無だ。
それに、だ。
こまめに休憩を取ったら、その分到着が遅くなる。
急ぐ旅ではないが、屋根のある場所でモンスターの脅威から安心して眠りたい気持ちは分からなくもない。
しかし、ここは姉として。
姉だからこそ、非常な現実を愚昧に教えてやらねばならない。
「移動を初めて、まだ一時間も経ってない。この調子だと、一番近い村でも夕方に到着出来るかどうかだよ。目的の街は、数日から数週間はかかる。大前提として、私も容子も元来引き籠りであることを忘れてないか? 私達は、体力が無いんだよ!」
体力の無さを力説する私に対し、容子は白けた目で私を見て言った。
「原付バイクを出しな」
「いやいや、白昼堂々と原付バイクを出したらダメでしょう!」
「Shut up! 宥子は、自称神に所有物をサイエスでも使用可能にして貰える権利を要求したんでしょう? なら、別に原付バイクを持ち込んで使用しても問題はない」
確かに、容子の言う事は筋が通っている。
「でもなぁ、原付バイクで街道を走行している姿を他人に見られたら面倒臭い事この上ない状況に陥ると思うんだが……」
ただでさえ今も非常に面倒な事を背負い込んでいる状態で、更に自分から面倒事を引き寄せるのは真っ平ごめんである。
「見られたところで、原付バイクの速度に勝てると思う? 新種のモンスターと認識されるがオチだよ。顔は、度が入った色眼鏡に変えてマスクすれば隠せるでしょう」
そこまで言われてしまうと、反論する気も失せた。
原付バイクの操縦者が、琴陵 容子と琴陵 宥子であると特定されなければ、容子の案は有りだ。
「よし、それ採用!」
私達は、それぞれアイテムボックスから原付バイクとヘルメットを出した。
私は、それに加えて今かけている丸いフレームの眼鏡から四角いフレームの色付き眼鏡に変更した。
「最初から原付バイクで移動すれば、時間も手間も短縮出来たんじゃない?」
「否定はしない。原付バイクで街道をかっ飛ばすのは、色々と思うところがあったんだよ」
「宥子は、常識に縛られ過ぎ。もっと、肩の力抜いていこうよ」
容子の言葉に、私はプッと笑う。
ああ、そうだ。
何を勘違いしていたのだろう。
私が、この世界に合わせる必要は無いのだ。
もっと自由に振舞っても、咎める者はいないのだから。
「容子も偶には良いことを言う。原付バイクなら、村どころか目的地まで一日で移動できるかもしれない」
「でしょう♪ まあ、道中でモンスターと遭遇しなければの話だけど」
ボソッと呟かれた不穏な言葉に、私はハハハと乾いた笑みを浮かべる。
「止めて! 死亡フラグを立てないで」
「冗談だよ。人目を避けて森を突っ切って走らせれば、一般人には遭遇しないから無問題。索敵と隠密を常時発動させておけば、万が一、モンスターや冒険者と遭遇しても新種のモンスターと勘違いして避けてくれるよ」
「確かに。でも、路銀と経験値は稼いでおきたい。サクラの神聖魔法に結界魔法があったから、重ね掛けして目に入ったモンスターを轢き殺して進もう。結界の強度と耐久性のテストにもなるし」
「良いね! やろう、やろう。サクラちゃん、私らに結界魔法プリーズ」
<はぁい。いきますのー。聖域>
一瞬『ん?』っとなったが、私達の周りがキラキラ光っている。
原付バイクに後光が差して見えるが、うん気のせいだ。
気のせいだと思いたい。
「バイクまで光って眩しい。サングラスに変えるわ」
「ですよね!」
容子の一言で、私は逃避していた現実から戻ってきた。
「私が先行するから、容子は後ろを付いてきて。サクラは、聖域の効果が切れる前に、魔法を掛け直して頂戴。MPが切れる前に、MPポーション飲んで良いからね」
<りょーかい>
「では、行くよー」
その掛け声と共に、私達は道なき道を選んでセブールを目指した。
途中、幾度もモンスターと出会ったが、時速61.3km/hの原付バイクの前では無力だった。
狙って轢いた時もあれば、うっかり轢き殺した時もある。
ドロップされたアイテムは、バイクを止めてアイテムボックス収納しましたとも。
日が真上を通過した頃、
「昼ご飯にしない?」
と言われたので、原付バイクから降りる。
「分かった。魔物除けと虫除けの薬を散布するから、容子は昼食の用意してて」
「了解」
容子は、アイテムボックスから椅子とテーブル・食器などを出している。
「ハンバーグ弁当で良い?」
「何でも良い」
「OK、OK。サクラちゃんは、ジェリービーンズね」
紙皿に盛られたジェリービーンズの山を見たサクラは、大興奮した様子でテーブルの上をピョンピョン跳ねている。
「サクラ、落ち着け。じゃあ、食べようか。頂きます」
「頂きます」
容子特製ハンバーグ弁当に舌鼓を打っていると、容子はガスコンロでお湯を沸かしていた。
私に言えば、お湯くらい出せるのに。
お湯が沸き、お茶を入れてくれる。
サクラには、浅いスープ皿にお茶を注いでいる。
モッモッと無言で食事を堪能していると、容子が突拍子もないことを言い出した。
「蛇達も呼ぼうよ」
「あの子らを持ち込むって事は、生態系を崩す恐れがあるって事だよ。流石に、それは看過出来ないよ」
ハッキリ言おう。
サイエスにとって、私含めて蛇達も外来種だ。
邪神は滅ぼしたいけど、サイエスの住人を滅ぼしたいわけではない。
下手に連れてきて、害が出たら大問題だ。
「契約で縛っているなら、まず脱走は出来ないと思うよ? 宥子の獣魔扱いになるから、レベル上げてポイントを得れば念話も使えるようになる。そしたら、意思疎通も出来るようになるし。何より、世話も出来て一石二鳥」
確かに、意思疎通が出来るのは大きなメリットではある。
しかし、だ。
過去に何度も脱走をやらかしている相手に、脱走しないはない断言出来るだろうか。
否、だ。
しかし、容子が一度言い出したら聞かないのは分かっている。
「……食事が終わったら試してみるよ」
と言って、食事を再開した。
私一人、自宅に戻り蛇達を虫かごに入れてサイエスに戻った。
サイエスに戻る前、蛇達のステータスをこっそり確認した時、念話があったので安心した。
しかし、いざ念話してみるとおっさん化している蛇達に私と容子は泣いた。
身体が大きく全体的に白く薄い黄色の斑点模様が特徴の赤白、一回り小さい方が紅白だ。
二匹を前に容子のテンションが上がりっぱなしで、逆に冷静になれた気がする。
「あぁ~ん、可愛い。流石、私の子! どっちもラブリーでプリティーでビューティフルよぉぉ!!!」
いや、お前の子じゃないし。
どちらも、私の嫁だ!
容子が二匹に構おうと手を出すと、さっと避けた。
流石蛇、素早い。
再度チャレンジしているが、またも避けられている。
ざまぁ!
最後は、意地になって捕まえようとする容子VS蛇達の構図になった。
容子は、ただ愛でたいだけなのに何故? という顔をしている。
何で避けられているのか全然分かってない愚妹に、真相を教える気はない。
避けられ続けて心が折れそうな容子を更に谷底へ叩き込む事件が起きた。
それは、彼女自身の提案が墓穴を掘った結果なのだが。
真性の阿呆である。
「二匹とも意思疎通できるようにしてよぉ」
メソメソといじけ始めた容子を見かねて、私は蛇達のステータスを弄り、念話をOFFからONへ変更した。
<紅白、赤白、宜しくね!>
私の挨拶に対し二匹は、
<餌もうちょい増やしてくれや。あと水なんやけど最近はミネラルなんちゃらがあんだろー? 飲んでみたいわぁ>
<おい、たぬきブス。たまには酒出せや。てか気安く触んな。お前等の生ぬるい体温キモイねん>
蛇達の暴言と中身がおっさんだった事に、ショックが大きく何も言い返せなかった。
<主様はぁ、ブスじゃないのぉ。お顔はぁ、特殊なだけぇ。性格はぁ、難有だけどぉ楽しぃよぉ??>
と、悪気の無いサクラのフォローが更に心を抉った。
容子は、私よりダメージが大きかったようで地面に膝を着いて項垂れている。
人生って世知辛いものなんだと痛感したわ。
顔が微妙、体系たぬき、性格難有と怒涛の口撃に容子は大泣きしている。
私は、二匹を鷲掴みにして暫く振り回してお仕置きした。
誰だよ、念話なんてしようって言ったの!!
こんな真実知りたくなかった。
提案者の容子は、早々に戦線離脱とばかりに念話を切りやがった。
「取り合えず、蛇達の健康チェックをしよう」
私の肩を叩く容子に軽い殺意が沸いた。
「至って健康だよ」
振り回してもケロッとしているし。
<もっと食いがいのある奴希望! あとミネラルなんちゃらって水がええわ>
紅白、あんたこの前吐き戻したじゃん。
食い意地張りすぎだろう。
<ダメ! この間、吐き戻したでしょう。暫く食事は、ピンクマウスS一匹だからね! 水だけで我慢しなさい。ミネラルウォーターなんてものはありません! 普通の水だよ>
<ドケチ婆>
何でこんなに口が悪いんだ!!
<そんな性格だから嫁の貰い手がないねんで>
赤白の毒舌に、心に深い傷を負った。
自分の性格が歪んでいるのは自覚してる。
だが、他人に言われると腹が立つ。
それが、可愛いペットでもだ。
「まずは、キレイキレイしようか~。なんか臭いし。水球、清掃」
ニッコリと笑みを浮かべて、水の球の中に二匹の蛇を突っ込みジャブジャブしてから、清掃で身体をキレイキレイしてあげた。
<それ以上暴言吐くなら、暫く飯抜きにするからね。後、脱走したら見つけられなくなるし、その辺りのモンスターに食べられるから絶対私の傍から離れちゃダメ。ご主人様には絶対服従。OK?>
ガツンと言えば、蛇達は大人しくなった。
二匹が、サクラ並みにチートだと知ったのは少し後の事である。