18.時差が判明しました!
鬼婆からやっと解放されて、空を見上げれば夕方になっていた。
もう一泊くらい宿を取っておけばよかった。
今更後悔しても仕方がないので、町の門まで行き冒険者ギルドのカードを提示した。
「この間の嬢ちゃんか。冒険者になったんだな」
「はい、その節はお世話になりました」
仮証明書を手渡すと、銀貨5枚返してくれた。
銀貨は、ミニ財布の中に納める。
「これから外に出かけるなら止めた方が良い。夜になるとモンスターが活発になるからな」
初めて町を訪れた時も思ったが、気遣いが出来る人だ。
彼の言う通り、出来るものならそうしたい。
しかし、此処に留まる理由が無くなった以上は、早々にお暇したい。
留まれば、面倒事に巻き込まれるリスクを背負うことになる。
私はヘラッと愛想笑いを浮かべて、それっぽい理由をでっち上げた。
「急ぎの用が出来たので出発します。魔物除けの薬は持ってますし、ポーションもありますから大丈夫ですよ」
無問題と薄い胸を張って答えると、心配そうな顔をされたが、それ以上引き留められることはなかった。
「魔物除けの薬を過信するなよ。強い魔物には、効かないってことはザラだしな。とにかく、気を付けて行くんだぞ」
「ご忠告痛み入ります。ありがとう御座います」
小さくお辞儀をし、私は門をくぐった。
朱い空を見上げながら、テクテクと街道を歩く。
早々に原付バイクに乗りたいと考えてしまったが、人に見られると厄介事を背負い込むことになりかねないので自重する。
1時間ほど歩き、辺りは真っ暗になった。
空を見上げると、満天の星が見える。
私は辺りを見渡し、誰も居ない事を確認する。
木の陰に入り、自宅に戻る。
「ただいまー」
居間に飾ってある壁時計を確認すると、短針が5時を指していた。
窓を見ると、空が白み始めている。
多分朝5時なのだろうが、念のため容子のスマートフォンを確認したらAM5:00となっていた。
時差が、はっきりした。
向こうの一時間が、こちらでは7時間経過している。
私は、腕時計のGMT設定を行った。
それからリビングに行き、蛇達に挨拶をする。
「お早う。最近構ってあげられなくてごめんね」
容子がカレンダーに餌や排泄・掃除など蛇達の体調を掻きこんだものを確認し、ハンドリングしても問題ないと判断して二匹と戯れることにした。
ショルダーバッグをソファーに置いて、ゲージに手を入れると赤白がスルスルと腕を登ってきた。
チロチロと舌を出しながら、お早うと言いたげに頭を上下に揺らしている。
「赤白は、可愛いなぁ。んー、今日は無臭だね! 少し見ないうちに、ちょっと大きくなったかな」
元々大きい個体ではあったけど、サイエスに行く前と比べて少し大きくなった気がする。
カレンダーを確認すると、出かけている間に二度脱皮しているようだ。
「じゃあ、お家に戻ろうか。お水換えてあげるからね。脱走しちゃダメだよ」
赤白をゲージに戻し、水入れを取り出し、綺麗に洗ってから新しい水を入れてゲージに戻した。
暫く巣に戻ることなく水入れの周りをウロウロしていたが、そのまま水入れの傍で寝そべっている。
「紅白、お待たせ~。先にお水換えるね」
水入れを取出し、綺麗に洗った後に新しいお水を入れて戻す。
紅白は怖がりなのか、手を出しても動かないので諦めた。
まだ、成体になって間もないから小さいんだよね。
温度計を弄りながら、湿度と温度をチェックする。
蛇達の適温が28~30度位。
スノー種の赤白は寒さに強いが、ウルトラアネリモトーレ種の紅白は身体が小さいので出来るだけ30度に近い設定にしている。
30度・湿度72%。悪くない数字だ。
蛇達に癒されていたら、容子が起きてきた。
「あ、お早う」
「は? 何でいんの?」
妹よ、その反応は酷くね?
姉ちゃん、命がけで戦って(ないけど)帰って来たのに、もう少し歓迎しても良いじゃん。
後、サクラを撫で繰り回すのは止めろ。
「メール見てないの? 一回帰って来た時に時差が7時間差だって送ったのに。それに合わせて帰って来たんだよ」
「ごめん、見てない。最近、忙しくて放置してた」
「何か変な事に巻き込まれてないよな?」
「久世師匠に仕事を振って貰ったら、思いのほか量が多くてね。日中の仕事と掛け持ちは、ちょっとキツイわ。だから、手……」
容子が言い終わる前に、バッサリと断りを入れる。
「無理! 厄介事を抱え込んでいるのに、そっちまで手が回らん」
「言い終わる前に断らないで欲しいんだけど」
「聞いたら最期、絶対連行するでしょう」
「だって、その方が楽なんだもん」
久世は、表向きは占い師をしており、裏では拝み屋的なことをしているらしい。
容子を介して知り合ったが、私は実際に顔を合したことが無い。
容子の縁切りの力で、大抵の厄介事を片付けているらしいが、悪縁切りだけで済まない場合のみ臨時バイトとして駆り出されている。
実入りは大きいが、危険も伴う。
霊障に悩まされて、ノイローゼになりかけたこともある。
余裕が無い時は、サクッと断るのが一番良い。
「そっちは、そっちで何とかして。私は、異世界の邪神相手にするだけで精一杯だから」
「仕方がないなぁ」
不満そうな容子の腹にに、グーパンチを叩き込みながら時差について話を続けた。
「時差だけど、サイエスの1時間が、日本で7時間経過したことになるみたいだよ」
「1日だと一週間になるのか……。まあ、法則が分かればやりようはあるね」
「そうだけど時差を計算するのが面倒くさい。同じ時間軸で統一して欲しかった!」
ブーブー文句を言う私に、容子は生暖かい目で私の肩を叩いて言った。
「ドンマイ☆」
グッと親指を立てられたのがムカツク。
「あ、そうそう。お前、整形外科の予約すっぽかしたでしょう。電話が掛かってきてたよ。熱出して寝込んでるって事にしといたから。今日行ってこい」
サイエスの事で目まぐるしく動いていたから、すっかり忘れていたわ。
「了解。ご飯食べてお風呂入ってから行ってくる。朝一なら、飛び込みでも大丈夫でしょう。その間、サクラの面倒見てくんない? 連れて行くわけにはいかないし。可愛いからって頬ずりとかお菓子上げまくるのは禁止だからね」
一応釘は刺しておくが、蛇二匹を溺愛している姿を見ると不安しかない。
「サクラ、私は用事があるから傍を離れるけど、このどうしようもないダメな妹が面倒見てくれるからね。私が帰るまでの辛抱だからね」
と言い聞かせてみたが、分かってない様子で?マークを頭に沢山浮かべている。
家の中にさえ居てくれれば良い。
脱走して外に出られたら日には、捕獲&即研究所送りにされる。
「サクラちゃんの事は私に任せなさい! あんたは、ちゃんと診察して貰うこと。ご飯の支度するから、まずはシャワーでも浴びてきたら?」
「分かった。サクラもおいで」
容子からサクラを奪い返し、そのまま風呂場へ直行した。
私がシャワーを浴びる傍ら、お湯を張った桶に入り遊んでいる。
時差も分かったことだし、それを利用して自宅を行き来すれば快適な異世界ライフが送れるだろう。
シャワーを浴びて、容子の作った朝食を食べて、少しゴロゴロした後に支度をしてたら、病院に行く時間になった。
「じゃあ、サクラたちを宜しくね」
「はいはい、いってらっしゃい」
シッシッと追い払うような仕草で送り出す容子に、ちょっぴり悲しみを覚えた。
原付バイクのガソリンが心元ないので、帰りにガソリンスタンドに寄って給油しよう。
そんな事を考えながら、時速30キロでノロノロと公道を走る。
自転車よりも少し早いくらいの速度だ。
横を通る車の主達は、嫌そうに私を見るが気にしない。
ちゃんと道路交通法を遵守してますから!
なんて阿呆なことを考えてたら、白バイに止められました。
速度違反してないのに、何でやねん! と思っていたら遅すぎて危ないんだと。
酷す。
「そこの貴女、遅いからもう少し速度上げて走って」
「いや、無理です。怖いんで」
ドヤ顔&決め台詞を言ったら、呆れた顔で大きなため息を吐かれた。
「何処まで行くの?」
「〇〇形成外科ですけど」
「じゃあ、そこまで先導して上げるからついてきて」
何その羞恥プレイ。
私、そんな性癖ないんですけど。
「嫌です」
勿論即答しました。
「この道路で君みたいに徐行運転されると逆に危ないんだよ。ついてきてね」
有無を言わさない白バイの兄ちゃんに、私は折れました。
押し問答しても、受診の待ち時間が延びるだけだもの。
受付開始前には着きたいので、仕方なく白バイの後ろについていく事にしたが、全くついていけず置いてきぼりを食らった。
それで怒られたのは解せないと、主治医に愚痴ったのは言うまでもない。