17.薬師ギルドは社畜の巣窟でした ※
所持金;金貨16枚・銀貨10枚・銅貨1枚・青銅貨6枚
冒険者ギルド預金:金貨1枚・銀貨11枚・銅貨16枚・青銅貨8枚
薬師ギルド預金:金貨3枚・銀貨1776枚・銅貨2550枚・青銅貨13450枚
夕飯も食べ終え、当てがわれた部屋に戻る。
時計を確認すると、時差は丁度6時間強だった。
詳細な時差の確認は、自宅へ帰ってからになる。
どれくらい時間経過しているか。
自宅の鍵を取り出し、玄関を開ける。
「ただいまー」
と声を掛けたが、一向に返事が返って来ない。
珍しいこともあるもんだ。
リビングに入り、テレビを点けると深夜番組が流れていた。
共同で使っている充電器には、容子のスマートフォンが充電されていた。
スマートフォンを手に取りタップすると、日時が表示された。
10月18日1時40分と表示されている。
一方私の時計は、10月17日19時20分を表示されている。
サイエスでの1時間が、地球では7時間経過していることになるのか。
時差が分かっただけでも収穫は大きい。
この事をメールにしたため、私はサイエスに戻り宿で夜を明かした。
翌朝、身体がバキバキに痛かった。
ニ〇リで寝具一式を買いたい。
IK〇Aでも良い。
ベッドが硬くて寝ても疲れが取れないのは、由々しき問題だ。
ベッドと寝具一式買って、快適な睡眠の確保をしたいと切実に思った。
せんべい布団は、本気で腰にくるわ。
医療用のコルセットを使う時がくるのも近い気がする。
アイテムボックスから愛用の基礎化粧品・石鹸・タオルを取り出し、宿の裏にある水場で顔をジャブジャブ洗う。
洗顔後に清掃を使い、オールインワンジェルを顔に塗りたくった。
1本3600円の特売品。
両手いっぱいを顔に万遍なく浸透させるように濡れば、数分後にはプルプル艶々のお肌が完成する。
日焼け止めクリームを顔と首筋に塗り、口紅を引いてから着替えを済ませる。
二十歳を過ぎてから、肌トラブルに見舞われた。
手入れは念入りにしなければ、直ぐに肌が荒れてしまう。
忘れ物がないか、身だしなみはちゃんとしているか確認して部屋を出た。
看板娘に声を掛けると、えらく驚かれた。
「ヒロコさん、今日は早いんですね」
確かに今まで部屋から出て来る時間がまちまちだったので、お寝坊さんだと思われても仕方がないか。
「今日、ここを発つ予定なの。薬師ギルドによってからだから、早めに起きておこうと思ってね」
「じゃあ、宿代2日分返金しますね」
返された金貨1枚を受取りチェックアウトした。
その足で、薬師ギルドを目指して十五分ほど歩き、漸く目的地にたどり着く。
ギルドホールを覗いても、案の定と言うべきか誰もいない。
仕方がないので、アイテムボックスからマイクを取り出して叫んだ。
「ポーション取りに来ましたぁぁあ!」
二階からバンッとドアが開き、ヨレヨレの白衣を着た婆が、カッと目を見開き鬼の形相で怒鳴ってきた。
「毎回毎回五月蠅いんだよ、あんたは! そんな大声出さなくても聞こえているわ」
「こうでもしないと、出てこないじゃないですか。そもそも、受付に一人くらい置いたらどうなんです」
受付嬢でも、受付おっさんでも良いから人を配置しておけば良いのに。
手間を省いた婆が悪い。
来客に大声を出させないようにしろって話だ。
「人手不足だ。薬師の多くは、研究馬鹿が多くれね。皆、引きこもっているんだよ」
「研究に熱中し過ぎて、来客者の声が聞こえていないなら、なおさら受付の人を雇った方が良いんじゃない?」
「うちに人を雇う金なんて無いよ。それで、朝っぱらから何しに来たんだい?」
険呑な目で睨む婆に、私はここに来た目的を思い出した。
「ポーション受取りに来ました。割札です」
「ギルドカードも出しな」
「何で?」
「ポーションの授受された記録を残す為だよ。時々ポーションを騙し取ろうとする馬鹿がいるんだよ」
なるほどね。
割札を渡すのは勿論だが、身分証を呈示させるのは犯罪防止に役立つ。
この地の住人でない冒険者達を相手に商売するなら、それくらいの用心は必要だろう。
素直にギルドカードを出したら、魔法具の上に置かれた。
「これが頼まれていたもの。MPポーションとHPポーションだ」
指定したポーションを受け取り、ショルダーバッグを通じてアイテムボックスに入れた。
「それより、お前さん。調合1を取得してるね。ポーションが作れるようになったのかい?」
調合スキルについて話してないのに、何で知っているんだ?
ハッとなり、私は婆の手からカードを引ったくる。
カードを見ると、スキル欄に調合1と表示されていた。
これが原因か!
「普通、スキルの開示は自己申請なのでは?」
「自己申請を信じる馬鹿が、どこにいる。薬師に必要なスキルは、自動で表示されるようになっているんだよ。言っておくが、スキル欄は非表示出来ないからね」
本当、便利な道具だね!
そういう事は、事前に告知して欲しかったよ。
「それで、どうやって調合1を取得したんだい?」
「自作の化粧水を作ってますので。多分、そのせいじゃないですかね?」
「化粧水って何だい? 何かの薬かい?」
え? そこから?
冒険者ギルドの受付嬢は、化粧していた。
化粧品や基礎化粧品もあると思っていたのに、化粧水の概念がないなんて!!
私は、そっちに驚きだよ。
「肌のきめを整える水です。薬ではないです。冒険者ギルドでもお化粧した受付嬢も居ましたから、普通に化粧水はあるんじゃないんですか?」
「そんなものが、あるなんて聞いたことがないよ! 大体、オーリブ油で顔をマッサージして石鹸で油ごと汚れを落とすのが常識だ」
「それだと、肌がつっぱりませんか?」
「ああ、洗顔後はつっぱるからお貴族様やお金に困ってない奴らはHPポーションを顔に塗っている」
「……」
言葉にならなかった衝撃を受けた。
これが、カルチャーショックという奴なのか?
ポーションが、色々と間違った使い方されている。
「因みに石鹸て幾らなんですか?」
「安い物でも銀貨4枚はする。全身洗えるからね。ただ、泡立ちが悪いのと臭みがねぇ……。実物を見てみるかい?」
「はい」
婆は階段を上って部屋に戻り、石鹸を手にして降りて来た。
テーブルの上に置かれた石鹸からは、獣臭さを感じさせる。
鑑定で見てみると、魔物の油を使っていた。
そりゃ、臭いがしても仕方がない。
植物油ならそんなことはないのに。
「化粧水とやらは、どれくらい効果があるんだい?」
私は、アイテムボックスから取出した100円ショップで購入した石鹸と乳液、美容液、洗顔ネットをテーブルの上に置く。
そして、昨日作った化粧水1号くんも置いた。
「この石鹸でまず顔を洗います。このネットを使うと泡立ちが良くなりますよ! 余分な脂と汚れを取り除いてから化粧水をつけます。金貨1枚くらいの大きさを10回くらいに分けて肌になじませるようにマッサージしながらつけます。仕上げに乳液を塗って化粧水の蒸発を防ぎ、気になる部分に美容液をつけます。人によって効果の出方は違いますが、10歳は若返ります」
全日本ミスコン出身者は、挙ってドラッグストアの安価な化粧水や乳液でも十分効果があると断言している。
肌に合うかどうかは使う人次第だが、殆どの人は問題なく使える代物だ。
自作化粧水が、日本製品を超えることはないと思う。
だって調合スキルがレベル1だしね。
化粧水が多少ポンコツでも、乳液や美容液がカバーしてくれる事を期待したい。
「ちょっと試して良いかい?」
「どうぞどうぞ」
婆に、洗顔方法から化粧水の付け方までレクチャーし終わったのが1時間ほど。
どっと疲れた。
「これは良いね! 石鹸が良いにおいだし、泡立ちもいい! すっきりした感じが癖になるね。肌もつっぱらないし、手に吸い付く感じだ」
「それを最低でも朝と夜にすれば、ぷるぷる艶肌が保たれます」
欲を言えば、昼にもすると効果が倍増なのだが、仕事しているならそんな時間はないだろう。
油とり紙があれば化粧直しも簡単になるだろう。
うわぁ、お金の臭いがする。
容子がここに居たら、絶対商機と言わんばかりに販路を開拓していそうだ。
「これは作れるのかい?」
「作れます。でもコストが掛かるので、今のところは自分の分だけしか作ってません」
そう難しいものでもないし。
ただ手間はかかるから、石鹸については100円ショップで買った方が良質でコストが安い。
「そうか。残念だ」
がっかりだと肩を落とす婆を見て、やっぱり変なところで女なんだなぁと感心する。
「調合スキルが上がれば、効率よく質の良いものを安価で提供できるかもしれないので、その時は市場に回るように売りますよ」
と答えたら、婆の目がクワッと大きく見開かれ、ガシッと腕を掴まれた。
「その時は、レシピを薬師ギルドに売るんだよ!! ちゃんと特許税が入る! 他に売るようなことはしないでおくれ。くれぐれも商業ギルドにはね!」
この婆、他のギルドは敵みたいな認識しているんじゃないか?
薬師ギルドにレシピを売っても良い。
だが販路まで開拓するなら、受付する人がいないと売れる物も売れないだろう。
出来た商品を売りさばくなら、商業ギルドを通して売れば良いのだろうが、婆はその辺りはどう考えているのだろうか。
ここで下手に突っ込んで聞くと話が長くなりそうだ。
「考えておきます。では、これで失礼します」
用事は終わったので帰ろうとしたら、何言ってんだみたいな顔をされた。
「お前さん、調合1なんだからポーション作って行け」
「私、ポーションの作り方知りませんけど」
「調合1あれば、下級ポーションくらい作れる。これが、下級ポーションのスクロールだ。読んだら、さっさと作りな」
「いやいやいや、私これから行くところあるんですよ! 無理無理無理」
ポーションの作り方が分かるのは嬉しいよ?
でも、何で急に強制労働させられんの?
「下級でもポーション作れたら、旅の途中でも困らないだろう。調合器具一式くれてやるから手伝いな」
くっ、確かにそうだけど。
買うより自分で作った方が安上がりだし、仕方ない時間の許す限り作るか。
「手伝うんで、魔物除けの薬とかも教えて下さい」
「毒消し、魔物除け、虫よけの薬が書かれたスクロールだ。読んだら、HPとMPの下級ポーション100個作って貰うからね。魔力が切れたら、マナポーション用意してあるから遠慮なくどんどん作れ」
何か更に仕事が増えた!?
「マナポーションのお金払えないっす」
「作成時はタダだよ」
目の前に居たのは、鬼婆だった。
働きたくないでござる。
しかし、目の前の鬼婆は許さない。
結局HP・MP下級ポーション、毒消し、魔物除け、虫よけ薬のスクロールを読み、作業場に監禁されてポーション作りに勤しんだ。
作り始めると科学の実験みたいで熱中してしまった。
時計を見ると15時を少し過ぎていた。
「お腹が減った……」
クーッとお腹の音が鳴り、容子作のご飯を頂くことにした。
臭いのきついものはパス。
消去法でサンドイッチにすることにした。
ハムと胡瓜、スクランブルエッグのサンドイッチに欠かせないのは、コーヒーだよね☆
アイテムボックスから保温ボトルと愛用のマグカップ・インスタントコーヒーを取出し、粉をカップに入れてお湯を注いだ。
容子はカフェオレ派だが、私はアメリカンのブラック派だ!
単に砂糖や牛乳を入れるのが面倒臭かっただけで、いつしかこうなった。
コーヒーの臭いにつられたのか、サクラが鞄から出てくる。
触手を伸ばしてコーヒーを飲もうとしているが、サッとカップを取り上げた。
悲しげな感情が流れ込んでくるが、苦いの飲んでのたうち回るより良いだろう。
「これは苦いからダメ。サクラは、こっちにしときなさい」
アイテムボックスから取出したDr.コーラをグラタン皿に注いでやった。
色は似てるし、気分を味わってもらおう。
サクラが身体を高速ブルブルしている姿を見て、満足してくれたみたいだ。
小皿にアーモンドのチョコを数粒置いて、出来たものを鑑定していった。
MP下級ポーション(良)×11
MP下級ポーション(普)×58
MP下級ポーション(劣)×31
HP下級ポーション(良)×8
HP下級ポーション(普)×62
HP下級ポーション(劣)×30
毒消し(良)×13
毒消し(普)×20
毒消し(劣)×28
虫よけ(良)×18
虫よけ(普)×11
魔物除け(普)×33
やり過ぎた感はあるな。最初は、こんなものだろう。
毒消しと虫よけ、魔物除けはアイテムボックスに収納した。
それ以外のポーションは、婆に納品となるので婆を呼びに行くことにした。
「下級ポーション出来ましたよー」
部屋を出て声を張り上げても誰も出てこない。
安定の婆だね。
スチャッと鞄に準備していたマイクを取出しボリュームは大で、
「下級ポーションできましたぁ!!!!」
と叫んだら怒られた。
「毎回怒鳴るな! 聞こえているわ」
「毎回返事が無いんですから、仕方ないと思いますけど」
シレッと言い返して、マイクを仕舞う。
「出来たポーションはどれだい?」
「これです」
それぞれ100本のポーションがある。
HPポーションは体力と腕力を使うが、MPポーションはそれに加えて魔力も使うので何度魔力切れを起こしたか。
MPポーション1本作るのに、魔力10削るので20個作る度にマナポーションを飲んでいた。
空のMPポーション5本が、作業台の上に転がっている。
「初めて作った割には上出来じゃないか。普通なら(劣)が殆どなんだけどね。(良)まで作れるなら、このままここで働いてもらおうかね」
「嫌です」
こんな社畜ギルドに就職したくない!
「(劣)以外は、こちらで引き取る」
「(劣)は貰って良いんですか?」
「ああ、卸せないし売り物にもならないからね。(良)があるから元は取れる。それから、あんたは今日からCランクに昇格だ。年会費金貨1枚と銀貨3枚だが、先日の銀貨7枚を差し引いた銀貨6枚貰うよ」
強制労働&ランクアップで、さらにお金まで取られるのか!
そりゃ、薬師ギルドに働きたくないわ。
「預金から引いておいて下さい」
ギルドカードを渡し、私はガクッと肩を大きく落とした。
戻ってきたギルドカードにはCランクと記載されている。
嬉しくない。
「じゃあ、もう行きますんで」
「用事が終わったら、戻ってきな。沢山ポーション作らせてやるよ」
「……(遠慮したい)」
私は、無言で疲労困憊しながら薬師ギルドを後にした。