15.悪魔が金をむしり取れと囁いた *
私が寝ている間、容子がコレクションをダンボールに詰めていたなどつゆ知らず、ベッドでサクラと一緒に爆睡してました。
「何時まで寝てるんじゃボケーーーーーーーーーーーィ!!」
その声と共に、腰に強い衝撃が来たぁぁあっ!
腰が! 腰がぁあっ!
「グギャッ………」
蛙が潰れたような声が出た。
そこまでして私の腰を崩壊させたいのか、妹よ?
「いい加減起きろ! いつまで寝てるつもりだ!!」
「ギィヤーァッ!!……起きた、起きました! 私の上から退いてくれ!!!」
私の絶叫に、容子は手を出して言った。
「おはよう。サクラちゃん出しな」
ムカついたので、お手をしてやったら頭を鷲掴みされた。
「お寝ぼけさんかな? サクラちゃんを出しな」
容赦なく頭をギリギリと締め上げる。
声にならない悲鳴を上げた私は、速攻でサクラを出した。
許せサクラ。
私の頭と腰の為に悪魔の生贄になってくれ!
サクラにデレデレしている容子が、私を一瞥するとさっさと飯を食えと言ってきた。
「ご飯出来てるから、早く支度して降りてこい」
容子に促され、白のYシャツと黒のパンツに着替えて洗面所へ直行。
顔を洗って、清掃をしてから念入りに基礎化粧をペタペタする。
以前より肌の調子が良いのは、嬉しいことだ。
リビングに顔を出すと、容子は蛇達の世話をしていた。
「赤白ちゃん、紅白ちゃん、お早う」
巣から顔を出して頭を上下にフリフリしている。
今日は、機嫌が良いようだ。
眠い。
眼がしぱしぱする。
眼を擦ってると、
「ご飯出来ているから、早く食え」
と言われた。
「あー、うん、ありがとー眠いわぁ」
ふわっと欠伸を繰り返し、テーブルに用意された食事もそもそと食べ始める。
今日は、いつもより質素な朝食だ。
ご飯とみそ汁しかない。
せめて、漬物くらいは付けて欲しい。
「容子、漬物は?」
「無いよ。後、納豆もふりかけも無いからね」
無慈悲だ。
そこは、買い足して冷蔵庫にストックしておいて欲しい。
「おかずが無いなら、ご飯のお供くらい用意して欲しい」
「お前、いつ帰って来るか分からないじゃん。ご飯のお供が欲しいなら、これでもかけて食え」
と目の前に個包装された鰹節と醤油を差し出された。
「私は、猫じゃない!」
「美味しいよ? 猫まんま」
鰹節を引っ込めようとしたので、私は無言で引ったくる。
ご飯の上に鰹節を振りかけて、醤油を少し垂らして食べる。
隣では、チョコボールを容子から与えられたサクラが高速で身体をブルブルしていた。
私とサクラの扱いの差に、ちょっとやるせない気持ちになる。
容子の手の中にあった箱に、サクラがニューッと身体を触手のように伸ばしている。
どうやらチョコボールは、お気に召したらしい。
サクラが食べたのはアーモンドのようだが、私はキャラメルの方が好きだ。
「宥子のステータス見せてくれない?」
飯食っている最中に言う事か?
後にしてくれよと思ったが、口に出したらイヤガラセ飯になる。
私は、渋々従いステータスを容子に見せた。
「ー……ちょい待ち。ステータスオープン」
そう発すると、目の前にステータス画面が表示される。
何度見ても不思議な光景だ。
ステータスチェックなんてしてないから、どれくらい上がったか確認しておかなければ。
---------STATUS---------
名前:ヒロコ(琴陵 宥子)
種族:人族[異世界人]
レベル:38
年齢:18歳[25歳]
体力:130→152
魔力:220→260
筋力:87→90
防御:68→71
知能:110→118
速度:62→71
運 :650→1030
■装備:黒のYシャツ・黒のパンツ・白のソックス
■スキル:縁結び・契約∞・剣術11・索敵1[7]・[隠ぺい7]・[隠密7]・魔力操作1・初級魔法1(全属性)・生活魔法1
■ギフト:全言語能力最適化・アイテムボックス・鑑定・経験値倍化・成長促進
■称号:なし
■加護:なし[須佐之男命・櫛稲田姫命]
[■ボーナスポイント:370→2060pt]
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「結構レベル上がったね。サバ読み過ぎてワロス。にしても、射撃系のスキル取ってなかったんだね。残弾数は?」
ぐはっ、サバ読みを指摘された。
そこは、知らんぷりしてくれよ。
やっぱり銃弾に関して聞かれた。
冷汗がだらだら、視線があらぬ方向を向いてしまう。
「宥子お姉ちゃん?? ほら、言ってみ?」
笑顔で脅しにかかる容子に、姉ちゃんはガクブルだよ。
ここでだんまりを決め込んだら、絶対ご飯抜き令が発動する。
でも、言いたくない!
首を横に振ると、容子はニッコリとドス黒い笑みを浮かべていた。
「ッ……確かに無駄打ちしたよ。しましたよ! でも、始まりの町周辺で使うとオーバーキルになるの。弾は殆ど残ってるし、そんな顔される筋合いはない! 大体、取得前に容子が勝手に購入して押し付けてきたんでしょう。無駄打ちに怒られる筋合いは無い」
私の答えに容子は、大きなため息を一つ吐いた。
「射撃系スキルを取得させなかった私の落ち度だね。今からでも良いから、スキル取得しろ。取得出来るスキルの一覧見せて」
「へーい」
私は、取得できるスキルの一覧を容子に見せる。
射撃・狙撃・ロングショット・カウターショット・ホークアイ、この辺りを取得すれば良いのだろうか?
「取得するなら、射撃だね。渡した武器は、どれも近接戦闘用だから他は、現時点では不要かな。ポイントが勿体ないし。それから、調合のスキル取得してね」
指定のスキル取得を命じられた。
射撃系のスキルは、取得する予定だったから分かる。
調合のスキルは、何に使うんだろう。
生産なんてしたくないでござる、とは言えない雰囲気。
容子が、何を考えているのか皆目見当もつかないが拒否したら面倒臭い事になるのは想像がつく。
ポイントもあるし、射撃1と調合1を取得した。
二つ合わせて400PT消費しただけで済んで良かった。
残りの1660ptは、何かの時のために残しておこう。
「残弾数に注意して使用してよね。後、予備のバッテリー交換はマメに行うこと。はい、新しいの。一週間分のご飯とおやつ」
タッパーに詰められたご飯とおかず、それにお菓子が100円ショップで購入したであろう折り畳みコンテナに入っていた。
用意周到なことだ。
私は、それをアイテムボックスに収納する。
「そうそう、蔵入りになっている付録類は向こうで売ってきてね。女性が好きそうな巾着と小型ハンカチは、ギルドのお姉さん中心に渡して媚売ってこい。レベル上げよりもスキルに慣れるのが、当面の課題だから。自力で上位スキルに派生させな」
容子は、他人事のように無理難題を言い出した。
「言っていることは分かるけど、ギルドに媚びうる必要あるの?」
「何事にも円満な関係を築くための投資だよ」
「ふーん。まあ、良いけどさ。何で調合スキルを取らせたの?」
容子からポイポイと手渡される荷物をアイテムボックスに収納しながら、疑問をぶつけた。
「調合出来れば、自前でポーション作れるでしょう。それに、調合スキルで化粧品作れば売れると思うんだよね。というわけで、化粧品の材料揃えてあるから! 向こうで作ってこい。宥子が熟睡している間に、スマホ弄って関連動画をダウンロードしておいたよ。電波なしでも視聴できるから安心してね。もし、良品が出来たら持って帰ってきてよ。私が使うから!」
「前半は分かるけど、後半は完全に容子の願望だよね。妹よ、お前は私をどうしたいんだ?」
「手に職があると、どこでも生きていけるんだよ。戻ってきた時には、ソーラーパネル搭載の充電器が届くと思うから、当面はこの充電器を持って行って頂戴。大丈夫、一週間は持つ! 向こうの世界と日本の時間を測る為に、この時計をあげる」
容子、この状況を面白がっているな。
渡された大量の充電器をアイテムボックスに仕舞う。
渡された腕時計は、GMT機能が搭載された優れものだ。
ただ、デザインは厳ついので容子も趣味じゃなかったようで、高校の修学旅行以降は箪笥の肥やしになってたものだ。
性能が良いからありがたく使うけど、もっと可愛いデザインが良かった。
「出来上がった化粧水やポーション用入れ物は、あっちの箱に纏めてあるから。そのまま持って行って」
容子が、調合を取らせた意図が分かった。
要するに美容品を作って、売りつけろって事か。
万国共通、女という生き物は可愛い物や綺麗なものが大好きだ。
美を追求するために金を積む人は絶対にいる。
狙うは一般庶民。
貴族は二の次だな。
そう考えていると、
「今いる所って始まりの町なんだよね? どのギルドに登録したの? 何か役職とか就いてたりする?」
と聞かれた。
「まだ始まりの町にいる。冒険者ギルドと薬師ギルドに登録したけど、駆けだしだから役職も何もないよ」
私は、それぞれのギルドで作ったカードを見せる。
「読めない! まあ、いいや。他にも町があるなら、王都もあるでしょう。ポーションは実質無料になるから、行く先々でポーションを売る事も出来るね。調合スキルが上がれば、ハイポーションのレシピも手に入るかもだよ!」
容子の目が、お金になっている。
自分で作ればタダだろう。
しかしだ、ギルドランクが上がれば収める税も変わってくる。
下手すれば、薬師ギルドでポーション作りさせられる可能性大なんですけど!!
あそこ、婆しかみたことない。
もしポーションを作るなら、自分の分だけに留めたい。
「宥子のレベルなら、始まりの町は用済みでしょう。売り物も適当に売って、さっさと次の町に行きなよ。強過ぎると面倒事を引き寄せちゃうからね」
今更な忠告だよ。
面倒事を引き起こした後だぜ、妹よ。
「ポーション受け取ったら、次の町へ出発する予定。じゃあ、行ってくるね」
サクラを鞄の中に回収して、私はサイエスへと出発した。
部屋を出て下に降りると、宿の看板娘が呆れた顔で声を掛けてきた。
「もう夕方ですよ。随分寝てましたね」
「あははは、結構疲れててね。今何時か分かる?」
「18時になったばかりですよ。さっき鐘が鳴ったじゃないですか」
「鐘って何?」
「日に4回鐘がなりますけど、どれだけ眠りが深いんですか。6時、12時、18時、21時に鐘がなるんです。時計は時計番の人が管理してますから、私たちは大まかな時間しか知らないんです。貴族様や大きなギルドには時計があるみたいですけど」
なるほど、時計はこの世界では貴重なのか。
大きなギルドにあるって事は、冒険者ギルドなら設置してあるかもしれない。
時計なんて在って当たり前だったから、すっかり背景と化していた。
冒険者ギルドのギルドマスターに「明日行く」と言ってしまっている以上は行くしかないか。
時計も確認して正確な時間を設定したいし。
取り敢えず、今は大まかに18時に設定しておこう。
「ユウコさん、その腕に着いているのって何かのアイテムですか?」
「うん、そんな感じ。冒険者ギルドに顔を出す約束しているから、今から出かけるね」
そう言うと、眉を顰めて止められた。
「ダメです! 夜は変な人や怖い人が多いですから明日にしましょう」
「大丈夫。直ぐそこだし、これでも腕に自信はあるから」
索敵と隠密を発動してれば絡まれる心配はないんだけどね。
「心配してくれてありがとうね。じゃあ、行ってきます」
看板娘に鍵を預け、私は冒険者ギルドへ出かけることにした。
宿を出た瞬間に索敵と隠密を発動させ、最短コースで冒険者ギルドへと走る。
レベルも上がると体力もついて、多少走っても息切れしない。
5分と経たずに冒険者ギルドに到着した。
索敵も隠密も発動したまま、まずは目的の時計を探すと、ありましたよ。
受付台の後ろに大きく鎮座してました。
全然気づかなかったわ!
無意識って本当凄いね。
腕時計にサイエスの時間を設定し、アイテムボックスに収納する。
索敵はそのままで、隠密だけ切って受付のおっさんに声を掛けた。
「ヒロコです。ギルドマスターは居ますか?」
「うおっ、びっくりした!! 何時の間にいたんだよ」
「ついさっきです。ギルドマスターに呼ばれてるんですよ。今います?」
しれっとした顔で話を逸らす。
「呼ばれてるって、一体何をやらかしたんだ」
「何もしてませんけど? 昨日帰りに呼び止められたんで、明日来るって言ったんです。用事があってこんな時間になっちゃいましたけどね」
「そうか。ちょっと待ってろ」
おっさんは、水晶っぽい丸い石にブツブツと呟いている。
あれで連絡を取っているとすれば、電話機のようなものだろうか?
待つ事数分、ギルドマスターが現れた。
「何でこんな時間に来るんだ。もっと早く来い」
「明日行くとは言いましたが、時間の約束してませんから。私にも都合ってものがあるんですよ。で、何の用ですか?」
要件を早く言えと促すが、なかなか言わない。
「場所を変えよう。私の部屋に来て貰う」
「え? 嫌ですよ。何されるんですか、私」
二人っきりなんて御免だ。
何されるか分かったものじゃない。
「何もせんわ! 俺はロリコンじゃない」
「ロリコンだったら憲兵に突き出します。男の人と二人きりは嫌です。受付の女の人も一緒でお願いします」
この混雑時に無理な注文を突きつけたら、大きなため息を吐かれた。
「分かった。じゃあ、エレン来てくれ」
「はぁ~い」
エレンと呼ばれた受付嬢は、あのやる気のない美人さんだ。
「チェンジで!」
思わず言ったよ。
顔だけ嬢は嫌だ。
仕事が出来るフツメン嬢が良い。
「何が不満なんだ。お前の要望通りだろう」
「そのエレンって人顔だけで仕事は手抜きじゃないですか。きっちり仕事をしているあの人でお願いします」
フツメン嬢を指名すると、ギルドマスターはガシガシと頭をかいた。
「カリーナ来てくれ」
「分かりました」
出来る女は返事の仕方も違うな!
カリーナとギルドマスターの後ろをついて行く。
通された部屋は、ギルドマスター専用の書斎らしい。
時計もあった。
ソファーに座るよう促され着席。
「それで要件は何ですか?」
面倒なので単刀直入に聞いた。
「昨日の件だが……」
「あのカツアゲ野郎達の事ですか? あれは正当防衛です。憲兵の方も認めていたでしょう」
「お前に罰を下すとかじゃない。実力とランクが合ってない事で問題があると判断したから呼んだ」
なるほど、そういう事か。
「まあ、登録したばかりですからね。幾ら強くても最初はFからコツコツするものでしょう」
「例外はある。単独でワーウルフを討伐したり、Cランクパーティーをボコボコにしたりするくらいの実力があるなら、推薦でレベルを上げることが可能なんだ」
へぇ、そんなシステムがあったのか。
飛び級みたいなシステムがあるなら、ランクも上がりやすい。
「私のランク上げという事ですか?」
「嗚呼、そういう事だ。推薦状を書く。ここから一番近くて大きな町が東にある。セブールという城塞都市がある。そこの冒険者ギルドで昇給試験を受けて欲しい。話は通しておく」
「分かりました。推薦状を下さい」
そう言って手を出すと、推薦状を渡された。
「受付で始まりの町のレオンハルトからの紹介だと言えば昇級試験を受けられる」
人の名前覚えるの苦手なんだよね。
ステータス見れば分かるけど、目の前に居ないとダメだわ。
「人の名前覚えるの苦手なんですよ。せめて、始まりの町のギルドマスターが昇給試験受けるように言ったで通るようにしておいて下さい」
覚える気のない私にレオンハルトは、顔を引きつらせている。
渡された推薦状を鑑定すると、『レインハルトからの推薦状』と出たので名前で困ることはなさそうだ。
まあ、街に着くころには名前や顔を覚えてないと思う。
「推薦状は預かりました。準備でき次第ここを出発します」
と言い残して、私は冒険者ギルドを後にした。