143.初めての野営
やってきました。サイエス!
街道に生えている木の影に出ました。
目の前には森、後ろは草原と自然豊かな場所が広がっている。
時刻は夜、辺りが見えない!!
慌てて、スマートフォンのライトを点ける。
街だと思っていただけ残念だ。
でも、空気は美味い。
「ほわぁぁぁ……本当に異世界だ。裏技を使って、世界を渡れるとかチート級じゃん」
「疑っていたんかい! 自宅からサイエスに来る場合、帰還した時の場所からのスタートになるからね。人に見られないように、細心の注意が必要なのさ」
「成程、確かにその考えは概ね同意する。自宅の鍵で戻った場所がセーブポイントになり、ロードする場合はその場所からとなる。能力は便利だけど、万能じゃない。人目がつかない場所を毎回探してというのも面倒だね」
「野宿用にキャンプ用品を買っておいてくれたことには感謝している」
「うむ、感謝するが良い。それはそうと、あの明るい方って町じゃないの?」
グルリと辺りを見渡すと、小さいが街らしきものが見えた。
私の提案に、私は首を横に振った。
「無理だよ。セブールに行くと言って町を出発しているのに、戻ってどうするよ。それに、今のあんたのステータスでは町に入れないと思うよ。明らかに別の国から来ましたって感じの名前だし、私に契約されてる状態だからレベル上げして隠蔽スキル取得しないと。今日は、野宿だからね」
宥子の言っていることは、一理ある。
異世界の街に興味はあるが、今行くことに固執する費用は無いだろう。
「確かに、私の存在は宥子の言う邪神にとってイレギュラーな存在だもんね。野宿に適した場所を探そう」
「そう言うと思って、幾つか目星を付けてある。戦闘は全力回避で進むから、魔物を見かけても手を出そうとしたりしないように」
宥子は、私を一体何だと思っているのだろうか。
私ほど、平和主義者はいない。
向こうが手を出してこないなら、こちらから手を出す気はないのだ。
命大事!
宥子がスキルと地図を併用して野宿向きの場所を探している最中、私は携帯を開き地球のインターネットに繋がるか試してみた。
私の予想通りネットが繋がったので、これで執筆活動に支障がない事が判明した。
三十分ほど歩いたところに、少し開けた場所があった。
LEDランプを木に吊るし、明かりを確保する。
今日はそこで野営をすると言われ、アイテムボックスの中から必要な物をを出してもらう。
「森の中で野営するのは良いけど、周囲に水場が無い場所でテント張って大丈夫?」
と確認すると、宥子は魔法で水が出せると言い出した。
魔法が存在する世界なのだから、それもありだろう。
魔法で出した水を飲んでも、腹壊さないか少しだけ心配だ。
「水は、魔法で出せるよ。魔法で出した水を飲むのに抵抗があるなら、ペットボトルの水を飲めば? アイテムボックスに収納してあるし」
そんな私の不安を見抜いていたのか、他にも飲料水をちゃんと用意してくれていたようだ。
「魔力で作った水を飲料水にする発想は無かったわ。身体に影響はないなら、飲み水が確保できてコスト削減にもなるね!」
宥子の様子からすると、普段は魔力で作った水を飲んでいるのだろう。
身体に影響が出ていないところをみると安心出来た。
「水。鑑定」
宥子は、徐にアイテムボックスから紙コップを取り出して水魔法で水を生成してみせた。
「ひぇぇー! ま、まほう!? 凄い、凄いよ!! 魔法だよ」
目の前で初めて見る魔法に、私のテンションが爆上がりしている。
「水魔法だよね? 私も出来るかな? それで、水は飲めるの?」
立て続けに質問をすると、落ち着けと言わんばかりにペシッと頭を叩かれた。
「落ち着け。水魔法で水を出しただけだし。容子もレベル上げて、スキルポイントで魔法を取得すれば使えるようになるでしょう。魔法で生成された水は、真水です。飲料水にもなるって出てるから飲んでも、身体に害はないよ」
「水に掛かるコストが減るのは良い事だね! アウトドアグッズを出して。テントを張ろう」
アイテムボックスに収納されたアウトドア用品グッズを見ると、ずらっと並ぶ横文字の羅列。
スマートフォンの翻訳アプリで読みながら理解しようとする私に対し、宥子は内容が分かっているのかテキパキとテント張りに取り掛かっている。
テントはコンパクトに畳まれているが、結構大きい。
折り畳み式で一瞬で開くタイプのものを選んだのは正解だった。
「同じテントが2つあるんだけど、これ1人用テント?」
「3人用。1つは、トイレとして使う。簡易トイレも買ってあるから、それ設置して」
二人がかりでテントを張るのに四苦八苦しながら、何とか完成した。
簡易トイレ用テントに、宥子が目を輝かせて喰いつくとは思わなかった。
トイレ大事だもんね。
野糞は無理。
絶対無理。
野糞推進派には悪いが、これでも羞恥心はある方なのだよ。
宥子が、テント周辺に何やら薬剤を散布している。
「何してんの?」
と声を掛けると、
「魔物と虫よけの薬をまいてるの。貴重な睡眠時間を削りたくないで御座る」
と宥子の必死の形相に心からの叫びが込められた返事が返ってきた。
火の番をする気はないのだろう。
お互い不眠だから、寝れる時に寝ないと体力持たない。
魔物除けの薬は兎も角、虫よけの薬は地球でも売れるかもしれない。
久世に横流ししてみて、売れそうだったら高値で売りつけるのもありだな。
「ポーション以外にも売っているんだね」
「あ、うん……そうだね」
姉よ、バレバレだぞ。
大方、ポーションと一緒に便利性を求めて作ったんだろう。
効果が高いなら、どんどん作らせてガンガン売り捌こう。
良い収入源になりそうだ。
「ご飯はどうする? 前に渡された食事が、まだアイテムボックスに残っているんだけど」
「じゃあ、作る必要がないね。じゃあ、それを食べる」
「何にする?」
ブオンッとアイテムボックスの一覧表が現れ、大まかな項目ごとに分かれている。
宥子は、食材の項目をタップし、ずらりと並ぶお菓子やジュース、料理の数々を私に見せた。
「私は、海苔弁当にする。宥子は?」
「私は親子丼」
海苔弁当と親子丼、サクラのご飯はジャムパンになった。
折り畳み机の上に、本日の遅い夕飯が配膳さられていく。
「「頂きます!」」
LEDランタンをテーブルの中心に置き直し、簡易椅子の上に腰を下ろし向かい合って食事を始める。
私は自分の食事よりも宥子の隣にいるサクラが気になる。
ジャムパンを一生懸命袋を溶かして食べる姿にメロメロだ。
一通り食事を済ませ、食後のお茶を用意して今後についての話をすることにした。
「容子、おさらいするよ。サイエスの1時間が、日本では7時間経過したことになる。ここまでは、OK?」
「うん」
「今後の活動方針だけど、セブールで冒険者ランクの昇級試験を受ける。容子は、冒険者登録をする」
「私が冒険者登録するのは分かる。ランクの昇給試験も一緒に受ければ問題なくない?」
私の突拍子もない言い分に、宥子はこめかみを押さえている。
「何事にも順序があるでしょうが。実績もない新人を登録と同時に昇級させれば、周囲が変な勘違いを起こすでしょう。それで、要らぬ諍いに巻き込まれるのは御免被りたいの」
「じゃあ、暫くセブールを拠点で活動してレベル上げして昇級試験を受ければ問題ないよね?」
呆気らかんと言うと、非常に残念なお知らせがありますと前置きされてから、
「私の場合は、ギルド長の推薦を受けて昇級試験を受ける事になったからね。容子が、私と同じ方法で昇級試験を受けられる保証はないよ」
と釘を刺された。
不満顔で宥子を見るが、
「即戦力になれば、レベルに見合うランクを貰えるんじゃないかな……多分」
と何とも歯切れも悪い返事が返ってきた。
ここでグチグチと腐っていても仕方がない。
レベル上げに専念して、セブールでチャンスがあれば私も昇級試験を受けてやる。
「それも、そうだね。まずは、レベル上げに専念するよ」
「うん、そうしてくれると助かるな。ところで、容子は予定は大丈夫なの? 急にこっちに来ることになったし」
「うーん、特に重要な予定は入ってないから問題ないかな。明日から狩りをするんだよね?」
「勿論。レベル上げする気なんでしょう? この辺りは、来たことがないから出現するモンスターが分からない。だから、無理せず命大事を最優先で行動してね。その前に、まずはステータスの名前を変えた方が良いね。このままだと、町に入れないし」
「OK。ステータスオープン。宥子を見習って、マサコにするよ。契約されている状態だと、経験値は私と宥子の両方に分配されるのかな?」
私は、ステータスの名前欄を弄りマサコに変更する。
経験値の分配が気になるが、宥子にも分かってないようだ。
「その辺りは要確認かな。今日は、早めに寝て明日に備えよう」
寝るには遅すぎる気もするが、初めての異世界での野営。
テントの中は厳選したマットを敷き詰められ、お休みと言って五分と経たずに寝落ちしたのだった。