138.姉に新たな武器を装備させました
悪びれも無くふらりと戻ってきた宥子に対し、ほんの少し殺意が沸いた。
心配を掛けている自覚はあるのだろうか?
「宥子、何で用意した武器を持って行かなかった! 死ぬ気か? このアホんだらぁぁああっ」
私は、宥子の腰をがっちりホールドしてギリギリと腕を締める
「痛い、痛いからっ! 姉ちゃんの腰を労わってっ」
バシバシと私の背中を叩き、宥子は力業で私を引っぺがした。
腰を摩りながら、ヨロヨロと歩いてリビングに行く様を見ていると、ざまあみろと心の中で思った。
「リビングに移動させてくれ、容子よ」
容子は、お気に入りのソファーに寝ころび一息吐いている。
帰宅したら、まず手洗いうがいだろう!
一つ説教をかましてやろうかと思ったら、宥子がポツポツと話し出した。
「たった一日でどんな武器を用意したんだよ。今のところ万能包丁とゴキスプレーで対応出来てるから出番ないと思うけど」
容子の言葉に引っ掛かりを覚え、何に対してだろうと考える。
思考がとっ散らかり、纏まらないところに、
「これ、お土産」
と異世界版コケシを渡された。
一瞬で、コケシに思考が切り替わったくらいインパクトがあった。
「宥子、いくら何でもコレは無い。何時の間に趣味が悪くなったの?」
と問うと、宥子は憮然とした顔で選んだのは自分ではないと主張してきた。
「私の趣味じゃないから。地球で効くかは分からないけど、身代わり人形なんだって。瀕死状態から一度だけ守ってくれる代物だよ。体力は30%しか戻らないけど」
ゲームのド定番、戦闘不能を回避してくれる使い捨ての『身代わり人形』か。
お値段もそれなりに高かったはずだ。
しかし、効果を聴く限りでは使いどころが難しい代物だ。
「即死は免れるけど、あんまり意味ないね。身代わり人形+HPポーションで体力を回復させて使うって感じかな。てか、宥子が向こうに渡っている間、こっちの世界では一週間くらいは経っているんだけど」
宥子との会話で感じた違和感の正体に気付き、私はこちらの世界で一週間は経過していると告げたら、宥子は吃驚した顔をしている。
「……はあ? 何それ!? 一週間??? 赤白と紅白の世話は、ちゃんとしたんだろうね?」
「第一声がそれ? ご飯はちゃんと食べてるし、お掃除もこまめにしてる。元気だよ」
ほら、とゲージを指さすと宥子はジーッと観察するようにペット達を見ている。
赤白は水入れの近くで寝そべっているし、紅白は素焼きのお家に引きこもっている。
二匹の元気な姿を見て、少しは安心したらしい。
流石に私でもペットの世話くらい言われなくてもするわ。
ただ、宥子が率先してするから手を出さないだけである。
「瓶詰していた調味料は売れたの?」
私からすれば一週間ほど前の出来事だが、宥子からすれば、昨日の出来事のようであれだけ苦労して詰め替え作業をしていたのを思い出したのかうんざりとした顔になっている。
「売ってない。町に入る時、憲兵が開拓民と間違えられたから売りさばくのは止めた。設定が、村が魔物に襲われて逃げて出稼ぎにきたことにしてあるから。調味料とか売ったら、逆に不自然で目を付けられるでしょう。色々なところを巡ってから、ちょっとずつ下ろそうと思ってる」
その判断は、正しい。
今、彼女が立ち寄っている村で売れる物がないとお金が手に入らない。
それは、死活問題だ。
「そっかー、じゃあしょうがないね。向こうのお金は手に入ったの?」
「うん。金貨までは手に入れた。日本円にすると、青銅貨が10円、銅貨100円、銀貨1000円、金貨10000円くらいかな。こっちで金貨がどれくらいで買い取って貰えるか、質屋に出してみてよ」
調味料の類でお金を稼ぐのかと思ったが、別の方法でちゃんとお金を稼いできたようだ。
しっかり、お金の単位も調べている。
貨幣がテーブルの上に並べるられる。
私は、金貨を手に取って色んな角度から眺めてみた。
メッキでなく、純金なら売れば良い値段になる。
向こうの世界のどこかの国の金貨かな?
この程度の造形なら、贋作を作るのは容易い。
贋金貨を作るのは、最終手段だ。
今、金の価値が高騰している。
金保有率によっては、高く買い取って貰えるだろう。
「偽造可能なレベルの細工だね。偽造出来ないように魔法とか掛かっているのかな?」
「ちょっ、偽造とか物騒なこと言わんで!!」
何気にサラッと犯罪を仄めかす私の言葉に、宥子の顔色が悪くなる。
半分本気だという事を気取られないようにしよう。
「それくらい技術が遅れてるって事。細工の凝ったキュービックジルコニアの指輪とか、向こうじゃ高く売れるんじゃない? こっちにある鉱物も、確認されたし。そっちにしかない鉱物もあるかもしれないから、向こうで買ったものは必ず一つはサンプルで置いて行ってね」
私は、今年一番良い笑顔を浮かべて金貨を置いて行けと宣言すると、宥子は小さく「はい」と脱力しながら是と答えた。
「それはそうと、用意した装備品と武器は今度はちゃんと持って行ってね。折角準備したのに、放置されるとは思わなかった。テントや寝袋、着替えも入っているから」
と用意していた荷物を宥子に手渡すと、
「……っ重い」
と文句を言って来た。
苦情は無視しておくに限る。
異世界生活に、必ず役に立ってくれるだろう品物だ。
「向こうで売り捌いて欲しい装飾品。個包装にして使用してない巾着にいれておいたから、換金してお金を稼いできてよ」
宥子は、私に言われるがままにアイテムボックスに荷物を収納している。
途中で宥子コレクションが混じっていた事に気付いたのか、ギャーギャーと発狂していたが、無職は身を削ってでも金を作ってこい。
私が用意した武器について、実物を見せながら操作方法を宥子に教える。
サバイバルゲーム<通称サバゲー>で使われるHK416Cカスタムと電極銃だ。
ここで実演する事は出来ないので、実際に使用されている動画をパソコンに流して見せる。
勿論、弾無しで何度も動作方法を繰り返し身体で覚えさせる。
成長促進のスキルのお陰か、起動から発射までの肯定は覚えたようだ。
「殺傷能力は高くないけど、直接当たれば皮膚を貫通するくりあの威力はあるよ。威嚇には丁度良いでしょう」
と説明したら、宥子の顔色が悪くなった。
「電池切れしないように充電器と予備バッテリーは買っておいたから。後、弾切れに注意してね。弾は環境に良い使い捨てを多めに買っておいたよ」
ドンッと置かれたビービー弾の箱の山。
バッテリーは10個ほどある。
人生で五番目くらいの大人買いをした。
揃えるのに、数十万円の諭吉が飛んで行った。
「す、すごい量だね」
一階の部屋を大半を占領しているダンボール箱の山に、宥子は恐れ慄いている。
「貯金崩して箱買いしたからね。アイテムボックスで保管すれば場所は取らないでしょう。あるだけで邪魔だから早く仕舞って」
そう言うと、宥子は無言でダンボールの山をアイテムボックスに収納していった。
ベッドを囲むように所狭しと綺麗に積み上げられたダンボールは、相当ストレスだった。
あれだけあったダンボールの山が一瞬で片付くなんて、アイテムボックスは優秀なスキルだ。
是非とも、私も欲しい。
「容子、今後の活動について相談なんだけど良いかな?」
「良いよ」
「今いる町が<始まりの町>ってところでさ、エリアボスのせいでポーションが品切れ状態で手に入らなかったんだよね。だから、次の町に移動しようにも出来ないんだ」
町の名前が、何の捻りもない。
低層エリアから出られないのは、幸先の良いスタートとは言い難い。
ポーションなしでエリアボスと遭遇した事を考えると、宥子が戻る前に武器をあらかじめ用意していたのは幸運だ。
「エリアボスに遭遇したん?」
「うん、ゴールデンリトリバーを1.5倍に大きくした感じの狼。鑑定したらワーウルフだって。ウルフの上位種。レベル1で初戦がエリアボスって……自称神を縊り殺したい」
あの時のことを思い出したのか、宥子は眉間に皺を寄せ鬼の形相で自称神に対し怨嗟の言葉を吐いる。
こ、怖い……。
「向こうでもストレスが溜まっているんだね。ネズミの国に行きたい! ネズミーでないと癒されなよ」
私は、無言で宥子の顔にネズミーの特大ぬいぐるみを押し付けた。
「ネズミの国に行きたい……」
まだ言うか。
「その為にも、異世界で稼いで来てね! 今のレートなら、金1g当たり4,691円だから」
ググル先生で純金の取引相場額を調べると、レートが1g辺り約5000円になる。
金貨のまま売ると問題になるだろう。
宥子に錬金術のスキルでも取らせて、金塊に変えて売り捌くのもありか。
金貨に関しては、久世師匠に相談した方が良いかもしれない。
「宥子、顔がゲスイよ」
「でも、ゲスイ考えじゃないと生き辛い世の中なのだよ」
宥子は開き直った顔でゲスな考えを肯定した。
分かっていたが、ちょっとこの姉は嫌だ。
「万能包丁とゴキスプレーが大活躍したよ。物価は、サイエスの方が高いように思う。魔法とか地図とかスクロールを買って、読むだけで頭の中にインストールされるんだよ! 地図を見てるときVRみたいだった」
「そんな話はどうでも良いから、万能包丁とゴキスプレー買い直した金額払ってね! 持っていかれて困ったんだから」
ゴキスプレーは兎も角、包丁が無いのは困る。
結局、100円ショップで新しく買い直したのだ。
今度、その代金を宥子に請求しよう。
「……はい」
「向こうでの儲けは、どれくらいなの?」
「金貨30枚・銀貨8枚・銅貨8枚・青銅貨4枚だよ。モンスターを倒すと、素材とお金をドロップしてくれる。金貨や銀貨は、上位種のモンスターじゃないとドロップされないみたい。始まりの町で活動を続けるとなれば、下位種のモンスターばかりだからなぁ。ドロップされるお金は、青銅貨や銅貨が多くなると思うよ。アイテムボックスがあって良かったわ」
モンスター討伐をするとドロップ品と一緒にお金も落とすのか。
そこは、ゲームと同じ仕様になっているようで安心した。
私は、テーブルの上に置かれた金貨を手に取り鍵付きの貯金箱に入れた。
「金貨25枚は預かるね。純金か調べたいし。小銭問題は、ギルドにお金を預ける機能があるか確認したら? 預けられるなら一度預けて、引き出す時に金貨に替えれば良いんじゃない?」
「頭良いな、容子よ」
「気づいてなかったんかい」
思わずツッコミを入れてしまった。
「明日、冒険者ギルドに行った時にでも確認しとく。薬草採取すると薬師ギルドの人と約束してるし、スコップとバケツ持っていくけど良い?」
「良いよ。今のところ使う予定がないし。宥子は、向こう時間の夕方あたりに帰ってくるの?」
「うん、その予定」
「じゃあ、また一週間いないんだね。毎日二人分の食事を用意するのは無駄だから、作り置きに変更するわ。それなら、いつ帰って来ても対応出来るからね。冷凍食品が出ても文句は言うなよ」
サイエスとこちらの世界では、時間の流れが違うのだろう。
どれくらい時間に差があるのか分からないので、大雑把に計算して訳一週間と仮定した。
食事にケチ付けたら殺すと圧を掛けると、コクコクと頭を縦に振る宥子に満足した。
私は、遠征用の食事も併せてご飯の準備に取り掛かった。