120.王宮パーティー(後)
「面を上げよ」
エルザ陛下の言葉に、皆が一斉に姿勢を戻す。
あー、腰が痛かった。
ドレスだとカーテシーをしなければならない。
あれ、カエルスクワットの状態を陛下が許可を出すまでし続けなければならない。
一体、どんな苦行だよ。
着物姿でカーテシーは出来ないので最敬礼で敬意を表現したが、90度の礼は腰に負担がかかる。
おばちゃんの腰を労わってくれよ、と心の中で毒吐いた。
「新年の祝賀会だ。皆の者、大いに楽しんでくれ」
ワイングラスを持って掲げたのを見て、私も真似して掲げた。
作法は、合っていたようだ。
ワインを一口飲んだが、美味しいとは言い難い。
辛いワインは、私の好みじゃないんだよなぁ。
アナスターシャ王女殿下が、婚約者であろう男性と踊り始めた。
そこから一気にダンス大会になっている。
因みに私は、グラスを片手に美味しくもないワインを嗜んでいる。
不味いが、こうしているとダンスの申込は免れる。
立食形式なので食事が置かれたテーブルに移動し、チョコチョコと皿に移して食べてみる。
大衆的な食堂や宿の食事よりも香辛料が使われていて美味しいが、日本の食事と比べたら不味い部類に入る。
お菓子も摘まんでみたが、砂糖の塊を食べているみたいで不味かった。
さて……招待した側の王家がどうでるかな~と見ていたら、いきなり名前を呼ばれた。
「Cremaのヒロコ。前へ出よ」
ワイングラスをテーブルに置き、エルザ陛下の前へ出た。
「そなたが、ヒロコか?」
「さように御座います」
「スラム街については、朕も頭を悩ませておったのだ。それを解決した手腕は称賛に値する。褒美をやろう。何か欲しいものはあるか?」
えらく気前がいいね。
何を企んでいる?
探るような目でエルザ陛下を見ると、口元だけ笑みの形をとっていた。
向こうも私を探るような目で見ている。
目は全然笑っていなくて、本気怖い。
物やお金、地位・権力を欲しがれば、危険視して排除してきそうだ。
「………」
「ふむ、功績を称え準男爵の地位を与えよう」
エルザ陛下の言葉に、一同がざわついた。
平然としているのは、私らと公爵夫人くらいだ。
国に縛り付ける気か。
丁重にお断り案件だ。
「陛下、発言をお許し頂けますでしょうか?」
平民が王族にお目通りなんて、そうそうあるわけがない。
エルザ陛下は、Cremaを監視下に置きたいようだ。
「許す」
「準男爵の地位は、わたくしには過分なもので御座います。偶々スラム街が安く買い取れて、そこに住まう者達にわたくしの仕事を手伝って貰っただけです。国全体を見渡したら、貢献度は一割にも満たないでしょう。大した功績だとは思えませぬ。ここに招待して頂いただけで誉ですわ。お気持ちだけ受けたく存じます」
本当に準男爵にしちゃったら、周囲の反感を食らうことになるぞと臭わせる。
「そうか、良い案だと思ったのだがなぁ。では、何か欲しいものはあるか?」
私が沈黙を貫いたので、先にエルザ陛下が動いた。
物で釣って私の反応を見ようと言う作戦か。
何を貰っても嬉しくないし、俗物的な要求をしたら相手の思うつぼになる。
だが、この言葉を引き出せた事は私からすると好都合だ。
「恐れながら、わたくしめの故郷は多神教で様々な神様をお祭りしておりました。特に太陽神である天照大御神を最高神として祭っておりましたので、神社の建設及び運営の許可をお許し頂けますか?」
「そなたは他国から来たのか? ヤシュナ村出身ではなかったのか?」
「わたくしの村は、村で通っておりましたので名前は存じ上げません。はじまりの町に入る時にヤシュナ村と言われたので、そうなのかと思っておりました」
門番が勝手に勘違いしちゃったんだよ~と言っておく。
あ、エルザ陛下の眉間に深い皺が刻まれている。
一円玉なら挟めるんじゃね? って思ったが、口には出さないでおく。
他国の人間と発覚しちゃったから、爵位を与えるのは更に難しくなったね!
残念、無念、止めにドンマイ!
「その神社というのは、どういうものなのだ?」
「アーラマンユ教の教会のようなものです。多神教なので厳しい戒律などはありませんが、人道に反することをすれば、平等に天罰が下ります。わたくし共の神様は見守りはしますが、罰当たりな行動をしなければ何もしません。心の拠り所のようなもので御座います。治癒院や孤児院も兼ねてます。病気の人や怪我人を見る場所でもあります」
「成程、運営するには金が必要なのではないのか?」
質問ばかりですね。
答えますけど。
「Cremaの持ち物ですので、商会の売上で運営してますよ。お賽銭と申しまして、参拝しに来た方がお布施を下さることも御座います。それは、強制では御座いません。治癒魔法の行使や薬の処方が必要な場合は、相場の値段を頂戴致します。万能ではありませんので、治せない時ははっきりと申上げた上で、治癒を受けるか否かの判断して貰ってます」
ぼったくりアーラマンユと一緒にすんなよと暗に言えば、エルザ陛下は聞き入るように時折頷いている。
「あい、分かった。神社とやらを正式に認めよう。この国の民は勿論、朕が足を運んでも問題ないのだろう?」
「勿論で御座います。神様の前では、皆等しいことはご理解下さいませ」
……くんなよ、とは思ったが口には出さない。
王族でも平等に扱う宣言に周囲が騒めいたが、それを手で制し鎮めた。
「神の前では権力は効かぬ。Cremaが手掛けている美の魔法薬や化粧品、ポーションなどは直接買い取ることは出来ぬのか?」
「美の魔法薬や化粧品は、既に商業ギルドに卸す契約を交わしております。そちらから購入をお願いします。ポーションは、個人で販売しておりません。薬師ギルドでお求め頂けますでしょうか? ただし、ポーションに限り緊急性がある時は、在庫がある限りと限定させて頂きますが、最善の対応を致しましょう」
一度拒否する形を取ったが、一部は譲歩しているので反感も持ちにくいだろう。
「王室御用達になれば、もっと名を馳せて儲かるのではないのか?」
確かに、王室御用達の看板はメリットがある。
だが店舗を構えないといけないし、年会費もバカ高い。
それに生産が間に合わない。
実質、基礎化粧品セット・洗髪セット・化粧品セットを作っているのは私一人だけだ。
私にかかる負担が大きすぎる。
「魅力的なお話ですが、わたくし一人では作れる量も限られてきます。わたくしと同じ技術を持つ者が育った時に、まだ買い求めて下さるのであればお受けしたいと存じます。美の魔法薬に関しては、レシピを提出し特許を取っております。いずれ、美の魔法薬はこれからも進化していくでしょう」
他のところでも買えるよ~(効果の保証はしないけどね)と仄めかしたら、
「そうか、美の魔法薬の競争が楽しみだ」
経済も活性化するし、切磋琢磨することで国の特産品になる可能性もあるものね。
「妹はマサコと申したか。その者が作る品は素晴らしいと聞く。是非、朕の軍の武器や装備品を作ってはくれまいか?」
「お言葉ですが、妹は装飾師であって鍛冶師ではありません。装飾品であれば作ることは出来ます。それに、Cremaは武器商人では御座いません。そのような物をお売りすることは出来かねます。武器はご要望に沿う事が出来ませんが、身を守る装飾品であればご用意は可能です。宜しければ、こちらをお納め下さい」
以前、ベロア調のケースに納められた巫女の耳飾りをエルザ陛下の側近に手渡した。
危ない物ではないか、鑑定師が鑑定をして絶叫した。
「物防25700、魔防31000、豪運+1000!! 何ですかこの耳飾りは!?」
私からしたら失敗作だが、彼らから見たら十分チートアイテムになる。
「巫女の耳飾りです。これを身に着けていれば、余程のことがない限り身は守られるでしょう。ただ、高価な素材を使用しております。素材だけでも国家予算の1%に届くお値段だと申し上げます。安価でそれなりの効果が見込める装飾品も作れますので、購入を検討されているのであれば、そちらが良いかと思います。耳飾りは、エルザ陛下に献上致します」
巫女の耳飾りだけでも、オークションに掛ければ相当な値段になるだろう。
タダでくれてやると言うと、警戒するんだが素直に受け取っているところは、まだまだツメが甘い。
「それなりの効果が見込める装飾品とは、どれくらいの効果のものなのだ?」
「こちらをどうぞ」
次に渡したのは、容子が以前ガルガに売ったバングルだ。
「これも素晴らしい。物攻+1000、魔防+500、毎ターン小回復付与が付いております。これは、幾らなのですか!?」
「一つ金貨10枚で販売する予定です」
素材と手間賃だけで金貨一枚でも十分だが、お金持っている奴からぼったくらないとね!
「陛下、金貨10枚でこの性能であれば安いものです」
鼻息を荒くしながら進言している鑑定師を制して、
「販売する予定とは、どういうことだ?」
と聞いていた。
「女性用にと思って作ったのですよ。しかし、あまりにも武骨過ぎて不人気でしたの。一つ売れただけで、これから男性冒険者に売り込もうかと思っていたところです」
溜息を吐きながら、性能は良いけど売れないのアピールしたら食いついた。
「では、このバングルは全て我が軍で買おう。他には売ることが無いように」
「構いませんわ。既に一つ売れてますので、それはご容赦下さいませ」
「分かっておる」
「では、契約書にサインと拇印をお願いします」
売買契約書をその場で交わし、数が揃い次第納品という形を取った。
まずは、百個の注文を頂いた。
あざーす!
「今宵は楽しんでいくが良い」
「ありがとう御座います」
こうして王家主催の新年祝賀会は無事に終えることが出来たのだった。