119.王宮パーティー(前)
ちょっとしたハフニングはあったものの、王宮に何とか時間内に到着したよ!
あの糞教徒さえ来なかったら、もっと時間に余裕を持ってこれたのに!!
馬車の乗り心地は最悪だ。
ネズミの国のふわもこクッションを尻の下に引いたのは正解だった。
結構揺れて、下車する時には内心グロッキー状態だったけどね。
揺れの少ない馬車を開発して、生産ギルドに特許申請出して量産して貰うのもありかもしれない。
恭しく馬車の扉が開き、騎士の手を取り着物の裾を摘みながら下りる。
転ばないように注意しながら降りるのは、中々に緊張する。
今着用しているのは、物防・魔防共に+10000の防御特化の着物である。
見たこともない恰好に、門番はギョッとしているが気にしない。
もう慣れた。
招待状を見せて、堂々と入ってやりましたよ。
会場まで案内してくれるメイドさんが付いてくれたが、態度は慇懃無礼と言っていいほど冷たい。
一介の庶民が王宮の祝賀会に招かれるなんて、貴族からしたら屈辱だものね。
でも、それを招待客に見せたらアウトでしょう。
私の会社なら一発レッドカードで即退場で再教育コースものである。
新年の祝賀会が行われているパーティー会場に入場すると、
「Cremaの会頭ヒロコ様、並びにマサコ様、アンナ様、ワウル様のお着き~」
と大声で言われ、ラッパが鳴り響く。
めっちゃ五月蠅い。
そして、むっちゃ視線が熱い。
嫉妬、憎悪、羨望様々な感情が籠った視線が、私達に集中している。
<何かめっちゃ怖いんですけど!>
<お前は、何も喋んな。無表情で黙っとけ>
容子から念話が飛んできたが、サクッと来る前と同じ指示を出した。
こいつが、下手な立ち回りをして足元を掬われたら意味がない。
<アンナ、容子についててくれ>
<分かりました>
<アンナァ~、ありがと~>
<容子、顔を何とかしろ>
容子の傍にアンナを配置しておけば、アンナが窓口になってくれる。
容子が多少ポカしても、アンナなら上手くフォローを入れてくれるだろう。
<ワウル、お前は情報収取に徹しろ。私らの事は放置でOK。何かあったら念話してくれ>
<了解っす>
遠巻きに私たちを見ている貴族共の顔を眺める。
馬車の中で事前に暗記スキルを取得し、レベル20まで上げておいた。
勿論、ワウルや容子にも取得させた。
そこそこポイント消費したけど、これでポンコツな頭でも人の顔と名前くらい覚えていられるだろう。
アンナが耳元でこの国の有力貴族を教えてくれるので、それを頭に叩き込んでいく。
暗記スキルが無かったら、十秒後に忘れている自信があるわ。
遠目で眺めていた貴族の一人が、近づいてきて挨拶をした。
「ごきげんよう。ミス・ヒロコ」
「ご機嫌麗しゅう。ミスト公爵夫人様。Cremaの代表のヒロコと申します」
「あら、私を知っていらっしゃるのね」
「ええ、存じておりますわ。いつも化粧品を大量に購入して頂き誠にありがとう御座います」
ミスト家の女傑で有名な公爵夫人。
実質、この人が公爵領を運営している敏腕婦人だ。
薬師ギルドに基礎化粧品セットをいつも爆買いすると、要注意人物としてマークしていた人だ。
転売はしないが、基礎化粧品セットを使って貴族の女子ネットワークの頂点に立つ人である。
この人が参加するサロンは、貴族の間では一種のステータスになっているらしい。
私には関係ないがな!
「ふふふ、流石最年少の天才商人だけあるわね」
何だ、その嫌なふたつ名。
サバ読みまくりのおばちゃんに相応しくないふたつ名で御座る!
「恐れながら公爵夫人様、わたくしは天才ではありませんので。そのような過分な評価は不相応ですわ」
「謙遜しなくても宜しくてよ。貴女の魔法の美容薬や美髪セットは、貴族の間でも有名でしてよ」
「ありがとう御座います」
「直接取引したいものだわ」
おお、直球で来た!
でも、お断りだ。
「有難いお言葉ですが、ご期待に沿えず申し訳ございません。基礎化粧品セットも美髪セットも、商業ギルドと契約を結んで卸しております。ですので、特定の方と販売することが出来かねるのです」
「公爵家のわたくしが、直接言っても?」
「はい、契約は絶対です。誠実であれ、それが商人ですわ」
無言で威圧してくる公爵夫人に、ニッコリと拒否をしたら、クスクスと笑われた。
「そう、それでは仕方が無いわ。諦めましょう。スラム街を買い占めて働かせているようだけど、何を作っているのかしら」
引き際も間違えない。
油断できない人だわ。
「基礎化粧品セットの改良や、化粧品などを作っておりますわ。Cremaは人手が足りておりませんので、元スラムの住人達を雇用しておりますの」
「最近、Cremaの従業員が貴族の家を回って不用品回収しているらしいけれど、それも何かあるのかしら」
そんな事まで知っているのか。
容子主体で行っている副業を何故知っている。
侮れないと言うか、油断ならない人だな。
「ええ。不用品回収毎にスタンプを押してサインをしてますので、それが貯まれば市場に出回ってない上級の化粧品セットと交換しておりますの。これ以上は企業秘密なのでお教え出来かねますわ」
不用品回収の目的は伏せたが、不用品を出すことでスタンプを貯めて市場に回らない上級の基礎化粧品セットの話をちらりと流したら、女性の視線が一気に集中した。
「口紅などの化粧品セットとの交換も出来るように選べますわ」
「……とても気になるわ。Cremaで作られたものは、どれも一級品ばかりですもの。その珍しいドレスも形は不思議だけど、とても美しい洗礼されたデザインね」
「ありがとう御座います。これは、着物という民族衣装ですの。正装する時に着ますわ」
はい、嘘です!
正装用の着物はあるが、普段でも着てる人はいる。
冬は着物だと寒いので着ないけど、夏は浴衣や甚平を愛用している。
脱着が楽だからね!
「その髪に付けているものも美しいわ」
硝子館で購入した簪だもの。
一本1万円近くする。高いものだと2万円とかするものもあるしね。
今日の着物に合わせて選んだ簪だ。
気になっても仕方がない。
「ありがとう御座います。こちらは、簪と申しまして髪を結い留めるもので御座います」
パーティーバッグから簪を一本取出して見せた。
「この棒で髪が纏まるのですか?」
信じられないと目を見開き、簪をしげしげと眺めている。
「わたくしの髪をよく見てて下さい」
簪を外し、纏まっていた髪が解かれる。
公爵夫人に見えるように後ろを向いて、手ぐしで髪を纏め簪で留めた。
一連の流れを見て、公爵夫人はほぅと溜息を吐いた。
「髪を纏めるのに、このような便利なものもあるのですね」
「はい。一本挿しは慣れるまでは使いづらいですが、慣れてしまえば私のようにその場でサッと髪を纏めることが出来ますわ。宜しければ、そちらをお納め下さい」
「ありがとう。頂くわ」
「今の御髪に、挿してもドレスに似合うと思いますよ」
彼女のドレスは紫だ。
簪は、薄い紫のトンボ玉に金箔が散りばめられている。
ゆらゆらと揺れる花びらのチャームがポイントになっているので、セットされた髪の装飾品を邪魔することはないだろう。
「それなら、私の髪に挿して頂戴な」
と簪を戻された。
言った手前、しないわけには行かず、私は簪を手に取り背伸びをしながら簪を挿した。
手鏡で簪を挿した姿を見せると、ミスト公爵夫人の顔がホゥと綻んだ。
その直後に、
「皇太后アンネリー様、皇后シェリー様、エルザ陛下、アナスターシャ殿下のおな~り」
とラッパの音が鳴り、主催者である王族が登場した。
皆が一斉に臣下の礼をしているので、私達は90度の最敬礼をしてみせた。